第2話

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サワサワと風が草と歌っている。のどかな昼下りとは裏腹に、ヒメちゃんは私が渡した紙袋を悲しげに眺めつつ語る。


「もう、半年も経つのね。この国と私がかつて住んでいた国が争い、私の住んでいた国が滅んだのは……あ、違うのよ。私を温かく迎え入れてくれたこの国には非は一切無いの。言いがかりをつけて攻撃を仕掛けて来たのは向こうから。こちらの国の資源や技術を力ずくで奪おうとして、結果自滅したんだもの。

政治的にも、人道的にも。この判断を下した王妃様には同情の余地がない。心からそう思うわ。


権力を握りたいが為に、伴侶である国王や子供である殿下を手に掛けた王妃様、後の女王陛下。彼女は初めから策略していたのかしら。身勝手な封建主義の結末は想像していたのかしら。

思うの。国王や殿下達はこの国と有益な関係を築いていたのに、何故女王を諌めなかったのか。何故抵抗せず殺されたのか。もう、考えても答えは知るすべもないけれどね。


あの国は、国民の手により全貴族が粛清された。私は国を滅ぼした元凶の最後の生き残り。新たなる未来に向かうあの国の人々にとって、私は多大なる犠牲を出した、忌まわしき血族。私は悪政を行った罪人。だから、この身が滅ぶまで贖罪し続けるわ。」


「ヒメちゃんはそうなる前からこの国の人だし、身内が犯した罪を償う必要は無いでしょ。だって、王位継承権剥奪に国外追放されているのよ。」


「そう、だけど…。私はこの血を絶やさなければいけないの。これは、私の最後の宿命よ。」


私はヒメちゃんの思想があまり理解できない。だから、深く聞いてみたくなった。


「呪いって言葉好きじゃないんだけど、血ではなくて考え方の方なのかもよ。女王の呪いがかかってるのは。自死してはダメ、妊娠してはダメ。そういう呪い。


血縁関係ってそこまで特別視するかな?遺伝的な意味合いではそうだけど、親が酷いからってだけで自分が子供を産めなくなるのがわからない。環境で人は育つのよ。私の中の常識では。


戦争はいつの時代も起こるわ。戦争に巻き込まれた人達も、手をかけた人達も。加害者の家系全ての人の血を絶やしたら、労働者が減って国が衰退するじゃない。」


ヒメちゃんはとても驚いている。そういえば、彼女とこういう話をするのは初めてかな。この様子だと、他の人とも話題に上がった事はなさそう。


「そういう考えもあるのね。そういえば、この集落での妊娠出産は他と違って特殊だと思うの。病院で精子提供を受けて、個人で産み育てる。それは、男女比が関係しているのよね。」


「個人ではなく、集落全体で産み育てるが正しいかな。私の住む集落では、女性が全体の9割。遺伝的な違いから、他族や他国とは子を成せない。


女性は、労働者の維持の為に子供を産むの。分母が減ると困るから。私たち女性は丸一年仕事を休む事になるけど、経歴や職歴に影響は無いし、子供が成人するまで集落全体で支援てしてくれるわ。

皆が子育てをして皆が愛する。子育てするのに老若男女関係ない。心身的な関係で子供を育てられない人も全面的に支援するから、何も心配ない。不平等も、公平さも必要ない。


私達は効率的に分業している。子供を産むのは今の技術では若い女性にしかできないから、いつ、どんな子を産みたいか選択できる。子供を産む女性が集落の社会全体をまわしているから、仕方ないよね。


それと、男性が人口の1割しかいないから。血が偏るのを防ぐのと、より優れた技術者の確保が必要でね。出産するご褒美として、好きな男性を選べるの。

病院に行って、身長から職歴、遺伝的疾患。様々な情報を見て、自分の欲しい遺伝子を選べる。

個人情報は開示していないから、誰の子かわからない。男性の方は義務的に。女性達は一族の為に、誰の子か明かさないのが暗黙の了解よ。あ、目当ての男性がいるのなら、直接交渉する事もできるのよ。その場合も、相手が既婚独身関係なく一度病院を介するんだけどね。


これは、とても合理的な方法だと思っている。私はこの部族に産まれて良かったわ。」


「随分と倫理観が違いすぎて。私にはまだ理解できない部分が多いわ。でも、国によって様々な形式があってもおかしくは無いわよね。」


「同性同士でも結婚してもいい。家族という区切りでいうならば、私達は他と大差ないと思っているわ。

相手を愛し、お互い産んだ子供を愛情もって育てる。互いに支え合い、喧嘩したり、擦り合わせして妥協したり。


私は特例なんだけれど。私の祖父は集落で一番の最高技術者なの。その遺伝子を望む女性達は多かったと聞いているわ。

祖父は後継が欲しかったそうでね。上にかけあって千人いる子孫達の中から、技術者としての才があった私に目をつけた。

母と交渉して、私に何度も会いに来てさ。家に遊びに行ったりしているうちに、祖父に技術を教わりながらの生活も楽しそうだなって、2人で暮らす事を決意した。

母は伴侶とその子供…私の姉と暮らしていて、週に一度は必ず帰る約束をしているの。仕事が忙しくて帰れない時にはご飯を作りに来てくれてね。お母さん達のご飯はあったかくて美味しい。祖父と2人だとコーヒーとパンで済ませちゃうから、姉から怒られて常備菜を押し付けられるのよ。


