閑話休題 流星群の夜

「ねぇ、ゆっきぃ。ゆっきいには将来の夢とか……ある?」


 十歳のとき、むつ姉の家族と一緒に流星群を見に行ったことがある。


 あれは夏休みの終わりかけの日で、宿題の自由研究に困っていた俺を見かねてむつ姉がご両親に「キャンプに行こう!」と言ってくれたのだ。


 そのときむつ姉は中学三年生。

 受験を控えていて夏期講習だってあっただろうに、今思い返すとその優しさとあたたかさに涙が出そうになる。


 あの頃の俺は、将来の夢なんてまだ考えたこともなくて、なんと返したのかもう思い出すこともできない。


 ただ、「むつ姉にはあるの? 将来の夢」。

 と問い返すと、満天の星空を背にとびきり綺麗な笑みが返ってきたのを思い出す。


 暗闇にぼんやりと光を灯す白のワンピース。

 艶やかな黒髪を夜風になびかせて、むつ姉は声を出さずに口を動かした。


「――――」


 そうして、内容がわからずにきょとんとする俺の耳元で色っぽく囁く。


「なーいしょ♡」


(……!)


 そのこそばゆさと、初めてみるようなむつ姉の大人な顔にどきっとしたのはいい思い出だ。


 ◇


(結局あのとき、むつ姉はなんて言ったのかな……)


 ニュースで「今年は獅子座流星群が……」なんて話を聞くたびに、俺はあの夜を思い出していた。


 でも、今ならわかる。

 むつ姉は多分、あのとき……


 『ゆっきぃのお嫁さん』


 って、口を動かしたのかもしれない。


(むつ姉……)


 金曜夜。

 今は酔い潰れて荻野に介抱されながらベッドに転がされているけれど。

 今は俺にもむつ姉にもお互い大切な人がいるけれど。


 俺は今でも、あの日のむつ姉に敵う綺麗な人はいないと思うんだ。


「真壁ー。真壁はこっちきて六美さんと寝ないのぉ? 灯花ちゃんも今日はこっちで寝るみたいだしさぁ、一緒に寝ようよー」


 荻野がナチュラルに誘ってくるが、俺はフツーに自室で寝るよ。なに考えてんだ、バカなのか?


「ねぇー」


(無視、無視……)


「まーかーべーっ。もうつれないなぁ〜。六美さんからも何か言ってやってくださいよぉー」


「んぁ〜〜??」


「ダメだこりゃ」


 再びごろん、とされたむつ姉は、むくりと起き上がると寝室を出ていこうとする俺を呼び止めた。

 風呂上がりに灯花のジェラートピケを羽織らされただけのむつ姉が、やたら色っぽい蕩けた目でこちらを見てくる。


「ゆっきぃ〜?」


「おやすみ、むつ姉。俺はちょっと様子見にきただけだから。隣の部屋で寝るよ、何かあったら遠慮せず声かけてね」


「え〜? こっちきて寝ようよ〜」


「だーめ」


「ベッドふたつくっつければ、四人もいけるよぉ〜」


「わぁ! なんだか合宿みたいで楽しいですね!」


「灯花まで悪ノリしちゃって、もう……」


 呆れたように部屋の扉を閉める。

 背後できゃっきゃと騒ぐ三人が楽しそうで、俺は思わず口元を綻ばせた。


(あの夜は、思ってもみなかったな……)


 あれから十年近く経っても、まだこうしてむつ姉と仲良しでいられるだなんて。


 そうして、きっとこれからもこの関係は変わらず、ずっと近くにいられるんだろうな……


 むつ姉の、不意の来訪。

 アポなしなんて本来困っても仕方がないっていうのにさ。それなのに、いつも、思いがけず胸があたたかくなる。


(きっとこれが、むつ姉パワーなんだろうなぁ……)


 得もいわれぬ満足感に満たされながら、俺は自室で眠りについたのだった。




※不意のむつ姉回でした。

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