第三話 クオンの夢・転機

その日も雨だった

梅雨が近づいてきているのか、暑い日が続いたあとの雨は

少し涼しく感じる。


買い物帰りの路地裏の暗がりの角で、ふいに横から襲い掛かられた

もちろんカウンターを入れて投げ飛ばしたわたしは無傷。

今回相手は刃物も持っていなかったし。運がよかった。

相手は少しうめいた後、ボソっと何事かをつぶやいて逃げて行った。


「今のは、なんだったんだろう……?」

つまらないものを見たような気がして

わたしはひどく吐き気がした。


家に帰ると、瞳さんは、私の衣服が少し乱れていることに気づいて心配して訊ねてきた。

起きたことをさらっと話す私に、少し呆れながらもほっとしてから

何事もなくてよかったと安堵した表情で言ってくれたあと、少し考えこんでいた。


彼がかえって来ると、彼女は私に了承を取ってから

私に起きたことを話していた。

一瞬色めき立った彼の気配が感じられた。


こんな私の事でも怒ってくれる人がいたんだと思うと少しうれしくも感じた。



「私にできることってなにかない?

私は恩を受けるばっかりで、何も返せていない気がするから……」


そう彼に話すと彼は、

「じゃあ、前の時に見せてくれた、何でも武器にできる体術の事を教えてくれないか?」

とお願いされた。

「もう二度と、大事な人を守れないなんてことがないようしたいんだ」

と、思いつめたような、哀しい目をして訴えかけられた。


それからは、私がされてきた訓練方法について教えることになった。

基本動作の訓練と、自分の身を守るための急所についての知識と。

実際にやってみせて、時には組手をしてみたりもして、実戦で使えるように訓練をした。

わたしがいつまた消えるかもしれないからと

一人になってからも訓練できる方法についても話しあった。



そうして梅雨が明けて初夏の日差しが感じられるようになったころ。

「またあの高台へ行ってみようか」

という話しになった。

「もしかしたら、また何か起きるかもしれないからさ」

と。


次の週末。

初夏の暑さが身に染みる頃。

今日は天気予報で、光化学スモッグ注意報とかいうのが出ていた。


現地へ行くと、前回はまだ真新しさが感じられた階段も。今では何度かペンキが塗りなおされたのか。時間の経過を感じさせるものになっていた。


ところどころに錆の跡がみられる階段を上り、高台へ上がると。

今日も六甲は遠く、薄く霞んで見えていた。大気汚染の影響ってことなのかな?そんな話しをしながら、

ふと、前回の時は突然の別れだったから満足にお礼もできなかったことを思い出したので、もしまた突然起きたら心苦しく思うので、今のうちに前回と今回の分のお礼を伝えることにした。


「前の時と今回と、行く当てもなくて彷徨ってる様な不審者同然の私なのに、家に泊めてくれて。そしてなにより優しくしてくれてありがとう」

「わたしが生きてきた中で、一番まともな人間としての扱いを受けた時間でした。とても貴重な時間で体験でした。ほんとうにありがとうございました」


そういうと、彼は照れ臭そうにしながら。

「いいってことよ。俺も君からいろいろ教わることができたし。確実に前に進めてるって感じられるようになったから、むしろお礼を言わなきゃいけないのは俺の方さ」

「正直なところ、もうダメかもしれないって諦めかけてたんだ」

「そこに君が再び現れた。運命の女神に感謝したよ。

だから俺の方からも礼を言わせてくれ。

ありがとう」

「教えてもらったこと、決して無駄にはしないよ」


そう言って靄のかかった空を見上げる彼を見ていると

意識が引っ張られる間隔がやってきた。


「きた」


「そうか……。

 今度こそ元の場所に戻れるといいな。

そう祈っとくよ」

そういいながら微笑む彼に、私はそっと礼を返した。

「ありがとう」


「また会えたらその時は……」

そう彼が言い終わる前に私の意識は暗転した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る