21.「行ってくる――」(4/5)
「え、……もしかして、途中から身に覚えのないログになってたのって、」
『その通り。あなたがロードをしすぎたことによるバグとかエラーとかじゃなくて、
すとんと、その説明で
ジャンクログは、その仕様上、最も新しいログをロードしたときには生成されない。これだけのジャンクログで埋まっているということは、かなり過去まで戻っていることとなる。酷いときは、数日なんかでは済まないくらいの過去に。
もちろん本人は無意識だから、ノイズを避けようなんて思いもしない。同じ展開を、意図的には歩まない。
ロードのたびに選択が変わって、結果が変わって、世界が変わる。
それが行き着いた先が、あの地獄だ。
私が澪と知り合いじゃなかったり、ただの友達だったりするだけならまだしも、仲すら良くないセフレだったこともあった。全て、澪が過去に戻って無意識に選択を変えたことによる産物。どれもが、一周目になり得た他の可能性。選ばれなかった道。
私の無茶でログがおかしくなってしまったという解釈でも理解に苦しんだのに、それが澪の側によるエラーともなれば。
「待って、それってつまり、私の人生のループと澪の人生のループが、同じ軸で起きてるってこと? 澪の過去は、私の過去? それで、私はループ前の記憶を持っているけど、澪はループ後を初めての経験だと思ってる。片方が過去を変えたら、もう片方の過去も変わって、」
『…………』
「え、私はどこまで知ってて、澪はどこまで知って――」
『やめて』
早くもこんがらがり始めた思考を、声がきっぱりと絶った。
『……やめといたほうがいいよ。人間の脳で処理できる範囲じゃない。最悪、思考回路が焼き切れる』
「焼き……」
『カオス理論。パラレルワールド理論。バタフライエフェクトに、タイムパラドックス。もちろん、知ってるよね』
「うん、」
『時間
時間
ある時点から過去へと
パラレルワールド理論について考えるなと、真心が警告する理由。
それは、澪側もパラレルワールドを生成していることが発覚したからだ。主観視点でパラレルワールドを作る分には、実はあまり問題ない。その時々に自分がいる世界だけを見ていればいいのだから。ただ、相手もパラレルワールドを量産していた場合、複数のパラレルワールドが交錯することになり、今の自分が相手のどの世界線にいるのかが極めて難解となる。澪と仲が悪かったあの私だって、この私がロードで戻るまでは澪とそういう関係性で過ごしていたのだ。少し考えただけで、興味深いくらいに思考が
一般の人間には扱えない。だから考えるなと言っているのだ。
「分かっ、た……」
得も言われぬ恐怖に
限界を超えた思考に脳が壊されることへの本能的な警告を、彼女が代わりに察知してくれたのだ。考えすぎて廃人になるなんて考えてもなかったから、全身を恐怖が駆け巡った。
『危険性を理解できるくらいには頭が良くてよかったよ』
「……自画自賛?」
『そうなるね』
自己嫌悪と
ともかく、パラレルワールド理論を除いて、ログハウスの真相についてだいたい理解できた。これまで自分が当然のように扱ってきた力のことを、いかに知らなかったかを痛感した。世界を壊しかねない力を、どれほど気軽に使っていたか。
ただ――。
ログハウスの仕組みが分かって、だからここが澪のログハウスであることも不思議ではなくなって、ログのバグの原因も判明して、それで? それが分かったところで、澪の自殺とは関係ない。むしろ、ログの上限とジャンクログの仕組みに気づいてしまって、澪の先が長くないことが裏付けられただけだ。
どうしようもない。私一人が何を変えたところで、澪の未来は変えられない。
『……何を絶望してるんだか』
「……ねぇ、やっぱり私の思考は筒抜けなの?」
『私はあなたの真心――深層心理。あなたの意識にのぼる以前の東仙紬希。そのシステム上、あなたが自覚した思考は、必ずそれ以前に私の意識を通過してる』
「そう……」
なんか嫌だな……という言葉を
とにかく、その脱線する前の話題。
「絶望、するでしょ。だってもう、どうしようもない」
『どうして?』
「どうしてって……」
『澪を助ける方法なら、あるよ』
そんな言葉に、私は渋い表情を返す。
「……気休めなら、私は、」
『私があなたに対して気休めを言う意味なんてある?』
「…………」
『澪のログハウスがおかしくなってロードを乱発しているのは事実。だけど、それほど昔まで戻ってるわけでもないと思う。せいぜい、数週間、数ヶ月ってところじゃないかな』
真心の言葉に、思考を回転させる。
無意識にロードを繰り返す澪が、一体どれほどの過去からやり直しているのか。
私が確認したのは、五月二十二日のログがすっかり様変わりしていたことだ。普段どおりに大学に行って学食の愚痴を
最大でどれほどの過去に戻ったのか。真心は、せいぜい数ヶ月とは言うが――。
「そう……かな」
『というと、』
「だって、澪とほぼ他人みたいな世界線だってあったんだよ。一年以上前に出会った私たちが、数ヶ月のノイズでそこまで変わるものなの……?」
『そうだね、確かにそれは考えにくい』
真心が私の指摘に納得したのは、これが初めてだ。
ただ、私が気づいていないことを彼女が知っていても、彼女が気づいていないことを私が知っているということは原理上起こりえない。先ほどの、思考において私が彼女より下流にあるというシステムと同じく、私の気づきは彼女の気づきのおさがりだ。
試された、ということだ。なんとも彼女らしい。
『だけど、あなたと澪の出会いまで変化していることはないはずだよ』
「どうして、」
『それより過去に戻っているなら、あなたが澪と出会ってすらいなかったり、澪が別の部屋に入居していたり、そもそもこの大学にすら来ていない可能性すらある。どれだけログが改変されても、東仙紬希と
「なるほど……」
理にかなっている。
だけど、そこまで論拠を
難解なパラレルワールド理論に対する、答えのないカオス理論。バタフライエフェクトは、もはや人間に扱えるか否かのレベルですらないのだ。
「え、それが、どうなるの」
『この考えが正しければ、澪の命に手が届く』
「どういうこと……?」
一息挟んで、真心は言う。
『澪のログが浪費されるときより古い過去に戻って、未来を書き換える。澪にログを使い潰させない』
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