07.「出し惜しみはしてられない」
床すらどうなっているのか分からないこの空間。
ただ、普段歩くときと同じ運動で歩くことができるし、ましてやこうして寝転がったりもできるのだから、本当に見えないだけだ。人間の目は立体視に特化しているから、凹凸も奥行きも分からない黒一色では感覚がバグを起こすのも仕方がない。
目を開けても闇のままの天球で、私は何もせず――何もできずに倒れていた。
「嘘、こんなことになるの……?」
これまで、経験したことのない事態。
盗聴による情報収集と、直談判による聞き出し。どちらも落ち着かない頭で考えた即興プランだが、一応成果は得られた。実のところ次のプランは決まっていないが、とりあえず、いつも通りログハウスに意識を移した次第だけれど。
腕一本動かすのも至難なほどの、凄まじい全身
「これってそんなに負担になってたんだ……。妥当と言えば妥当だけど」
何の代償もないなんて都合の良い話はない。過去に干渉する以上、人間の手に負えないバタフライエフェクトを扱わなければいけないという代償はあるが、それだけではなかったのだ。
ログハウスへのトリップが多すぎたからなのか、短期間にロードをしすぎたからなのか、同じログばかり何度もロードしたからなのか。いずれにせよ、この頃のロードの連続で、身体に悪影響が生じているようである。
「ん……!」
全身に力を込めて起き上がろうとしても、上体を起こすことすら
元々、
「だめだぁ……」
諦めて全身を地面に預け直すと、身体が動かない代わりに頭が回り始めた。
――私は、これまでに。
初めてのとき。無意識にやり直していたとき。ボイスレコーダーを回収したとき。
それでも私は、頭のどこかではその現実を受け入れまいとしていた。目にしたものすら、信じようとしなかった。正常性バイアス――自分にとって都合の悪い情報を過小評価し、
夢だと。気のせいだと。私は、思い込もうとしていたのだ。
そんな私をして、澪の言葉はバイアスを解かせるほどの衝撃だった。彼女の口から直接、生きるのを辞めてしまいそう、なんて言われてしまっては。澪が、澪の意思で死を選んだことが、バイアスでも隠せない。
私の脳が、そろそろ事実として認めるべき頃合いだ。
認めて、打ちのめされるのが、
「次で一気に進展させないと」
私には時間だけはたくさんあると思っていたけれど――そうでもないのだ。時間
少し
たっぷり時間をかけて立ち上がり、その前まで歩を進めた。
「出し惜しみはしてられない。もうちょっと前からやり直さなきゃ……」
ログの一覧を左へと
約七割が、真っ黒のログ。その日時には、年月日が違っても、決まって零時零分零秒の時刻表示。
これは、私がオートセーブと呼ぶものだ。その名のとおり、私の意思に反して自動的に行われるセーブで、毎日午前零時に記録される。ログのサムネイルはセーブ時点での視界を投影したものだから、基本就寝している時刻に行われるオートセーブによるログは、
これがあるから、私が何もしなくても、ログの間隔が二十四時間を超えることはない。
対して散見される真っ白なログは、ジャンクログ――より過去のログをロードしたことによって無効化されたものだ。次にセーブするときは、ジャンクログを飛ばして次の空きスロットにログが生成される仕組みになっている。
「パーティー直前みたいな都合のいいログは、やっぱりないな……」
少し迷った末、選んだのは真っ黒なログのひとつ。日付は、五月二十二日の月曜日。このログを選んだ特別な意味はないが――澪の誕生日をその週の木曜日に控えている日である。
澪の最期の真相に大きくアプローチできるだけの過去であることと、大きなノイズを生まないだけの最近であることの、両方を満たす日付のつもりだ。何となくの域は超えないけれど。
「ロード」
唱えると、選択したログが拡大して応じ、続けて意識の引き抜きが始まった。
消えゆく思考が、最後に走る。
パーティー直前のログをロードしていたときは、現状のフロントラインである六月三日から澪の誕生日まで、一週間強の時間
これは。
ノイズ必至だろうな――……。
*
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます