第236話 救出と場合によっては。その2

 俺たちは壁に沿ってゆっくりと上昇していった。


『くぅっ』

「大丈夫。寒くはないから。それに見えてきた。もうすぐ頂上だ」

『くぅ』


 きっちり重ね着してきたし、厚手の外套も羽織ってる。暖を取る携帯用魔道具も持ってきたから、寒さもこれでなんとかなるね。


 龍人族さんたちは俺たちより寒さに強いみたいだけど、それでもそれなりに着込んでるよ。もちろん外套も羽織ってる。


「麻夜ちゃん」

「はいな」

「皆さんの状態、大丈夫そう?」

「うん。体力減ってる人いないね。セントレナたんとかウィルシヲンたんみたいに、寒さに強い種族なのかもねー」

「やっぱりそうかもだね」

『麻夜様のお力は凄いですね』


 俺の背後からネータさんの声。


それがしも驚くばかりでございます』


 麻夜ちゃんのほうからベルベさんの声も。これって俺たちだけに聞こえるように、指向性のある話し方をしてるんだって。凄いよね、二人の一族ってさ。


 昨日ちょっとした会話で、龍人族のみなさんって寒さに強いとか、そんな感じじゃないかな? っていう話題になったんだよ。


 外套を羽織ってはいるけどさ、俺たちみたいに重ね着はしてないんだ。俺たちみたいなものじゃなくさ、翼を押さえつけないふわっとしたものを羽織ってるからね。翼の兼ね合いもあるから我慢してるのかな? と思うことはあったけど、やっぱりそれだけじゃなかったみたいだね。


「そりゃそうよ。伝説のスキル持ちだもんね」

「えへへー」


 麻夜ちゃん照れてる照れてる。


 この世界では本来、鑑定スキルは加護じゃなくて生まれついての固有のものらしいんだ。種族の中で、それこそ国に一人いたらいいくらい。それほど珍しいものだって。虎人族にも猫人族にも持ってる人はいないんだって。もちろん、龍人族にもいないみたい。


 麻夜ちゃんだけじゃなく、麻昼ちゃんも朝也くんも持ってる『かもしれない』、んだって。さっすが勇者様だけはあるわ。けど、麻夜ちゃんが詳しく教えても、どこにスキルがあるかわかんなかったんだって。だから『かもしれない』なんだってさ。


 ちなみに、麻夜ちゃんがこのスキル持ちだって知ってるのは、俺たちの家族と、近しい人だけ。ジャグさんは知ってる。俺の弟子だからね。口は堅いし。


 そんな感じにちょっとした雑談をしながら、作戦の地へ向かっているのはきっと俺たちだけ。MMOゲームのころは、レイドイベントの前は俺も麻夜ちゃんも、緊張はどこへやら? とこんな感じだったから。


 俺が死なない限り、最悪の状況になることはない。それでも、それを軸に作戦を立てることもない。俺も麻夜ちゃんも、そう思ってる。


「よし、抜けた」


 頂上が見えた段階で、上昇をやめる。皆、即座に着地して、俺の指示を待ってくれている。


 ここがあのそびえ立った、岩山の頂上だと感慨深く感じている人は、ここにはいない。誰もがここは敵地であり、公女殿下たちが捕らえられている場所だと認識している。


 見た感じ、俺の視認範囲には何もいないし、飛んでない。


『セントレナ、遠くに何も飛んでない?』

『くぅっ』


 セントレナの目には何も捉えられない。彼女の目は暗闇でもわずかな明かりで遠くまで見通す。それはロザリエールさんの魔法同等だ。だからこちらへ飛んでくる者はいないということ。