今は私も2人の息子を育てているから、自炊はなるべくしているんだけどさ。祖父が私以上に子供達を可愛がって家事全般してくれているから、任せちゃってる。私は技術を磨くよう子供達からも応援されていてさ。本当、幸せな事よ。」


「その。失礼でなければ聞きたいんだけれど。シキちゃんはどういった判断で産みたい相手を選んだの?」


私は白い雲を眺める。大好きなあの人達と同じ髪色だから。綺麗な空を見れば、いつでも会える。


「相手は祖父の長年の友人でね。小さい時からずっと可愛がってもらっていたの。


その人は他族の男性と結婚していてさ。他族の男性もとても素敵な人で、2人の家によく泊まりに行っていたわ。愛し合う2人を側で見るのが幸せだった。不意に思ったの。2人の子供が欲しいって。心から愛したいって。話したら2人とも相当驚いていたけど、喜んでくれてさ。


凍結されている精子を貰いに病院に行く時は、2人とも付き添ってくれてね。私は初めての妊娠だから、少し怖かったの。でも、2人は私の側で安心させてくれた。妊娠がわかった時は、飛び上がるほど喜んでくれた。他族の男性の方は私の子を見る事なく亡くなったけど、でも、幸せだって最後まで笑ってくれたわ。


祖父の友人も、1人目の息子が3歳になる頃に亡くなってね。亡くなる前にもう1人貴方の子供が欲しいって言ったら、驚いていたわ。感謝もされた。忘れ形見だなって、穏やかに微笑んで。息子2人とも、彼が名付け親なの。これは、最高の贈り物だと思っている。」


「そうだったのね。シキちゃんの子供さん達、いつも笑顔で遊びに来てくれているのよ。本当に良い子。シキちゃんの優しさを受け継いでいるのね。」


「そうよ。それに、家族や集落の皆が支えてくれるから。だから息子達も、その社会の中で将来自分の果たすべき役割を自然と受け入れていくと思っているわ。

負担に思う時もあるだろうけど、受け入れるか拒否する選択は本人にある。沢山悩んで答えを出して欲しい。」


義務と責任。それは、産まれながらに全ての人間が背負っている。未来のためにどう自分が生きていくか。考えられる人になって欲しい。


「シキちゃん家族を見ていたら、昔を思い出すの。兄達と過ごした時間は間違いなく幸せだった。あの幸せをもう一度感じたいなって。

でも、仮に誰かと子を成したとして。爺にこれ以上負担はかけたくない。これからは、ゆっくり余生を過ごして欲しい。子育てしながら仕事をするって、生半可な事ではないから。


それに、私は自覚なく王妃様のようになるかもしれない。私から家族を奪った、あの悲しみを誰かに与えるかもしれない。自分が怖い。」


「何でも一人でやらなくて良いじゃない。貴女も今まで十分頑張ってきた。

この地に根を下ろすなら、安心して産んで良いよ。貴女の子に危害を加えさせないし、貴女が辛ければ支えるわ。だって一族の子だから。」


「一族の子…。私が産んだ子供も、受け入れてくれるのかしら?」


「勿論よ!ヒメちゃん達の他にこの集落に移り住んでいる人達は何人もいるわ。望まない妊娠をして男性恐怖症になった人もいる。

先程も言ったようにここでは男性が少ないし、男性達は自分の技術を磨く為に巨大作業場に篭って切磋琢磨しているから。街中で会う機会はないのは、そういうこと。」


あとは、そういえば。これも話しておいた方が良さそうね。後で知るより今知る方が覚悟が違う。


「ヒメちゃんとシツジさんの子供が将来子供を望んだなら、この国では妊娠が不可能だから自国に戻ってもらう必要があるわ。それは、ヒメちゃんが心配している血を憎む人達に狙われる可能性があるという事。

子供達がそれでも自国に渡るのを望むなら、きっと私達の族長や私の親友、王様達が配慮してくれるわ。だって、生き方は自由だもの。」


ヒメちゃんが目を丸くしている。何かおかしな事を言ったかな?


