Phase 05 違和感

 「被害者は芦原あかね。26歳。週刊フレンドリーで『イマドキギャルの恋愛事情』を連載している人気漫画家だ。」

 「とうとう有名人の死者が出てしまいましたね・・・。」

 「ああ。一応マスコミには箝口令かんこうれいを敷くつもりだが、どうせ聞く耳を持たないだろう。今のマスコミはデリカシーの欠片もない。してや、連続猟奇殺人事件の被害者が有名人となるとマスコミも視聴率のためには黙っていないだろう。」

 「その件ですが、既に朝のワイドショーでニュース速報として取り上げられました。手遅れです。」

 「矢張りそうか。残念だ。」


 私がそのニュースを知ったのは、2001年1月18日の夕方だった。

 私は『パンドラの匣』の執筆とくだんの連続バラバラ殺人事件の推理に追われていて、テレビを見る暇がなかった。

 やっと一息付いて、テレビの電源を入れる。

 すると、見覚えのある人物がブラウン管に映し出されていた。

 「あれ、これって芦原あかね?」

 「麗子ちゃん、あかねちゃん知ってるんですか?」

 「一応これでも今どきのサブカルチャーは一通り齧っている。芦原あかねについては何かのインタビューで読んだが本当は推理漫画が描きたくて漫画家デビューしたらしい。つまり、何れ私の処女作にして唯一のヒット作である『血染めのシャツ』も彼女の手によって漫画化されるかもしれなかったんだ。まったく、惜しい人を亡くしたよ。」

 「そういう発想に至る麗子ちゃんが凄い・・・。それはともかく、一連の事件で初めて有名人による犠牲者ですよね・・・。」

 「そうだ。いっちゃんねるを見ても彼女の話題で持ち切りだ。ニュース速報板に建てられているスレッドは『その60』まである。」

 「それはそうですよね。とあるビジュアル系バンドのギタリストが自殺したときも、マスコミによる報道が加熱していましたからね。結局1ヶ月ぐらいそのギタリストの話題で持ち切りだったのを覚えている。」

 「正直な話、あのギタリストの件もあって私はマスコミというものを昔から信頼していない。事件についてああでもないこうでもないことを延々と語っていることにうんざりしているんだ。」

