第246話 これでとりあえず。
「べるさん、どるねーさん。あー、そういうこと? お母さん、匂いでわかっちゃったのね?」
「麻夜くん、正解だよ」
「母さんすっげ。こっち、風下なのに」
風は天人族の側から吹いている。だから湖側、俺たちの後ろは風下なはずなんだ。
「あ、ネータさんがいるってことは?」
「うんうん」
「御意にございます」
「お待たせ致しました。タツマ様、麻夜様のご尽力により任務完遂いたしました。閣下もいらしていたのですね。遠いところお疲れ様にございます」
「うん。私のことはいいんだ。報告を続けてくれるかな?」
俺たちが陽動をしている間に、誘拐されていた人たちを救助するのが今回のメインクエストだった。
こうして彼らが戻ってきて『任務完遂』と報告してくれたということは、救出に成功したということ。
「はい。計六名。救助いたしました。同行したジルビエッタ殿も、公女殿下を確認されたので間違いはないと思われます」
「うん。それじゃ、一度、……あ、こっちどうしよっか?」
俺は天人族の側を振り向いた。するとプライヴィア母さんが。
「大丈夫だよ。『あれ』の匂いは
「そうだった。お母さん、
「うん。それは忘れちゃいけないやつだよ」
ここには虎人族が一人、猫人族が二人いたんだ。この三人なら、あちらさんの動向、丸わかりになるかもしれないってことなんだね。チートだわ。
『ぐぅっ』
麻夜ちゃんが走り出して、ベルベさんたちの後ろにいたウィルシヲンに抱きついた。
「ウィルシヲンたん。お疲れ、会いたかったよー」
『ぐぅ』
「おや? もしかしてこの子が?」
「はい。お母さん。麻夜のウィルシヲンたんです」
『ぐぅ』
「これまた美しい緑だね」
「でしょでしょ?」
とりあえず俺たちは、救助された人たちに会うべく、湖のあちら側へ戻ることになったんだ。
低空飛行のアレシヲン、セントレナ、ウィルシヲンの三人が着陸。天人族の側からみて反対側にある湖の傍に、仮設のテントみたいなものが作られていて、そこでジャグルートさんことジャグさんが治療を始めていた。
「……ジャグルート、凄い。……治療、できるように、なった?」
ぼそぼそと呟くような声が聞こえる。
赤い角を携えた赤髪の女性が五人。その脇に、薄紫色の角に赤みを帯びた黒い髪の女性が一人いたんだ。
さっきの声はその人。おそらく公女殿下の声なんだろうね。
「兄さん」
「ん?」
「公女殿下、よく生きてるレベルだってばさ」
「嫌なほうの予想どおりだね……」
駆け寄ろうとした俺の腕に抱きついて止める麻夜ちゃん。
「兄さん。慌てなくていいってば。兄さんはほら『あれ』でしょ?」
「あ、そっか。うん。『あれ』なの忘れてた」
「うん。それにほら。凄く嬉しそうな表情でしょ?」
ジャグさんが、
「そうだね。この国では快挙だったんだ。何かあったら俺がなんとかすればいいんだよ」
「おや? あの御仁ももしかして」
「はい、母さん。ジャグルートさんは俺の弟子で、最初の俺のときみたいに少しずつですが。何度も何度も重ねがけすることで、悪素毒治療をできるようになったんです」
「なんとまぁ、それは……。タツマくんと麻夜くんたちが来て、少しずつだが、世界は変わってきたんだね……」
「お母さん」
目元をおさえてるプライヴィア母さん。麻夜ちゃんが抱きついて、背中をぽんぽんしてあげてる。
俺は彼がいかにして、人々のために尽くしてきたか。彼はつい先日まで太っていて、ジャムリーベルさんことジャムさんよりも、身体が大きかったことなどを説明したんだ。
「人族では難しいかもしれません。ですが長命な魔族であれば、ジャグルートさんのようになれるのがわかったんです」
「なるほどね。それでもタツマくん、君がいなければ、現在のレベルに至ることもなかったんだろうね」
「そんなことは――」
「兄さん。家族なんだから
「うん。俺や麻夜ちゃんが知ってることだったから、教えてあげられた。ただそれだけなんですけどね」
「うんうん。よくやってくれたよ。タツマくん。私の息子でいてくれて、ありがとうね」
「ちょ、ぎぶぎぶぎぶ、たっぷたっぷたっぷ――」
「ちーん」
何度目のトラハッグだろう? 結局俺は、死ぬちょっと手前で解放されたんだ。
「あ、兄さん兄さん。ジャグさんマナ茶一気飲みしてるよ。もしかしたら魔素切れなんじゃ?」
「そうかも。それじゃ、行きますか」
「閣下、敵側の様子はわたくしたちに」
ドルチュネータさんとベルベさんが、プライヴィア母さんの後押しをしてくれた。前に教えてもらったけど、嗅覚に関しては猫人族と虎人族は同じくらい。聴覚に関してもかなり優れている。
その上、ベルベさんたちは鍛錬を重ねているから、更に優れているとのこと。だからプライヴィア母さんも彼らに任せられるくらい、信頼を置いているのかもしれないね。
「そうかい? それじゃ、頼もうかな。麻夜くん、タツマくん。私もご一緒しようかね」
俺と麻夜ちゃんは『うんうん』と頷いた。プライヴィア母さんが先頭に、俺たちは後ろをついていく。
「少々、よろしいかな?」
プライヴィア母さんが先に声をかけた。皆振り向いたから、注目を受ける。レンガ色のトレンチコートにも似た外套を着込んではいるけれど、誰が見ても虎人族だとわかるはず。
「し、師匠。もしやそのお方は?」
「はい。先日話した俺の母さん」
「と、ということはエンズガルドの?」
「うん。一番偉い人? あれ? 二番目かな?」
椅子から立ち上がって、全員こっちを向いて深々と一礼。あれ? プライヴィア母さんって、そんなに偉い人なの?
「申し遅れてすまないね。私は、プライヴィア・ゼダンゾークという。私の息子と娘が世話になっているこの国の転換期と聞いて、慌ててやってきてしまったのが正直な話なんだけれどね」
すると、薄紫色の角を持つ公女殿下が一歩前に出たんだ。
「……ワタクシ、マリアジェーヌ、です。……ワタクシも、先ほど、知りました。……ワタクシの失態、ご子息様へのご迷惑、申し訳なく、思っています」
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