第四話 クオンの夢・結願

そして気が付くと、青空を眺めて立っていた。

元の場所で……。


後ろで、舞と遊のはしゃぐ声が聞こえる。

六甲はくすんだ青色で、元の時間に帰ってこれたんだと思った。


そして

目の前の立つ、バンダナを巻いた男は声をかけてきた。

「やぁ……」

「もしかして、おかえり?ってことでいいのかな?」


ハッとしてよくその顔をみてみると。

やつれた感じの五十がらみの男には、たしかに彼の面影があった。

そしてはにかみながら私は返す。

「ただいま」

と。


そして人ごみの中から少し離れたところにあるベンチに座って話しだす。


「君が、元の時間に無事に帰ってこれてよかった。

あれからまた20年。俺はようやくやり遂げたよ。

今日、ここで再会できたのも運命の導きなのかもしれないな」


「え?」

そう話す彼に、私は疑問をぶつけた。


「やりとげた……って、いったい?」


誰かがぶら下げたラジオから聞こえてくる音。

「……先日殺害された〇〇の犯人は依然不明で、現在も逃走中の模様。事件の被害者は40年前に起きた暴行傷害事件との関連性を……」


彼はやつれてはいるけど、すっきりした顔でつぶやくように語りす。


「そう……。あれがそうさ」

「君にはすまないと思っている。

 守るために教えてもらった技術で、ヤツに復讐をしたんだからな」


「ヤツを見つけるのには苦労したよ。

 そして20年前のあの日、君に襲い掛かってきたのもヤツだった。

 ヤツは君を瞳と勘違いして襲い掛かってきたらしい

 最後にヤツ自身に語らせたときにそう吐いていたよ」


「そう……」


わたしは、わたしが襲われたこと自体は、ひどくつまらなく感じたし。わたしなんかを襲って返り討ちにあったそいつを憐れに思った。馬鹿なやつね……と。


「今日ここで待ってれば、君に会えると思ってね」

「君が話してくれた場所と日時……。

 そして、記憶の中に残る君の姿。

 最初、話しかけたときは、初対面の感じがしたけど。

 めまいを起こした後の君は……俺の知っている君だったね。」

そう話す彼は少し申し訳なさそうだった。


「うん……。

 あの時かえってきた」

そう言った私に、彼は再び


「おかえり」

っと、寂しそうな表情で言ってくれた。


「ありがとう。ただいま。」

そう返す私。


それから彼は、あの後の事を話す。

「彼女は……。瞳は結局ダメになったよ。

最後は精神を病んでしまって。毎日毎日、消えてしまいたい、消えてなくなりたい。許して。殺してくれ、もう殺してくれ。と、何度も何度も何度もお願いされた。俺ももう限界だった」


