いつかの話
ある夏の日の夕暮れ。
幼い少年が送電鉄塔を見上げながら駄菓子屋でアイスを食べていた。
「婆ちゃん。あの人なにやってんの? 」
少年が鉄塔の上で手を振る人影を指さして駄菓子屋のお婆さんに尋ねる。
「これ、アレを指さしちゃいかん」
お婆さんは少年の腕をやさしく掴んで下におろした。
「アイツを見ても絶対に手を振ったりしちゃいかんぞ」
「なんでー?」
「……」
お婆さんは答えずに店の奥に引っ込んでレジ横の椅子に腰かける。
少年はそれについて行って再度聞いた。
「なんで手ぇ振り返しちゃいけないの?」
「アイツが下りてきてゲンコツされてもいいんか? 」
お婆さんは苦笑いしながら答えた。
「……嫌。ゲンコツしてくるの? 」
「そうだ、すぐゲンコツする怖い奴なんだ。だからアイツの事は無視するこった」
「分かった」
少年は頷いてアイスを一口齧った。
蝉の鳴き声が響いている。
「なぁ□□よ。大きくなったら早くこの町を出ていくんだぞ」
「え? なんでー? 」
今日は少年にとって分からない事だからけの日だ。
「この町は、■■町はおかしい。アタシも小さい頃は気づかんかった。これが当たり前だと思ってたからねぇ」
お婆さんは溜息をついて、少年はきょとんと話しを聞いている。
「でも他の場所に住んで、この町のおかしさが分かっちまった。気づかん奴もいるがね」
呆れた様に笑い、やれやれと頭を振って少年を見る。
「アタシはここに戻っちまったが、お前はここを出て戻るんじゃないよ。もっといい所がある」
少年は「もっといいとこかー」と考えながらアイスを食べていく。
そしてニコッと笑って。
「分かった! でもたまにお菓子買いにくるね! 」
「……まぁそれくらいならいいかね」
お婆さんカッカッカッと笑って少年の頭を撫でた。
鉄塔の上の人影はいつの間にか消えていた。
蝉の鳴き声に混じって、どこかで赤子の泣く声がした。
誰か応えてよ… 葦名 伊織 @ashinaaa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます