誰か応えてよ…
葦名 伊織
やっと応えてくれた…
ある夕暮れ時の■■町。
私はコンビニに寄った帰りに空を眺めていた。夕暮れ空のグラデーションが大好きで、いつもみたいに携帯で写真を撮る。
「うわ、あの鉄塔邪魔」
一番綺麗な色をしてる所と送電用の鉄塔が重なって写真が台無しだ。
携帯の画面とにらめっこして構図を試行錯誤していると、ある事に気がつく。
「え? なんか、いる?」
鉄塔の上で何か動いている。 肉眼で見ても、確かに何かいるみたいだ。
「あれって人かなぁ? 」
眼を凝らすと人影が手を振っている様に見える気がした。工事の人? 下に合図送ってんのかな?
でもなんか、こっちに手を振ってるみたい。
面白くなって。手を振り返してみた。そしたら。
「あ、やめた」
鉄塔の人影が手を振るのを止めた。
私も手を下ろす。するとまた人影は手を振り始める。
「もしかしてマジで見えてんのかなぁ」
試してみたくなって手を振り返すと、またすぐに人影は手を振るのを止めた。
そして今度は電線の上を四つん這いで、スルスルと向かいの鉄塔へと渡り始めた。
「え、ヤバ。あんな風に電線渡るんだ。怖すぎでしょ」
夕暮れをバックに人影が電線を渡っていく、まるで犬みたいに、ていうか猿みたいに?電線渡りの技術に驚きながらその姿を見ていると。人影はすぐに向かいの鉄塔にたどり着いた。
そこでまた手を振り始める。
「絶対私の事見えてんじゃん! 」
楽しくなって私もまた手を振り返す。
でも、なんか変だよなぁ。
人間って電線の上を四つん這いで渡れんの? 無理じゃない?
少し疑問が湧くと、次々とおかしな点が目に付くようになる。
てか、工事の人ってあんな危険な事する? あんな場所、命綱あっても落ちたら簡単に助けられないでしょ。
そんなこと事が頭に浮かんで、何か言いようのない気持ち悪さが込み上げる。
人影はまだ手を振っている。
「……帰ろ」
私は漠然と怖くなって、手を振るのを止めて家に帰ろうと踵を返した。
「見えてる見えてる。俺も見たぞ」
すぐ背後から声がした。
「きゃっ! 」
思わず振り返る。誰も居ない。
もう一度鉄塔を見ると、人影はまた電線を渡り始めていた。
今の声はアイツだ。
あんな所から声なんて聞こえるわけない。
でも私にはアイツの声だって確信があった。
家に向かって走る。
幸い電線が伸びてる方向と、私の家の方向は違う。角を曲がったら、建物に隠れてすぐにアイツは見えなくなった。
なるべくアイツに見えない様に建物の影に隠れるように走って家にたどり着く。
こんな日に限って両親はまだ帰っていない。
私は二階の自室に駆けこみ部屋の明かりをつけた。
外はすでに夜に変わっている。
カーテンを閉めようとして、屋根の端に繋がった電線が目に入った。
「アイツ、まさかここまで来ないよね? 」
極端な話だけど電線って全部繋がってるよね……
じゃあアイツだって……
ないって。いや来る。いやないって。恐怖でグルグル回る頭。
後ずさりして窓から離れようとした時、外で物音がした。
「うそでしょ……」
私は急いで机からカッターを取り出して、カチカチと刃を伸ばす。
怖い怖い怖い。
外なんて見たくないけど、もしアイツなら何処にいるのか確かめなきゃ……
「大丈夫、大丈夫……」
一応窓を隔ててる。そう自分に言い聞かせてカーテンを開ける。
誰も居ない。
自分の呼吸がいつの間にか荒くなっている。
緊張した視線で辺りを窺う。
アイツはいない。
震える手でまたカーテンを閉めようとした時、ちょうど母が帰ってきた。私に気づいて買い物袋を掲げる。
「お母さん……」
母の姿をみて強張っていた身体から力が抜ける。私が手を挙げて応じると、母は玄関へ向かって行った。
良かった。これで――
その時、背後でゴトっと音がした。
外が暗いから窓に部屋の様子が映っている。壁に埋め込まれたコンセントユニットが床に抜け落ちていた。
壁に四角い穴が開いている。
「手ぇ振り返してくれたよね。ね? 」
穴から歯をむき出して笑うアイツが這い出ようとしていた。
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