 「正直な話、関西ローカル番組で『神戸のホームズ』として持て囃されていたのはどう思っていたんですか?」

 「もちろん、うんざりしていたよ。私にホームズを名乗る資格なんてないからな。勝手にマスコミが持ち上げただけのことだ。」

 そんなことを言いながら、私は煙草に火を点ける。

 紫煙が、ブラウン管の映像ビジョンを掻き消していく。

 それにしても、なぜいきなり有名人が殺されることになったのだろうか。私は違和感を覚えた。

 確かに天王寺博史も十分有名人ではあるが、飽くまでも彼は一企業の社長に過ぎない。だから、なぜ有名人が殺されるのかが分からなかった。

 そして、私はまぶたを閉じる。

 一連の事件について、私の頭の中で整理をしていく、

 なぜ、あの漫画家は殺される必要があったのだろうか。

 なぜ、死体を棄てた場所はバラバラなのだろうか。

 私の心臓の鼓動と同調シンクロするように、考えが纏まっていく。

 そして、ある点に気づいた私は、目を見開いた。

 「麗子ちゃん、もしかしてビビッと来ちゃった?」

 「ああ、ビビッと来たよ、そして、これは飽くまでも憶測に過ぎないが犯人の目星が付いた。」

 「本当ですか!?」

 「とりあえず、赤城刑事だったっけ?大阪府警の刑事に連絡をしてほしい。」

 「わ、分かりました・・・。」

 私は、とりあえず赤城刑事を書斎兼仕事部屋兼応接間へと呼び出すことにした。


 「阿室さん、一連の事件について何か分かりましたか!?」

 「いや、厳密には分かっていない。けれども、僅かな可能性を見出したんだ。」

 「可能性?」

 「これは飽くまでも私の推理だが、犯人は女性だ。」

 「女性の犯行?」

 「あなたから貰った死体の資料を見ると、どの犠牲者も死体から指紋が検出されていない。だから、私は女性の犯行であると推測したんだ。」

 「確かに、女性の犯罪者は自分の指紋が死体に付くのをいとうといいますが・・・。本当に女性が犯人で間違いないんでしょうか。」

 「間違いない。」

 「ということは・・・。」

 「そうだ。例のリストから女性の容疑者を割り出して欲しい。何かが見つかる筈だ。」

 【大阪連続バラバラ殺人事件 容疑者リスト《女性限定》】

 ・桃谷詩織 34歳。

 ・西九条悦子 26歳。

 「これは、君が割り出した容疑者リストとほぼ一致する!」

 「つまり、私の推理が正しければ犯人は桃谷詩織か西九条悦子のどちらかだ。」

 「しかしどちらも有名人ですよね。方や関西で人気のラジオDJ、方や日本アカデミー賞女優。どちらが犯人にせよ、これは大スキャンダルになる可能性が高い。」

 「それならば、マスコミには尚更箝口令を敷くべきですよね。」

 「それが、残念ながら芦原あかねの報道が加熱している。仮に犯人を公表したとしたら、この事件の報道は益々加熱するだろう。」

 「じゃあ、寧ろマスコミには飽きるまでこの事件の報道を続けてもらいましょう!」

 「麗子ちゃん、それ正気なの!?」

 「ああ、私は至って正気だ。」

 「コホン。ともかく、容疑者は桃谷詩織と西九条悦子の2人まで絞られることになった。これで間違いないんだな。」

 「そうだ。後は、大阪府警に託すよ。私の役割はこれで終わりだ。」

 「・・・。分かった。とにかく、この2人に逮捕状を出すッ!」

 こうして、私の推理は大阪府警に託すことにした。

 仮令たとえ、それがバッドエンドだとしても、私には関係ない。寧ろ私が関係あるとすれば『パンドラの匣』の脱稿までのスケジュールが縮まる事、そして一連の事件をモチーフとした新作小説のアイデアが浮かぶ。それだけのことだ。

 翌日、阿室麗子から託された資料を元に僕は芦原あかねの母校の中学校へと向かった。

 「大阪府警の赤城翠星です。芦原あかねさんの母校と聞いて捜査に参りました。」

 「刑事さんか。マスコミじゃなくて良かったよ。」

 「矢っ張り、マスコミからの取材は絶えない状態なんですか。」

 「そうですね。正直対応に困っていました。しかし、刑事さんなら何を話してもいいですよね。」

 「それが刑事の仕事だ。芦原あかねについて知っていることを全て話して欲しい。」

 「そうですね。芦原あかねの同級生に九条涼子くじょうりょうこという子がいました。特に芦原あかねと仲が良かったと聞いています。何でも小中高と一緒の学校だったらしいです。そういえば、九条涼子って確か別の名前として芸能界で活躍していたような・・・。」

 「芸能界ですか?」

 「はい。確か日本アカデミー賞も受賞した経験があると言います。芸名は忘れましたが、九条涼子と似たような名前だったのは確かです。私から話せるのは以上ですね。」

 「そうですか。先生、お忙しい中ありがとうございました。」


 九条涼子という名前に、僕は違和感を覚えた。

 容疑者リストに挙がっていた名前は西九条悦子だった。しかし、芦原あかねの母校の教師から聞いた名前は九条涼子である。

 もしかしたら、西九条悦子の本名が九条涼子という可能性も考えられる。しかし、九条涼子と西九条悦子が別人だったら大事だ。

 とりあえず、僕は阿室麗子の携帯電話に電話をかけた。

 「阿室さんの資料を元に、芦原あかねの母校に行ってきた。」

 「そうか。それで、何か手掛かりは得られたのか。」

 「うーん、これは手掛かりと言っていいのか分からないが、西九条悦子の本名が九条涼子という可能性が浮上した。つまり、西九条悦子は芸名だ。」

 「そうですか。確かに変な名前だとは思っていたんですが、矢張り芸名でしたか。」

 「西九条悦子イコール九条涼子、その可能性も考えて捜査を進めていこうと思う。」

 「分かりました。よろしくお願いします。」

 こうして、僕は電話を切った。

 大阪府警の本部に戻った僕は、一連の事件の資料を作り始めた。

 資料を作っているうちに、ゲシュタルト崩壊に襲われそうになるが、今の僕にそんなことは関係なかった。

 桃谷詩織は兎も角、西九条悦子について判明したことは多い。もしも西九条悦子が犯人だとしたら、最悪の事態も考えておかなければならない。

 ――そして、僕も阿室麗子と同じように犯人の特定に至った。


「赤城刑事、この資料を新堂警部に提出するって本当ですか。」

「本当だ。彼女の推理と僕の資料が正しければ、犯人は恐らく彼女だろう。」

「それって、大スキャンダルですよね?」

「ああ。大スキャンダルだ。恐らくワイドショーでの報道も加熱するだろう。」

「箝口令とか、敷いておきます?」

「いや、阿室麗子が『敷くな』と言っている。もう少しマスコミを泳がせておくべきというのが彼女の判断だ。」

「なんだか阿室さんらしくない判断ですね・・・。」

「彼女も彼女で何か考えがあるのだろう。そういえば、近々仕事場に容疑者2人を呼び出すらしい。」

愈々いよいよ彼女の本領発揮か。」

「そうだな。彼女が何を考えているのか、正直僕たちには分からない。けれども、彼女が下した判断だ。きっと、彼女ならやってくれますよ。」

「阿室麗子。通称『神戸のホームズ』。その推理ショー、とくと見させてもらいますか。」

 僕たちがそんな話をしている時だった。

 無線に入ってきたのは、衝撃の一言だった。

「赤城刑事、神結刑事、至急天王寺動物園へと向かってくれッ!8人目のだッ!」

「は、8人目!?しかも天王寺動物園の園内で!?」

「あぁ、そうだ。」


 ――この連続バラバラ殺人事件はまだまだ終わりそうにない。僕たちはそう思った。

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