「そんな日々の中で、アイツを見つけた。

君が教えてくれた通りに情報を洗いなおしていたら

当時の目撃者証言にあった似顔絵に似た男が、

20年前、君が襲われた後、あの付近で起きた暴行事件で再び世間に出てきて、その顔が割れた」

「俺は、これは君がくれたチャンスだと思った。」

「その時は、ヤツは初犯ということで執行猶予がついて、のうのうと普通に生活していた」

「彼女が生きることに苦しんでいる横で、ヤツのその姿を見て怒りに震えた」

「そして再び街でヤツを見かけたとき、俺は決心した」


彼の組んだ手の指がギュッと握りしめられる。


「そして俺はようやくやり遂げたよ。

 別にほめてくれとは言わないさ。

 ただ、君にはこの上なく世話になったから、そのお礼と報告と……」

「お別れを、言っておかなきゃなって思って。

それでここに来たんだ……」

そう話す彼の顔は、切なく寂しいものに見えた。


「彼女は……。今朝、逝ったよ……。

先に行って待ってるって……。

そう言って最期に笑ってくれたよ……」

「彼女から、君にお礼を言っておいてくれって言われたよ。

前の時に、いろいろ迷惑をかけたからって。

でもあの時の事は、とても感謝してるって」

そう話す彼の表情は、おだやかで優しげだった。


「俺はね……。俺たちの人生は……。

なんのためにあったんだろうってずっと思ってた。

 生きるのも苦労の連続で、何をやっても報われなくて、

 彼女は、自分の身体さえも自由にはできなくて、生きていることすら苦痛で呪って。そんな人生に、夢も希望もなくて……」


「だけど、そんなとき、君があらわれた。

 普通に生きてたら得られないような知識と技術を持つ君は。

 俺に救世主のように思えた」


「そして、こうしてやり遂げた後に振り返ってみて思うのは。

 俺の……。俺たちの人生の意味は。何も俺たち自身のためだけのものじゃなかったんじゃないかって思うのさ」

そういって彼は私に微笑みかけてくる。


「最初に出会ったときの君は、無表情で感情のない人形のような雰囲気をまとっていて、表情も能面のようだった。

まるで生気を感じさせないほどに。まるで全身で人間であることを拒絶しているかのようだった」

「でも今の君は、こんな俺の話しにも心が表情かおに現れているくらいに人間らしくて。年相応の感情を持った少女に見えるよ」


私はハッとして、わたしは自分の顔に手をやる……。

確かにわたしは、彼の話すことに哀しさを感じている。

以前であれば、完全に他人事で、何も心を動かすなんてこともなかっただろうに……。


「君に、俺たちの人生を背負わせるつもりは無いさ。

ただ、俺たちの生きた意味は、君にその人間らしさと、

つかの間の時間だったとはいえ、

普通の人として幸せで穏やかな時間の大切さを教えること

だったんじゃないかなって思うんだよ」


「少なくとも、今の君を見ていて、俺はそう思う」

「だから……。今度は俺から言わせてくれ。

君の人生は君自身のもので、誰かに束縛されたり制限されたり、馬鹿にされていいものなんかじゃない。諦めさえしなければ、願い求めるものが見つかる瞬間はきっとくる」

真剣な表情で彼はそういって、ベンチから立ち上がった。


振り返って彼は言った。

「お別れの時間だ

 俺たちは、もう会うことはないだろう。

 君の未来が、幸多からんことを切に願っているよ」

そう言ってほほ笑んだ彼は、手を差し出してきた。


私はその手を握って立ち上がり、そのまま握手をする。

そして、しばらく見つめあった後、その手を離した


「じゃあ、ありがとな……。

君に出会えてよかった……。

元気でな」

彼は大切な恩人を見る目でそう言った。


「わたしもありがとうっ。

 どうにかがんばってみる。

 そして、あなたたちの事は、忘れない。

 わたしが生きている限り。ずっとっ……」


もう一度微笑んで、うなずいた彼は身をひるがえし。

ゆっくりと、しっかりとした足取りで去っていく彼は、

もう振り返ることはなかった。


彼を見送った私は、

澄み渡る青空を見上げて、夏の気配のする入道雲の向こうに思い馳せ。

この忘れえぬ体験を心に刻んだ。




――――まどろみの中、ふと夢を見ていたんだと気づく。

長い夢。そしてちょっと変わった夢だ。

私が少女になって、時間を超えて、人と出会う物語。

過去の景色にとても感動して、少女のようにはしゃぐ心!

別れの時の切なさ!

まだ覚えてる!


文字に……文字に残さねば!


寝る前にベッドのヘッドボードに置いたスマホを手に取って

いつものようにSNSに物語のあらましを入力しはじめる。

そして、まだ目覚めるんじゃないぞ私の脳みそ!と願いながらひっしに

まどろみの頭を維持しながら入力していく。

眠気と目覚めと闘いながら、記憶を薄れさせぬようにまどろみと

覚醒状態を維持管理しながら入力し終えかけたときに

入力画面がフリーズした。

私の意識もフリーズした。


そして、悲哀のこもった絶叫が心の中に吹き荒れた!

「なぁんでえええええええええ!!いま!?え?ないでしょ!!!

 またなの!?!?もう書けないよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!

 哀しい……

 この上なく哀しい……!!!!」


「もう一度時間とチャンスをくれえぇぇぇぇぇぇぇ!!」



――――っと、そこで目が覚めた!


え?今のも夢!?


じゃあ!

今度こそ、ちゃんとフリーズしないところで書き残さなきゃ!


まだ私は書ける!

いくつか固有名詞は吹っ飛んじゃったけど!

まだ全体の流れは覚えてる!

余計な刺激を頭に入れなければまだ書ける!


だって……あの彼の最後の顔と言葉…覚えてるもの……。


書かなきゃ!

残さなきゃ!


そして、ベッドから起きだして、PCを起動し。

私はこの話しを書き始めた。



2022年6月16日 9:05起床

今日のみた夢


齋宮久遠

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久遠の夢 齋宮 久遠 @Kuon_Saimiya

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