おかしな一日
🌻さくらんぼ
おかしな一日
ケーキを買おう。
なんとなく入ったケーキ屋。ガラスのショーウィンドウの奥にあるルビー色のイチゴが目に留まったとき、私は決心した。
今日は何も特別なことがない。昨日も一昨日もその一週間前だって、何もない。起きて、仕事に行き、帰宅して、寝る。それだけだ。味気ない。だからケーキを買おう。
自分へのご褒美などでない。くだらない日々への皮肉だ。“ありきたりな毎日、おめでとう"。
そう、くだらないくらい平和な日常は、壊れたときに恋しくなる。大切だったと思ってもみなかった感情を抱くようになる。だから先に感謝しておく? いやちがう。突然祝うことで、ありきたりを壊すのだ。
お祝いをした今日は、何も特別なことのない一日でなくなる。おかしな一日になる。もう恋しいくらい、この退屈な日常が輝く思い出に塗り変えられる。
「ショートケーキ、1つください」
「ショートケーキ一つですね。……以上でよろしいですか?」
「はい」
「保冷剤はおつけしましょうか?」
「お願いします」
「お会計は150円です」
鞄から財布を取り出し、1000円札を渡す。
小銭とケーキを受け取り、ジャラジャラと小銭を流し入れた財布を鞄へ戻す。ケーキの箱をぶら下げて店を出ると、ため息が出た。
重いだけだ。
これのどこが幸せで、特別で、恋しくなる一日と呼べるのだろう。
と、曲がり角から子供が飛び出してきて、私にぶつかった。私はケーキの箱を落とした。衝撃で崩れたケーキが、火の粉のように箱から飛び散る。
「ごめんなさい!!」
子供が叫び、箱を見て真っ青になった。
声を聞きつけたのか、すぐにケーキ屋からさっきの店員が出てきて、
「あんた何してるの!」
子供を叱った。
「母ちゃんごめん、急いでいて……」
近くの地面にいたのであろうアリが一匹、飛び散ったケーキの破片の上を登っていた。
帰路につく私の片手には、ショートケーキの箱がある。何事もなかったかのようなすまし顔をして。
側から見れば私は、ただケーキを買って帰るだけの人だ。なんてありきたりな人間で、ありきたりな日々なんだろう。
だけど、思う。今日はおかしな一日だった。地面に無残に飛び散ったケーキを思い出し、私は笑みをこぼしていた。
おかしな一日 🌻さくらんぼ @kotokoto0815
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