後日談 11話

 土曜日、快晴。

 

 今日から三連休となるこの日、俺には、とある試練が課されていた。


 連休ということもあって、坂巻は高校時代の友達の河野たちと昨日の夜から旅行に行っているし、荻野には、俺が出られない分アイス屋のシフトに入ってもらっている。

 「わけあって三連休は兄貴の家にいて欲しい」と説明したら、「ま。あたし実際は人見知りだし、アクが強い自覚もあるし。いーよ」と納得してくれた。


 そう。実はこの三連休で、ウチには来客の予定があるのだ。


 そんなわけで、ウチには今灯花しかいない。


「久しぶりに気兼なくイチャイチャできるね〜♪」


 なんて。ベッドの上で、昨晩の余韻に浸るように裸のまま頬擦りをする灯花が今日もくそ可愛い。

 柔らかくて、笑みも身体もふわふわで。声が甘くて脳が蕩ける。もうやばい。


「うん。俺も嬉しい」


 もう一度抱き寄せて額にキスすると、くすぐったそうにころころ笑って……

 はぁ〜〜〜〜。好き。


 だが、別に坂巻がいようと荻野がいようと部屋でのイチャイチャレベルはさして変わらないと思うのは俺だけか?


 あ。でも、さすがにふたりがいるときは一緒に風呂入ったり、身体洗いっこしてイチャついて、リビングでも部屋でも、時と場所を考えずにイチャコラするフルコースはないか……


 だから昨日は、思う存分セッ……イチャついてしまった。


「んふふ。今日はゆきくんを独り占め〜!」


 ぎゅ〜! と。それはもう嬉しそうに抱きついてくれるのが、まぁ可愛いくて可愛くて……


「いや別に……いつも独り占めしてくれていいから……」


 お触り推奨令とか、撤回してくれていいんだからね? 少し愛が重いかもしれないけど、俺は灯花のもののままがいい。


 なんてことをぼんやりと考えていると、ピンポンとチャイムが鳴った。

 俺は思わず背をびくつかせ、時計を確認する。


 まだ、朝の八時だ。


「……えっ」


 ……早くない?


 来客は予定していたが、聞いていたより四時間も早い。さすがに準備が……


「と、灯花! とりあえず服着て!」


 俺も急いで服を着て、一階へ駆け降り玄関を開けた。


「はぁ、はぁっ……ちょ、えっ、早くない!?」


 目の前には、金髪碧眼の女子高生が立っている。

 控えめに結われた細いツインテールを靡かせ、チェックのミニスカートからすらりとした脚をのぞかせて、オリーブの瞳が俺を見上げた。


「お邪魔します、まか……幸村さん」


 言い直したのは、自分が『真壁』だからだ。


 そう。今日ウチには、父の再婚相手(一応仮)の連れ子である、ソフィア=ヴァレンティーナちゃんが来ている。

 この三連休、ソフィアちゃんはウチに泊まることになっているのだ。


 父がヴァレンティーナさんのところ、京都へ行ってからというもの、ソフィアちゃんは俺の父とお母さんの三人で暮らしていたのだが。

 実はソフィアちゃん、ずっと東京に観光に来たかったらしく。前回の超絶気まずい顔合わせ以来の上京となった運びだ。


 家に美少女が三人住んでいると知りもしない俺の父は、「幸村に部屋を借りよう(そもそも親父らの家だし)。三人で上京しよう」と提案したらしいが、なんとも寂しいことにソフィアちゃんに同行を断られたらしく。

 「幸村、すまないが少しだけソフィアちゃんのことをお願いできないか?」となり、今に至る。


 あれで信頼してくれてんのかわからないけどさぁ、それでも一言申したいよ。

 てめーの義理の娘(JK)を、一人暮らしのてめーの息子(実子)のとこに送り込んでダイジョブなのか? って。

 あーもう、ウチの両親にそんなこと言っても今更感。しょうがない。


 そんな子とふたりきりなのは気まずいし、変に怖がらせたりするのも嫌だから、灯花だけには居てもらっているのだ。

 もちろん、ソフィアちゃんも灯花が俺の彼女だと知っている。


 大丈夫! お兄ちゃんカノジョ持ちだからな! 安心して泊まってくれていいぞ! どや!


「にしても……早くない?」


 ぶっちゃけまだ眠い。

 あくびを喉の奥で噛み殺しながら尋ねると、ソフィアちゃんは「た、楽しみすぎて……ごめんなさい」と、蚊の鳴くような声で漏らした。


 ……うん。可愛いな。許す。


「で。どうして親父やお母さんと一緒じゃダメだったの? ウチに泊まる以上は、それくらい聞かせてくれてもいいんじゃない?」


 メールであらかじめ質問していた内容。

 結局、今のいままで返事はなかった。


 まっすぐに見つめると、ソフィアちゃんはぽそりとつぶやく。


「絶対絶対、お義父さんとお母さん……誰にもナイショにしてくれますか?」


「口外されたくない理由なら、内緒にするよ。約束する」


 するとソフィアちゃんは、ちょいちょい、と手招きすると、背伸びをして俺の耳元でこしょりと言う。


「ワタシ……実はオタクなのです」


「!」


「オンラインフレンドの『もちゃちゃん』に、どうしても会いたくて……」


 風に揺れる金のツインテールと、恥ずかしそうに赤く染まった表情の超絶美少女っぷりがヤバいのだが……


 要は、親にオタバレしないように聖地巡礼するために、義理未遂の兄たる俺を利用するクソオタクってことらしい。


「明日はアキバに付き合ってくれるのですよねっ!? お兄様!!」


「なんでいきなりお兄様呼び……? てゆーか、オンラインのフレンドがこっちに住んでるから会いに来たって、今小声で言いかけたよね? その子と行けば……」


 言いかけた矢先、ソフィアちゃんは一段高くなっている玄関先に躓いてコケた。


「むぴゃあ!! へぐっ……!」


 それはもう盛大に、顔からいった。

 運動神経皆無の俺ですらドン引きするような、鈍くささが隠しきれない、尻を突き出した見事な大コケ。おかげでパンツが丸見えだ。

 白、レース……まぁいい趣味かな。うん、可愛い。

 俺は女子のパンツに耐性があるからいいとして、


 ――駅でコレされたらたまったもんじゃないわ。


 俺は額に手を当ててため息を吐いた。


「……わかった。ついてくよ」

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