Phase 04 最後の晩餐
芦原あかねは人気の少女漫画だ。特に『イマドキギャルの恋愛事情』という作品は女子高生に絶大な人気を誇っている。
そんな彼女も、実は恋愛漫画より推理漫画を描きたいと願っていた。
そもそもの話、彼女が漫画家を目指す切っ掛けになったのは
江戸川乱歩が放つおどろおどろしい文脈は、幼少の彼女に刺激を与えた。そして、これを自分の絵で描きたいと願っていたのだ。
そして、19歳の頃に溝淡社少女漫画新人賞を受賞した彼女は、一躍売れっ子漫画家としての道を歩み始めた。彼女が描く作品はよくある少女漫画の恋愛モノとは一線を画しており、検閲ギリギリの過激な性描写が多い。その描写は多感な時期の少女たちを虜にしたのだ。そして25歳にして印税は3億をくだらないと言われている。宝くじで1等が当たったときとほぼ同じ金額を、彼女は1年で稼ぐのだ。
「芦原先生、『イマドキギャルの恋愛事情』のネームですが・・・。」
「はいはい、今週号は休載にするよ。ちょっとネタに困ってるんでね。」
「しかし、週刊フレンドリーの看板作品が休載となると子供たちは困ってしまいます。」
「アタシ、正直恋愛漫画を書くために漫画家になった訳じゃないんだよね。推理漫画を書くために漫画家になったんだよ。例えば週刊ジャンピングで連載している天才探偵シャーロック。赤山先生のアイデアには本当に感嘆させられるよ。だから、私は赤山先生みたいな漫画家になりたかったんだ。でも、蓋を開けたら少女漫画家。そりゃアタシは女性だから少女漫画を書くのは必然的な話だけども、アタシが本当に描きたかったのは推理漫画なんだ。正直5年も連載していたらネタも尽きる。アタシ、あの作品に対してそろそろ潮時だと思っているんだ。」
「ですが芦原先生・・・。」
「帰ってくれ!アタシは一人になりたいんだ!」
こうしてアタシは仕事部屋で一人になった。
煙草に火を付ける。
セーラムの紫煙が、仕事部屋を駆け抜ける。
孤独なアタシは、煙草とアシスタントが唯一の友人だと思っている。
すると、昔の友人が仕事部屋にやってきた。
「あかねちゃん!」
「あぁ、涼子ちゃんか。」
「その様子だと、また担当者と揉めたの?」
「その通りだ。正直『イマドキギャルの恋愛事情』を辞めたいんだ。」
「そっかぁ。あかねちゃん、本当は推理漫画が描きたいってボヤいてたもんね。」
「あんなクソ漫画、今年中に絶対打ち切ってやる。」
「今年はまだ始まったばかりだよ・・・。」
「それはそうだが、今すぐにでも打ち切りたいよ。」
「そうだ。あかねちゃん、新世界へ飲みに行かない?」
「賛成。今の自分に必要なのはメンソールとアルコールだ。」
「もちろん、あかねちゃんの
「知ってた。どうせ私のカネで飲みに行くつもりだったのは分かっていたから。」
こうして、アタシは昔の友人と飲みに行くことになった。それがアタシにとって最後の
「ねぇ、あかねちゃん。もしかして、漫画家になったこと、後悔してない?」
「ああ、今となっては後悔しているよ。アタシは好きで少女漫画を書いている訳じゃない。アタシが描きたいのは飽くまでも推理漫画なんだ。同じ出版社の『週刊コミック』に移籍したいって散々担当者に話をした。けれども、担当者は聞く耳を持ってくれないんだ。担当者自体が少女漫画畑の人間だから仕方がないとは思っているんだけど。」
「そうなんだ。ところであかねちゃん、死にたいって思ったことはない?」
「突然何よ。確かに少女漫画家としての自分を殺したいと思ったことはある。出稿間近のネームをカッターナイフで切り裂いたこともあった。案の定、担当者はカンカンに怒っていたよ。」
「じゃあ、私が少女漫画家としてのあかねちゃんを殺してあげる。」
「ああ、いくらでも殺してどうぞ。ただし、アタシは殺さないように。」
「あかねちゃん、ごちそうさまでした!」
「いやぁ、矢っ張り冬はてっちりだな。大阪に住んでいて良かったよ。」
「でもふぐの本場って
「細かいことは良いんだよッ!ヒック!」
「もう、あかねちゃんったら。ちょっと酒臭いけど。」
それから、アタシは近くのカラオケ屋さんへと向かった。所謂二次会である。
90年代の小室ファミリーの歌やアニメソングを歌っているうちに、アタシは眠くなってしまった。当然、眠ってからの記憶はない。
――なぜなら、私は友人に殺されてしまったからだ。
「・・・。」
「あかねちゃん、眠っちゃったか。まぁ、眠らせる手間が省けたから良いけど。」
私は、あかねちゃんをナイフで切り刻む。
「あかねちゃん、さようなら。生きているうちに、あなたの推理漫画が読みたかった。」
そして、カラオケ屋さんの近くのビルにあかねちゃんだったモノを
真逆、私が世間を騒がせているバラバラ殺人事件の犯人だとは思わないだろう。
死体をビルに棄てた時、雨が降り出していた。それはまるであかねちゃんを弔うかのような涙雨にも見えた。
――そして、私は袋に詰められたあかねちゃんだったモノに手を合わせてから、その場を去った。
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