『ベルベさん、ネータさん』


 俺はセントレナから降りて、二人に手招きをする。


『匂いは動いてない?』

『はい。某には感じられませぬ』

『そうですね。今のところは』


 麻夜ちゃんはウィルシヲンの背中を撫でてる。


『ウィルシヲンたん。二人を、皆さんをお願いね?』

『ぐぅっ』


 そう言うと、セントレナの背中に麻夜ちゃんは乗った。


『それじゃ、二人はウィルシヲンに乗って救出部隊を先導。お願いね?』

『御意』

『かしこまりました』

『ジルビエッタさん、フェイルラウドさん。公女殿下さんたちをお願いします』

『お任せください』

『はい』

『ジャグさん、後方支援、頼みました』

『はい。師匠、麻夜様もご武運を』

『ありがとうございます』

『ありがと』

『それじゃ、アルビレートさんたちは、命大事に。最悪、俺がなんとかします。それでも慎重に』

『了解です』

『それじゃ、作戦開始。俺たちがでかい狼煙を上げるから、その音で潜入開始ということで』

『了解っ』


 俺はセントレナの背中、麻夜ちゃんの前に乗る。普段なら彼女を抱えるように後ろへ乗るべきなんだろうけど、今回は違う。俺を盾にするんだから、背中にいたほうが麻夜ちゃんも都合がいいというわけなんだ。


 セントレナはゆっくりと歩き始める。なにせ、ここを歩いて進む者はいないはずなんだ。そのあたりはベルガイデから聞き出し済み。


『麻夜ちゃん。外壁までどれくらい?』

『んっとね、おおよそ2キロ』

『まじですかー』


 そんなにあったっけ? まぁ、飛んでもすぐだけど、状況見ながら進まないとまずいから。

 俺も麻夜ちゃんも、『個人情報表示謎システム』画面を前面に投影済み。時間は6時半前。それでも空はまだ暗い。セントレナの背中の上から見える遠くの地平線も、まだ真っ暗。


 ここ数日は、日の出が7時半過ぎくらいだから、まだ1時間は軽くある。俺たちは湖の右側を走ってる。これがあの飲み水の水源になってるやつか。


『大きいね』

『結構深いみたいだよん』

『まじかー』

『ベルベさん調べね。麻夜はまだ調べてないけど』

『それでもこれが、うん。酷いヤツらだ』

『だねぃ』


 ジャグさんたちは、一番後ろをついてきてる。予定では湖を背に、キャンプをはってもらうつもり。


 この湖が、おおよそ1キロあるらしいから。天人族の町、レィディアワイズの外壁まで残り1キロ。戦闘が始まっても、ジャグさんたちのところへ影響は少ないはず。


 傷を負ったら後方へ戻るように指示してあるから。ジャグさんの魔法なら、ある程度の怪我なら大丈夫。今回だけは魔素蜜と俺が渡してあるマナ茶があれば、魔素が枯渇することもないだろうから。


『さて、湖の終わりが見えてきたね』

『うん。残り1キロだね』


 麻夜ちゃんの声が俺の背中から聞こえる。俺の右側肩口から、前を覗き込むようにして確認してくれる。


 1キロなら怪我を負っても、走竜ならすぐに戻れる。走竜の身体は、槍や矢を簡単に通すことはない。こうみえても、最強種の竜種だから。


『ジャグさん、ここは任せます』

『いってきますねん』

『はい。師匠、麻夜様』


 ジャグさんたち後方支援の人は湖のほとりに残る。俺たちと救出部隊は、先を進む。


 セントレナたちは、踏み固められていない雪の上を、苦もなく歩いてくれる。


『兄さん。あと500』

『そっか、そろそろだな』


 俺は後ろを振り返る。ジルビエッタさん、フェイルラウドさんが頷いた。


『ベルベさん、ネータさん。そちらお願いします』

『べるさん、どるねーさん。お願いね』

『御意』

『かしこまりました』

『ウィルシヲンたん、二人をお願いね』

『ぐぅっ』


 麻夜ちゃんの指示を聞いて、ウィルシヲンも頭を下げて肯定の意思をみせる。


『くぅ』

『ぐぅ』


 セントレナも、『がんばりなさい』みたいな似たようなこと言ってるんだろうね。


 それじゃ、派手にいっちょ、いきましょーか。


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