11、選んだ未来

 ◇◇◇


「驚きましたわ、わたし……。近くの村を訪れていたら、鬼のような形相で走っていくシリウス様をお見かけして。……いけないと思ったんですけれども、後をつけてしまったんです。そうしたら森で道に迷ってしまって、明るい方へ向かったら火事が起こっておりますし、女性がシリウス様に襲い掛かろうとしているのが見えて、それで、咄嗟に……」


(よくもまあ、いけしゃあしゃあと)


 王城の医務室のベッドに横たわりながら、カペラは身を震わせながら隊長たちの事情聴取に応じていた。


 刺し傷は数針縫うことになったが命に別状はなく、当然、なぜあの場にいたのかを疑われての聴取だった。かなり苦しい言い訳だが、薄暗かったとはいえ魔女の顔を見た隊長はカペラとは別人であると判断したし、カペラの肩の傷は背中側から刺されており、自作自演で刺すには不可能な刺され方だと医務官たちもはっきりと証言した。


 誰だ、このか弱い女は。猫かぶりめ! と内心で思いながらも、シリウスも口裏を合わせることになる。


「……妻があの辺りに出かける予定だと聞いていたもので、……心配で、自分が調査に行くと申し出たのです……っ!」


 別に何か情報を出し惜しみしていたわけでなく、完全な私情で調査に出ました。恥ずかしかったので、家に帰りづらいのでなどと嘘をつきました、と嘘を嘘で上塗りする羽目になる。


 山男の小屋を見張らせていたエディの報告では、小屋の中はもぬけの殻だったらしい。その後も小屋の主が戻ってこないことから、山男は魔女の変装した姿なのではないかと思われた。


 火の玉の噂を流して《魔女狩り》をおびき寄せ、のこのことやって来たシリウスたちを見て――こいつらなら殺せる、と判断したのかもしれない。魔女本人は逃走してしまったため、真相はわからない。だが、彼女は同胞を殺されたと恨み言を吐いていたし、こちらを恨んでいたことに間違いはないだろう。


 隊長たちが出ていき、医務室は静かになった。


 カペラも治療は済んでいるうえに意識もしっかりしているが、念のため一晩ここに泊まることになっていた。


 部屋には二人きりだが、医官や同僚が聞き耳を立てているかもしれないので、シリウスは声を落としてカペラに尋ねた。


「……お前、なぜ俺の居場所がわかったんだ? まさかとは思うが、上にいたのか?」


 上、というのはもちろん空のことだ。

 上空を箒で徘徊していて、たまたま騒ぎの中心にシリウスがいたのを発見したのではないかと思ったのだ。


 カペラは笑う。


「やだなあ。珍しく帰ってこないなーと思って屋敷で心配してたんですよ。そうしたら、なんだか逼迫した声が聞こえてくるものだから」


 シリウスの襟元に手を伸ばしたカペラが何かを外した。

 黒曜石のピアスだ。カペラがつけているのと同じものである。


「まさか、それ」

「通信用の魔石です」


 ぺろっと舌を出されるが――「つまり、俺を盗聴していたのか⁉」「だってぇ、わたしのことを上官に売らないか心配じゃないですかぁ」とのたまう。一体いつつけたんだ。再会してすぐか。クソ女。


「やっぱり、お前は信用ならん女だな! こんな奴に助けられたとは騎士として一生の恥だ!」


「ひどーい、全速力で駆け付けたのにぃ」


「お前のような大嘘つきで裏表の激しい猫かぶりの女を本気で心配して損した! とっとと寝ろ! 俺は仕事に戻るから、朝に迎えに来る!」


 声を押さえながら怒鳴るシリウスに、カペラはきょとんとした顔をした。


「迎えに……来てくださるんですか? わざわざ?」


「当たり前だろう。同じ家に帰るんだから」


「帰っていいんですか?」


「いいに決まってるだろ。何を今さら。……それから。お前、指のサイズは変わってないだろうな?」


「は? 指? ええ、多分???」


 行き場のない、迷子みたいな顔をした魔女をじろりと睨む。


「こんなふうに盗聴まがいのことや腹の探り合いを続けるなんて馬鹿らしい。住み続けたいだけ住んで、直接顔を合わせて話をした方が百倍マシだ。だから――俺からもう一度指輪を受け取る気はあるか」


 カペラが置いて行った結婚指輪はシリウスが保管していた。

 捨てるに捨てられず、質屋に売るのも後味が悪く、……結果、自室の引き出しの奥に押し込めてある。


「……。……シリウス様って女性を見る目が本当にないですね。なんでわたしみたいな相手に二回もプロポーズしちゃうんですか?」


「俺だってよくわからん!」


 だが、自分を庇い、血を流すカペラを見た時に。

 失いたくない、と思ったのだ。


 たとえ、彼女の正体が《魔女》だったとしても、誰かを傷つけるわけでもなく暮らしているカペラの事を捕らえて拷問しようという気になんてなれない。《魔女狩り》失格かもしれなくても、放っておけないのだ。


 返事は!? と照れた勢いで急かすと、カペラが肩を押さえてよろめいた。


「あ、いたたた……、びっくりして傷が開いたかも」

「何っ⁉」

「冗談です。ただの抱き着く口実です」


 驚いて近寄ったシリウスの首にカペラがするりと抱き着いた。


 思わずどぎまぎとしてしまったが――平気な顔で嘘ばかりつくカペラの耳が赤くなっている。どうやら、この魔女殿は照れているらしい。


「好きだ」

「……わかりました」


「もう一度俺と結婚して欲しい」

「わかったので、もう、やめてください」


「ちゃんと返事をくれないとやめない」

「…………っわ、たしも、その……」


「聞こえないぞ?」

「好きですってば! 多分!」


 多分とはなんだ、と思ったが、赤くなっているカペラの顔を見られただけでじゅうぶんだった。

 大きな秘密を抱えて生きていくことになるだろうが、それでも共に生きる道を選びたい。一年もかけて、遠回りした結論だった。






 ストレートな告白でやり込められたことを根に持ったカペラが家に帰った途端に怪しげな薬を飲ませようとしてきたり、シリウスも負けじと甘い言葉でカペラを赤面させようとしたり――夫婦の秘密の攻防はまだまだ続きそうだった。


Fin.

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結婚初日に離縁したのですが。 ―魔女と《魔女狩り》が正体を隠して結婚したら― 深見アキ @fukami_a

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