30.「これからも頼むわ、あたしのこと」(4/4)
「まだ、二十歳なったばっかやのにな」
「そうだね……」
改めてそう言われると、二十歳で寿命が決してしまった事実は、本来そうそう受け入れられるものではない。それこそ、さっき人生を八十年として計算したくらいなのだから。
「でも……不思議と、怖くはないんだよ」
「それは、なんか……あたしも」
「あれだけ、
「……ありがとう」
はにかんだ澪が、美しくて。私の胸をこれでもかと
二十歳にして、果てが見えてしまった人生。私にとっては自業自得の、澪にとっては決死の思いで引き延ばした、残り少ない寿命。その余命を、澪と互いに寄り添いながら噛みしめていく。
悲劇に酔いしれているかもしれないけれど――そんな人生を、私は幸せだと思ってしまう。私達で掴み取った、二人だけの時間。二人だけの世界。そこは、天国よりも素晴らしい。
見つめたその先の瞳から、澪も同じ気持ちでいてくれていることが分かる。
うっとりとした空気に――咳払いがひとつ割り込んだ。
『なんか……
「なんでや、あんたもあたしやんけ」
『そやけど……これだけ、第三者視点で見せつけられるとな。どうしても疎外感あるやん』
「ごめん……もちろん真心のほうの澪も大好きだよ」
『はいはい、お気遣いありがとさん』
別に気にしてへんよ、とばかりに手を振る。
『とにかく、もうあんたらはここには来るな』
「ん、」
『残りの人生を最大限大切にするためには、ここに来る必要なんてないやろ。ていうか、ここに来なあかん事態になった時点であんたらは終わりや』
「……うん、」
ここに来なければならない事態とは、すなわち、ロードが必要となる事態だ。
残りのログが少ない私たちにとって、一度のロードですら、その負担は想像以上に重い。彼女の言うとおり、そんな
まるで
『なぁ
「約束……?」
『……ひとつ、幸せに生きること』
「え……、」
『ひとつ、
ゆっくりと、淡々と、彼女は約束事を言い
真心は、その人の本心の写像。真意の複製。深層心理。
つまり、澪の真心が願う約束事は、そっくりそのまま、八百坂澪という人間が私に求めていることだ。してほしいことだとか、させてほしいことだとか。
気遣いばかりで、そして私が頼りないせいで、要求というものを滅多にしなかった澪。私のことをいつでも優先して、自分の気持ちをどんどん奥へと押し込めて。生きる気力を
そんな彼女の、心からの要求。欲求。
遠慮の
『最後に。……八百坂澪を、心の底から好きでいること』
「…………」
彼女が、全ての約束事を言い切った頃――私の心は涙に
知っている。
真心は、嘘を
なら、澪の心からの要求は、今言われたことで全てだ。
もっと、生々しい要求が出てきてもいいじゃないか。頼れる人になってほしいとか、
なんでそういう願いがひとつでも出てこないんだ。どうして、どんな願いでも言いつけられるときに、綺麗な像が崩れないんだ。どこまで、良い人なんだ――。
どうしようもなく愛おしくて、いじらしくて、いたたまれなくて。
隣の澪に、また思いっきり抱きついた。
「紬希……」
「私、澪のためにならなんだってするから。永遠に澪のこと好きでい続けるから。一秒たりとも愛情を欠かさないから……!」
「ありがとう。……でも、自分だけを犠牲にしないっていう約束、忘れてないやんな?」
「大丈夫。私の自己犠牲が澪の心労に繋がることは、長い間一緒に過ごしてきて分かってるから。もう澪に心配をかけたくない。二人で助け合って生きられるように、私頑張るから」
「ありがとうな。あたしこそ、紬希ばっかりにしんどい思いさせへんから」
「うぅ……」
何を言ったらいいか分からなくなって、ただの
じわぁ、と、瞳に水膜が張ったのが分かる。だけど、それを流すわけにはいかない。私が泣けば泣くほど、澪は自分を犠牲にしてしまう。彼女のためにも、泣き虫を卒業しなければならないのだ。
涙を
「あたしが泣いちゃうから、このへんで」
「あ、うん……」
……いや、違う。
「澪も、泣きたいときには泣いてね」
「うん、そうする。でもそれは今じゃない」
「うん、」
言って笑う澪は、やはりどこまでも美しかった。
その美貌に
『盛り上がってるとこ悪いけど、そろそろ幕引きの時間やで』
「幕引き?」
『八百坂澪はともかく、
「え、嘘、ごめん」
『大丈夫、まだそんなに
そうは言うが、確かに、今の真心は言われてみればどこか顔色が悪く見えた。
私がここに存在することで、彼女に負担がかかるなんて発想は全くなかったが、その事実自体はすとんと
きっとここにはもう来ない。名残惜しいけれど、そろそろ時間だ。
『紬希、約束守ってくれる?』
「……もちろん」
『そっか、ありがとう。その約束を守ってくれてさえいれば、こうして会われへんくても、紬希のこと想っていられるわ』
「……寂しい?」
それは、私の真心に投げかけた問いと同じ。
私の真心は、本体の私よりも圧倒的に強い存在だった。弱音を吐いたところなんて見たこともないし、いつ会ってもそこには雄姿しかなかった。その
見るに、澪の真心はその真逆だ。彼女は、八百坂澪という人間の弱さを象徴しているかのように感じる。私を焼き殺そうとしたときだって、その攻撃性に騙されそうになるが、弱さゆえの反発だったのだ。弱さを隠し続ける現実の澪は、そのぶん自己防衛の度合いも小さい。心に堅牢な鎧を着せているから、わざわざ攻撃性で身を守らなくていいのだ。
強さが欠けていた私は、真心が強くあった。
弱さが欠けている澪は、だから、真心が弱い。
現実の澪なら、私を心配させないような選択肢を
『寂しいな』
そう、答えるのだ。
私の真心が答えたときのような、言いづらさや恥ずかしさは、そこにはない。本心から、当然のように、寂しいと口にする。
「……ありがとう、素直に答えてくれて」
『こいつ寂しくても言わへんから、今の“寂しい”って言葉、大事にしときや』
「いらんお世話やなぁ」
しゃくった顎で指された本体の澪が薄目で
「
『声を飾るなんて芸当ができるなら見せてくれ』
「いいぞ紬希、その調子でボケ倒せ!」
「あ、ありがとうございます……」
この関西人二人は、ちょっと頑張ったくらいで気持ちよくさせてくれるからとてもありがたい。澪に
『じゃあ、紬希』
切り替えて落ち着き払った様子の真心に、私は遂に終わりを感じた。
『ありがとうな』
「……こちらこそ」
『これからも頼むわ、あたしのこと』
「うん、」
『……大好きやで、紬希』
その言葉を聞いたのとほぼ同時、意識が薄れていく感覚が始まった。
大好きやで?
なんだその超萌え萌えフレーズは。澪本人も、別にそういうことを言わないわけではないけれど、ここまですっきりはっきり言い切られた覚えはない。この
何度
「私こそ、大好きだよ」
そう言い切った安心で、私の意識は軽く飛ばされた。
今となっては、奔走劇の
もう二度と来ないであろうこの空間に、けれど私は、名残りはなかった。
『――さて、』
「何か言いたいことあるんやろ。紬希がおらん場で」
『あんたにも、ひとつ、守ってほしい約束事がある』
*
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