「どうしたの?」


「えっ…と。何故私が爺との子供を産む事になっているのかなと。」


「シツジさん、まだまだ現役じゃない。この集落では凄くモテているわよ。引くて数多だし、族長も上手いって喜んでいるわ。ヒメちゃんもよく相手してもらっているんじゃないの?」


「それって……あの、どういう事?」


「子を成せないからこそ、移り住んできた男性はよく誘われるの。

シツジさんも頻繁に女性達の相手をしているわ。私の友達も何人かで……あれ?ヒメちゃん。うそ。まさか、知らなかったの?」


ヒメちゃんは真っ青になっている。そんなに刺激の強い話ではないだろうに。でも、彼女とシツジさんにとってはまずい事を言ったのにかわりない。付け足しておかないと。


「ええっと、ねぇ…。誰も無理強いはしていないわ。拒否した人には誰も声をかけない。皆、節度は持っている。

ごめん。ヒメちゃんに黙ってしていたなんて知らなくて。シツジさん駄目だね!」


「ち、違うの。爺がそういう事をしていたなんて。私、知らなくて。

ずっと、私にとっては優しい爺だったから。家族だったから。その、知らない一面を知ってしまって、どう思えば良いかわからなくて。」


「あー。なる程。ヒメちゃんが大切だからこそ、黙っていたのね。私の祖父みたい。」


「よく仕事に呼ばれたって家を出て行っているのは、そういう事をしていたからだったのね。だから、帰ってきたら体を洗った匂いがしていた。疲れたような、でもやり切ったような雰囲気は、一仕事してきたから。私は無知すぎたわ。」


「シツジさんは此処に移住している負い目で無理に相手をしようとしているんじゃないかって、初めは皆が遠慮していたの。でも、シツジさんの方から族長を誘ったそうよ。それからは、次々と声をかけて。でも、絶対無理には誘わなかったって。今は引く手数多で、自分から誘う暇なんてないだろうし。

シツジさん、此処に住み始めてから若々しくなったよね〜。本当、生き生きしてる。良い事だよね。あと10年は現役続けられると思うわ。魅力的な子が多いからさ。」


ヒメちゃんはまだ衝撃から抜け出しきれていないみたい。


「夜中まで仕事で戻れないからって、家に無駄に防犯装置が設置されていたり。朝まで仕事があるからって、私を守る為にと態々人を雇ったり。

ここは安全な土地だし、もう一般市民だからって言っても、私の大切なお嬢様だからって。そうなのね。私に隠し事をしていたからなのね。」


ヒメちゃんは、プルプルし出した。真っ赤になって泣きそう。私は慌てて抱き締める。


「ヒメちゃん。シツジさんにだって趣味はあるわ。それは認めてあげて。私だって、息子達にまだ見せられない漫画描いているわ。辞めろなんて言われたら、人生を否定された気分になる。本当、お願いします。」


「『この年寄りが現役なのは、あと10年位ですかね。』って、私。意味を誤解していたみたい。ううっ…無知な自分が恥ずかしい。」


あまりに可愛い反応のヒメちゃんに、シツジさんは箱入り娘に育て過ぎたんだなと理解した。

この集落ではそういう行為は年頃になれば一般的に行われるし、それに伴った病院は常時開いている。相談窓口も充実している。まあ、他の集落や国よりは性に対して緩いなとは自覚しているよ。だって、好きだし。


「ヒメちゃん。シツジさんを嫌わないでね。」


「嫌ったりしないわ。寧ろ、我慢させていたようだから。独り立ちしてみるのも良いかも。」


「それなら、そういった行為が苦手な人達が多く住む通りがあるわ。複数人で住む家もあるから、交友関係深める為にも見学に行ってみようよ。付き添うわ。」


「シキちゃん…。ありがとう。お願いするわ。


今日は爺は定時で帰ってくるの。だから、それまでにケーキを焼くのよ。」


ヒメちゃんが、私の渡した紙袋から品物を取り出す。ヒメちゃんの国から取り寄せた、そこでしか生息していない動物の乳から作ったクリームだ。


「爺の誕生日だから。このクリームを使ったイチゴのケーキを使ってあげたいの。」


「ヒメちゃんが作ったケーキか。美味しそう。ねえ、今度そのクリーム買ってきてくれた私の親友にもケーキ作ってあげてよ。出来たら、私の分も。」


「勿論よ。あの子、見た目に反して凄く食べるから。美味しいって沢山食べてもらえるように、もっと練習しておくね。」


目標ができたようで、ヒメちゃんは少し気が紛れたみたい。良かった。


「爺と話さなければならない事もできたし。本当、何から何まで。あの人は私を大切に思ってくれているのね。」


「それも『家族』だからでしょ。」


「そうね。では、そろそろ帰りましょうか、」


ヒメちゃんが立ち上がり、足についた草を手で払う。その一連の仕草が優雅で。私はヒメちゃんと深く話せて良かったと心から思えた。


「シキちゃんは爺とした?」


不意にヒメちゃんが問う。私は素直に返答した。


「えっ?ううん。シツジさんとは興味はないなー。」


「そう。それは良かったわ。私の友人にまで手を出していたらと思って。」


「私が大人になる頃には、シツジさんはもう人気者だったんだよ。自分から手を出すなんてしてないよ。私たちの年代には!…あれ。」


ヒメちゃんは、誰かを想像して青筋を立てている。彼女の知らない一面を見た私は、黙って隣を歩いた。


おしまい。





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逃げてきた元王女と、両親共に女性の私の話。 シーラ @theira

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