秘密の放課後

輝夜流星

二人だけが知っている事

 大寒波襲来!! そんな見出しのニュースを見たのはつい昨日、予防通り雪の降る寒い日に彼「小鳥遊 優たかなし ゆう」は放課後の教室の窓際一番後ろの席で、山積みとなった補講の課題や宿題を進めていた。


「寒い、なんでこんな日に課題やら宿題やらこんな事しなきゃならないんだ。寒い。火を起こしたい。焚べる課題やら宿題やら可燃材料はあるんだがな……」


 小鳥遊はボソっと愚痴をつぶやくと、持っていたペンを机に転がして、徐ろにバッグを取り出す。


「非常食ルーレット!! スタートォォ!!」


 軽快なリズムで鼻歌を歌いつつ、バッグの中に手を入れる。ゴソゴソと吟味して中から取り出したのは、カップ麺だ。


「味噌バターコーンもやしマシマシ味変香味オイル付きラーメン!! いいもんツモったね、寒くて小腹が空いた時にはピッタリだ」


 こんな時の為に小鳥遊は、小型の保温性に優れたお湯入りの水筒を持って来ている。

 早速、封を開けて粉末スープとかやくを入れてお湯を注いでいく。小鳥遊はラーメンの出来上がりを待つ間、悴んだ手を容器の両側に添えて暖める。


「腹へっては勉強いくさは出来ぬってなぁ〜」


 数分後、フタを開けると立ち上る湯気と共に味噌バターコーンの香りが彼を包み込んだ。バッグの外ポケットから割り箸と、牛丼屋に行った時に多めにもらった七味の小袋を出して準備を整える。


「いつでも食べられて安い、早い、暖かい、美味い! これが人類の文化の極みか」


 鼻歌混じりに嬉々としながら割り箸で麺を解しながらスープと絡めていく。


「いただきまーす」


 ずずっ……と麺をすすり、麺の上に鎮座する大きな焼豚を一口齧る。そして、熱々のスープを少しずつ飲む。


「はぁ、五臓六腑に染み渡る」

「何が染み渡るですって?」


 不意に現れた存在に小鳥遊は慌てて振り向く


「んげ!? 氷室!?」


 小鳥遊に声をかけたのは氷室 玲奈ひむろ れいなという同じクラスの女生徒。生徒会次期会長候補であり絵に描いた様な優等生。更に容姿端麗でもあり、神が二物三物を与えたとも思える存在である。その代わり感情の起伏が薄く、喜怒哀楽の喜楽が無いのではないかという説が飛び出すこともあり、一部の生徒からは「冷血の氷室」として恐れられている。


「小鳥遊、あなた先生が見てないとお構いなしなのね」

「い、いつの間に!? どの辺からここにいたんだ!?」

「非常食ルーレットの下りから。和気藹々わきあいあいとしてる小鳥遊は正に書いて字の如く小鳥が遊んでいる様だったわ」

「うわ、そこから見られてんのかよ恥ずかし……というかいるんならいるって言ってくれよ!」

「そんな義務は無いわよ。それよりも、こんなカップ麺広げて課題なんてやってたら、先生に見つかった時に相当言われるわよ?」

「いや、ホラ、あの担任さ、課題だしたら職員室戻ってしばらく教室来ないし……」

「その代わりに私が来たわね」

「ま、まさか内部告発でもする気じゃ!?」

「そんな大層なものじゃないでしょ。バレたら小鳥遊の内申点が下がるだけで」

「割と大層だわ!! 俺には下がる内申点がほとんど無いんだ、背水はいすいじんってやつ?」

「小鳥遊の背にあるのは水じゃなくてスープじゃない?」

「確かに」

「とにかく、これは報告しないとダメそうね。下手したら私まで怒られるわよ。この惨状」

「まっ、待ってくれ! それだけは」

「ダメよ、悪いけれどそうはいかないわ」


(考えろ! 考えろ俺! 俺の手札でこの状況を打破する方法を!!)


 追い詰められた小鳥遊。もう駄目かと思った矢先、ある事に気づく。


「な、なぁ氷室、もしかして小腹が空いてないかい?」

「はぁ? 別に、そんな事ないわよ……」

「否ァ!! 理由ならあるんだ、まず一つ! 氷室の目線が小まめにラーメンの方に向いている!」

「――!?」

「二つ! ここにいるのが、非常食ルーレットの時だと言ってたな? なら何故、その時点で俺を止めなかった?」

「――!!?」

「答えは簡単だ。氷室、お前もラーメンの完成を待ち望んでいたんだ!!」

「そ、そんなこと……!」


 小鳥遊はバッグから割り箸をもう一つ出し、カップ麺と共に氷室に差し出す。


「氷室も共犯者にならないか?」


 それっぽいことを淡々と述べた小鳥遊だったが、実際氷室の心を動かせるかどうかの保証も何もなく、背水はいスープじんとして賭けに出るしかなかった。


「小鳥遊が初めてよ、私に対して懐柔かいじゅうを持ちかけて来るなんて」


 氷室は表情にこそほとんど出ていないが、小鳥遊の誘いに内心揺れていた。


(……意外と、美味しそうね) 


