13.「この、役立たず……っ!」(2/2)

 心と体があまりにも乱れていたせいか、次に目を開けるまで、いつもより時間を要した気がする。ただ、きちんと成功はしたようで――目の前は真っ暗闇だった。本当に酷いときは、ログハウスに移ることさえ阻害されてしまうケースもあるのだ。


「ねぇ……お願い出てきて」


 私は、自分でも驚くほど生気のない声で呼びかけた。先ほど同じ方法で成果がでなかったというだけでは、今の私は諦めがつかない。

 もちろん、返事はない。光も音もない、いつものログハウス。


「出てこなくてもいい……私の質問に答えて。これは何なの。何が起きてるの。どうして、こんな過去になっちゃってるの」


 問いを重ねるごとに、どんどん熱が入ってしまって、語気が強くなっていく。問うというより、問いただしているくらいだ。ほとんど八つ当たりに近かった。

 しぃん――と。

 やはり、答えはない。自分の息が耳障りに感じるほどの、いさぎよい静寂。


「なんで……なんでこんなときに出てきてくれないの……!?」


 八つ当たりに近い、から、八つ当たりに発展した。

 自分の声の震えが、まるで他人のもののように制御の外にある。怒りや悲しみ、焦りがそのまま表出した震え。呼吸が上手くできていないのか、少し声を出しただけで酸欠になって息があがる。


「いつもまるで神様みたいな調子で出て来ちゃってさ……! 本当に必要なときに出てきてくれないと意味ないよ! 私の真心なんでしょ!? 深層心理なんでしょ!? なんで私の意思に応えてくれないの!? この、」


 この――。

 勢いでそこまで言ってしまって、続く言葉が用意できていない。怒り慣れていない私にとって、これほどの激情は癇癪かんしゃくにしか昇華されないのだ。そもそも誰かを本気でののしる語彙も度胸もない私では、上手く暴言を続けることなど不可能である。


「この、役立たず……っ!」


 やっとの思いで絞り出したのが、それだった。

 流れで言えていたら綺麗に感情を込められていたものを、無理して口にした暴言では、やるせなくなるだけだ。


「私の……役立たず――……」


 はじめは外に向けていた言葉の刃が、気づけば自分に向かっていた。てして持て余してしまうやるせなさは、一歩間違うだけで自分に牙をむく。

 私の役立たず。私の能無し。

 私の真心だって、私の知っていることしか知らないのなら――……。

 …………。


「……一パーセントのひらめきと、」


 九十九パーセントの努力。

 彼女は――私の真心は、言っていた。

 この名言は、努力の大切さを説くものではなく、少しのひらめきがあって初めて努力が実を結ぶという意味だと。そして、澪の本当の負担にひらめくといいね、と。

 つまり。

 澪の、本当の負担。それが分からなければ、ここまで試行錯誤してきた意味がないと、そう言っているのだ。


「…………」


 彼女は、私が知ることしか知らない。

 私は――澪の本当の負担を、知っている?


「澪の本当の負担って、どういうこと……。鬱病じゃないの……?」


 散々無茶をしまくって、ようやく手にした澪の秘密。重い鬱病。

 私は、その事実を知ったことに満足して、てっきりそれが全ての元凶だと高をくくっていた。他に、真に澪を追い詰める要因があるなんて発想すらなかった。

 なるほど、改めて考え直してみれば、鬱病には必ず原因があるじゃないか。心の病気が、脈絡もなく突発的に発症するなんて考えられない。無茶の末の成果に酔いしれて、そんな初歩的なところにさえ思考が至っていなかった。


「……ん、」


 

 澪の部屋で、彼女の秘密を探るべくった強硬手段。私の能力の活用法のひとつ。


「……まさか、」


 別のところで、ひらめきが起きてしまった。

 私の能力がセーブやロードにあたるのなら、それになぞらえれば、この事態は。

 。あるいは、

 どちらにしても、プログラムが正常に動作していないということ。そして、そうした不具合に繋がる原因のひとつが、何を隠そう、無茶な挙動だ。同じログを、数秒という非常に短いスパンでロードし続けることが、正真正銘の無茶な挙動である。

 無茶な動作によるシステムエラー。

 無茶な連続ロードによる、ログハウスのエラー……。


「そんな……。あの無茶で、ログがおかしくなっちゃったってこと……?」


 はらのそこに、ひやり、と冷たいものが触れる感覚があった。

 その正体が恐怖であると、私はすぐに思い至ってしまった。

 ログをロードして過去に戻ることで、行動ひとつひとつに莫大な責任が生じる。自覚できないようなほんの小さな変化でも、未来においては決定的な差に発展する――まさにバタフライエフェクトの好例。その恐怖が、力を手にした頃から、私の中にずっと居座っていた。

 ただ。

 このパターンの恐怖には、心づもりができていなかった。まさか、私自身が手を加えなくても過去が狂ってしまう可能性があるなんて、どうして考えつくだろうか。これでは、何が原因でどういう方向に未来が変わってしまったかを知る手立てが全くない。だから、修正のしようがない。

 データで保存しておくことの脆弱性ぜいじゃくせい。そこが、私の盲点だったのである。


「そんな、どうしたら……」


 身体さえ耐えれば無敵かに思えた私の能力。

 いくらやり直せるとはいえ、そのやり直す対象が意思に反して変動してしまうとなれば、ほとんど使い物にならなくなったも同然である。本当に進退きわまったのは、今だったのだ。


「役立た――うぁ!?」


 少し慣れてきた言葉での発散に頼ろうとした途端、視界がぐらんと歪んだ。と言っても、上下も左右も分からない暗闇だから、目眩めまいとしてしか認識できないけれど。

 今の感覚は、前にも経験したことがある。くだんの無茶をしたときの――外界からの刺激による反応だ。つまり、今、現実の私の身体に誰かが触れた。寮の通路で堂々とへたり込んでいるはずだから、当たり前のことだけれど。

 この前は意識をこの場に繋ぎ留めていられたけれど、弱った今の私にその衝動に耐えることはできず。

 意思に反して、私はログハウスから手を離してしまった。

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