準備と潜入と

 軌道航空機は二機あった。どちらもモスポールされていて今すぐにでも動かせる――とアルスが言っている。


「ただ、飛ばす機能を見るとこっちの小さいやつしか動かせないですねー。滑走路が無きに等しいので頑丈な離着陸機能を有するやつじゃないと」

「こちらの大きなやつは駄目なわけか」

「デカすぎて滑走路が大きくないと。それと降着装置がショボいです。航続距離だって、ショウダアイリさんに会いに行く分ならこの小型でも十分ですよ。帰りの燃料がない気もしますが」


 ならば小型軌道航空機にのってすぐにでも会いに行こう、とは行かないらしい。


「成層圏までは核融合によるモータープロペラ推進ですけど、宇宙空間で使う燃料が抜き取られていますね。ヒドラジン系統の燃料だったのかな。まずは補給しなければなりません。往復できる量の燃料が積めて使えるように燃料系統を改良しないといけないかな」

「仙台ではそういうのはやっていないな。となると――」

「戻るわけね、私たちのウツノミヤに。あそこは大規模空港があるわ」


 小型軌道航空機をアルスが操って、イーグルⅫを駆り、宇都宮へと戻っていく。期待と不安が俺の中で膨らんでいく。上手くいって正田愛理に出会えたらなんて言おうか。いや、計画が失敗したら――。


「何心配してるのよ、らしくないわね」

「さすがにここまでくるとな。希さんはどうなんだ」

「そうね、涼くんが違う存在じゃなくなったらどうしようって思ってるわ。それと目的が消えてでくの坊に陥らないか気にしてるって所ね」


 言葉少なに茨城へと戻り、一二三号線で宇都宮へ帰ってくる。


「今日から一流企業勤めと一緒の階級ね。ついに到達しちゃったわね」

「個人で軌道航空機を持てる、そして修理保管できるとなったら最上級階級の部屋を借りるしかないだろうな。部屋といっても一戸建てだが」

「ただいまーです。軌道航空機は庭にある格納庫にしまっておきました。ダホン製ビジネスジェットを格納できるなんて結構な大きさの家ですよね、ここ」


 そうだ、俺たちは最上階級の家に住めるレベルになったのだ。格付けもA+まで来た。

 暮らす分には何不自由がない。あとは正田愛理だけ、正田愛理だけだ。


 さすがに航空機の知識は全くないのでアルスに言われるがままパーツを買い付け、軌道航空機を改造していく。パーツも注文すれば手に入るようになった。ジャンクパーツから探す手間もない。


 そして俺の体もハイエンドの体になった。フラッグシップではないが十分だ。オプションパーツを取り付ければフラッグシップ並の強さを手に入れることが出来た。

 アルスも希さんもハイエンドだ。繊細な作業、力の要る作業が楽に行える。ちなみにアルスはボディ交換の時胸の拡大化を望んでいたが却下した。デカいのは希さんだけで十分だ。そもそも小学生低学年程度の体しかないのに胸を求めるな。


 宇宙への準備は順調に進む。あとは正田愛理がいる施設の特定とそこまでの航空経路を宇宙航空経路部署に提出すればいい。だが……。


「全然駄目だ。どこを漁っても正田愛理のいる施設の座標が特定できない」

「それじゃ宇宙に行ってもどうしようもないわね……」

「一〇〇年前の施設だ、廃棄されているとしても座標だけは残るはずなんだ、巨大なデブリ扱いになるからな」

「隠されてるんですかねー」


 アルスは隠しているのではないかと言うが、隠す理由が見つからない。アメリカが正田愛理を欲しているなら国が隠しているだろうが、国のデータバンクには現在地の痕跡すらない。それはそれでおかしい気もするが……。大阪に乗り込む方が良いか?


「ショウダアイリを残している理由がある企業ならデータを持っているかもしれないわね。そもそも国のデータに戦時のアイドルショウダアイリが残ってない以上、涼くんの記憶が間違っているかもしれないわ」

「それはないだろう、俺は永久機関生命体だったんだぞ。今は機械人間だが。記憶が間違うのは考えにくい。データとして蓄積されているはずだ」

「一度ヨシダ科学に行ってみるといいかもしれませんねー。体をいじれた企業なら脳味噌もいじれるかもしれません」


 アルスの言うことは、あり得るか。なぜ勘違いさせるのかはわからないがヨシダ科学なら俺の情報なら持っているかもしれない。


「というわけで来ちゃったわね。ヨシダ科学のデータサーバー」

「アルスは外で見張っているな。では今からダイブする」


 ハイエンドの体を存分に使い吉田科学の奥底にあるデータサーバーへと侵入した。そして遠隔ハックしてサーバーの内部へと潜っていく。


 データサーバーは歴史がある企業だけあってか、昔からのデータサーバーを改良しながら使い続けている構造だった。表層にはかなり多くのウィルスや防壁が張られていたが、深部へ向かうころにはウィルスや防壁そのものが古すぎて張れないのか何もなく侵入できた。

 生データを閲覧できるようになった所で各種データをしらみつぶしに探し始める。といってもヨシダ科学は科学企業において世界一の規模を誇る。データ量が圧倒的すぎてさすがの俺でも時間がかかった。


「涼くん、聞いてる!? 侵入がバレたわ。逃げましょう!」

「ああ、わか……正田愛理プログラム……座標はコロニー国家に封印した……」

「もう警備員が来る! 強制的に意識を引っ張るわ!」


 グインと脳髄を引っ張られるようにして俺は遠隔ハックを切断させられた。


「もう大丈夫だ、逃げよう。座標はコロニー国家が持っているらしい」


 丁寧に隠蔽しながら俺たちは吉田科学から脱出した。


 しかし、正田愛理プログラム、いったいどういう意味だ……?

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エッジウォーカー~生と死の境界線上~ きつねのなにか @nekononanika

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