「小鳥遊、まさか私にこれを食べさせて、濡れ衣を着せようなんて考えてる?」

「まさか、仮に俺がそんなことしたところで信憑性無さすぎて通じないと思う」

「それもそれで悲惨ね……」


 揺れている――氷室の様子を見て仲間内に引き込める可能性を感じた小鳥遊はラストスパートをかけに行く。


「そうだ氷室、なんなら他にもカップ麺はあるぞ。他にもパンやお菓子、冷えてはないけどジュースもあるぞ!!」

「まるで購買ね」

「いいね、俺の目標だ」

「褒めてないわよ」

「時に氷室、こちらが要求するものは内部告発の取りやめと、あわよくば勉強教えてくれ」

「要求が増えてるわね」

「まあまあ、もしこの条件を呑んでくれたら、今日に限り、俺のバッグの中身全品なんと100%オフじゃあ!!」

「100%オフって、要するにタダでくれるの?」

「無論。交渉の条件としては悪くないんじゃないか?」


 氷室は少し考えたあと、小鳥遊の隣の机に積まれた問題用紙をパラパラめくり始める。


「あとどれくらいで先生が戻る予定かしら?」

「多分、あと1時間半は呼びにでも行かない限り来ないよ。大体ネットサーフィンしてるし」


 氷室は恐る恐る、ラーメンを手に取る。


「ラーメン、食べて良いかしら?」

「氷室! じ、じゃあ……! 好きなだけ食べて下さいな!」

「いただきます」


 氷室もラーメンをすすり、スープを飲む。そしてその所作を数回繰り返した。


「……おいしい」

「だろ? 元々美味いものが、学校という補正を得る事で更に美味く感じるんだ」

「そこはよく分からない」


 氷室は残りのラーメンを小鳥遊に渡すと、プリントを手に取り、黒板に解答と解説を書き始める。


「ラーメンありがとう。課題の解説の準備するから今の内に食べちゃいなさい」

「まさか、勉強の要望まで叶えてくれるのらか……!?」

「ラーメンは口止め料。この授業料はまた別よ?」

「よっしゃ!! 宜しく頼むぜ!!」

 

 山積みにされていた課題がモリモリと消化されていく、氷室の教え方は普段の冷たい態度とは裏腹に丁寧で分かりやすく、勉強が苦手な小鳥遊でもちょっと時間をかければすんなりと解く事が出来た。


「終わった……あの無限地獄とも思える課題が全て……」

「何よ、山積みになってただけで一つ一つは大した事ないじゃない」

「そりゃあ氷室から見れば大したことないかもしれないけど凡夫からしたらボスラッシュなんだよ」

「まあいいわ。授業料、寄越しなさい」

「氷室って、なんだかんだノリいいんだな」

「何か言ったかしら?」

「いえ、何も」


 余計な発言は自らの首を絞めかねないと察知した小鳥遊は口をつぐむ。


「さて、約束の授業料だな。特別に入手が困難なとっておきのものがあります」

「とっておき?」

「ジャーン!! 『コロちょこ』だぁ!!」


 『コロちょこ』、サイコロ状にカットされたチョコレートであり、値段も手頃で味も良く、人気の高い商品であったが、メーカーの都合で生産停止となってしまい、どこも在庫のみの販売となっていた。


「小鳥遊……これを、何処で手に入れたの!?」

「お、やっぱり食いついてきたか! 氷室これ好きだもんな。これは元々買いおきしてたストックだよ」

「これもタダでいいのかしら……?」

「もちろん。授業料で考えたらこちらとしてもだいぶ破格な条件だし」

「それはそうと、何で私がコレを好きだって知ってるのよ!?」

「いつだか前にスーパーのお菓子売り場で氷室を見かけたことあってさ、嬉々としてコロちょこを箱買いしてるのを見たもんだから」

「わ、悪い!? 好きなんだからいいでしょ!?」


 氷室が顔を赤らめる。まさか同級生の目があったとは思わなかったのだろう。


「いや、だって普段学校で凛としてるヤツがコロちょこ抱えてニコニコしてたら微笑ましくなるだろう!?」

「…………周りには、内緒にして。なんか恥ずかしいから」

「お、おう」


 氷室は顔を隠すようにツンとそっぽを向いてしまった。


「なぁ氷室、また勉強詰まったら聞いてもいい?」

「別に、いつでも聞いていいわよ……」


 氷室は小鳥遊に小さい紙切れの様なものを渡す。


「私の電話番号。それがあればいつでも聞けるでしょう? 小鳥遊のも教えなさい。私知らない番号は出ないから」

「おお! わかった!! 一回電話掛けるから登録しといてくれ!」

「それじゃ、私は帰るから。今日の事は私達二人の秘密よ? いいわね?」

「おうよ!」


 氷室は小鳥遊に釘をさすと教室を後にした。小鳥遊は一人になると、机に突っ伏した。


(ふぅ、ひとまず諸々の危機は去った。氷室のやつ、見てくれは良いんだからさっきみたいにニコニコしてればモテるだろうに……笑った氷室、意外と可愛いじゃんよ)


 一方氷室は、学校を出て人目がないことを確認すると小鳥遊からもらった授業料コロちょこを食べていた。


「やっぱり、美味しい!」


 予想外の収穫と久しぶりの味に氷室から笑みがこぼれた。


(小鳥遊、初めてまともに話した気がするけど、案外話しが合いそうね。もう少し真面目なら良いんだけどな……)




 互いにイレギュラーな遭遇と会話を経て、意識する部分はあった様だが、氷室のスマホでの小鳥遊の登録名が「コロちょこ」になっているのは未だここだけの話し――

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