第235話 救出と場合によっては。その1

 これから少数精鋭で作戦開始、という割に思ったよりもリラックスしてる。麻夜ちゃんと雑談できるからかもしれないけどね。もちろん、龍人族の人たちもいるし、今の俺にはベルベリーグルさんもドルチュネータさんもいるわけだ。


「タツマ様、準備が整いました」


 警備部のフェイルラウドさんが伝えに来てくれた。

 スマホに表示された時間は6時を回ったところ。夜明け前よりちょっと前。冬だからまだまだ暗い。だからいい頃合いだと思う。


「師匠、これを」


 ジャグさんからあるものを手渡される。


「あぁこれがあの薬ね」


 このアールヘイヴには様々な効能のある薬が開発されている。そのうち、俺が要望していたのは、暗視効果のある薬。要は、少ない光で辺りを見回せるようになるやつ。あるんだってさ、それがこれ。


「そうです。ですが、人族の方に試していただいたことがありませんので、どの程度発揮できるかは未知数です。それにですね、乱用すると頭痛が発生しますが、此度こたびだけであれば有効かと思っています」

「うん。効果が日の出くらいまでだっけ? どっちにしてもあちらは北側。眩しくなることもないだろうから使わせてもらおう」

「そだね、兄さん」


 この世界生まれじゃない、かつ、龍人族じゃない人族の俺と麻夜ちゃんが飲んだら、万が一も考えられるけど、そこはほら、俺がいるからどうにでもなるし。


「麻夜ちゃん」

「はいな」


 MMOのレイドイベント前、彼女はこんな感じにテンション高くなってたな。


「母さんには、今日の予定話してあったっけ?」

「うん。一応、麻昼ちゃん経由で伝えてもらってるよ」


 この件がどんな形であっても片付くまで、麻昼ちゃんと朝也くんはエンズガルドで待機してくれてる。麻夜ちゃんがそう言ってくれたっけ?


「ならいいや。教えなかったら怒られるまであるからさ。ヘタすると、あの必殺技でちーん、だから」

「あー、あれね。うん。お母さんならそうかも、わかるきがする」

「うんうんだよね」


 俺と麻夜ちゃんは、薬の封をきる。匂いが上がってくる。なんとなく甘酸っぱい匂い。


「それじゃ、麻夜ちゃん」

「うん。乾杯、兄さん」


 当てるか当てないか、そっと合わせる程度。その後、一気に飲み干した。


「うあ」

「あっまっ」


 顎が浮きそうになるほどあまあまだった。おそらくは、何かの蜜なのだろう。


 今日はいわゆる新月。月に似た大きな衛星がみえない。小さな星明かりは見える。それでも十分なほど、夜目が利いてる感じがする。


「見えるね」

「うん。さっきより見えるかな?」

「ロザリエールさんの補助魔法バフと比べてどう思う?」

「ちょっと弱いかもね」

「うん。俺もそう思った」


 ロザリエールさんがかけてくれた、暗視のバフよりやや弱め。それでも十分使用に耐えうる感じかな? さすがは薬が発展した栽培国家だけはあるよ。


「ジャグさんは飲まないの?」


 って言おうとしたときもう飲んでる。


「飲まなくてもうっすらとは見えます。ですが、そうも言ってられません。魔素蜜よりは太りませんからね」

「そのときはまた、治してあげるってば」

「ありがとうございます」

「そういや兄さん」

「ん?」

「肥満って、病気だったの?」

「うん。『個人情報謎システム』では、そう認識されてたっぽい。だって、魔法一発で治っちゃったんだよ」

「……麻夜たちがどれだけ苦労してこの体型を維持してると思ってるのよ? あーん?」


 いつもと違った、麻夜ちゃん。もの凄く滑舌が良いような気がする。それになんだか機嫌が悪い。怒ってますか? もしかして?


「へ?」

「ロザリエールさんのあれも、ダンナお母さんのあれも、みーちゃんのあれも、……これからは我慢しないで気にしないで好きなだけ食べられるってことじゃないの? これは麻昼ちゃんにも教えてあげないとだわ」

「へ?」

「兄さんは神。間違いなく女の子にとって、神的存在なのよ」

「そういうもんですかね?」

「えぇ。一理あると思いますよ、師匠」


 とにもかくにも、なんともまぁ、緊張感のない作戦前だこと。


「とにかく、俺たちの準備も終わりました。それじゃ打ち合わせ通り、ジャグさんたちは後方支援」

「了解です、師匠」

「ベルベさんとネータさんは、ジルビエッタさんたちと救出部隊へ」

「御意にございます」

「かしこまりました」

「俺と麻夜ちゃんは、サーチアンドデストロイ。各個撃破の陽動部隊。他の人は俺たちに続いてください。なぁに、俺が朽ちない限り、俺たちが全滅することはないですから」


 皆俺が回復属性を極めていることを、説明受けている。死んでも生き返る。実際にベルガイデがそうなったのを知っているから。


「危ないと思ったら、ジャグさんたちのところへ下がって。あとは俺たちがなんとかするから。別に相手を殲滅するつもりはないんだ。さらわれて監禁されてる人たちを助け出せば俺たちの勝ち。あとはどうにでも料理できるからね」

『はいっ』

「うん。いい返事だね。それじゃ、聖女様。号令を」

「え? 麻夜が? しょ、しょうがないなぁ」


 麻夜ちゃん、照れてるし。


「こほん。天人族の、鼻の穴から手突っ込んで奥歯――」

「麻夜ちゃん、それ違う。耳じゃなかった? いやいやヘタするとしんじゃ――そうじゃなくて聖女様なんだからもっとお淑やかに、ね? ね?」

「えー? うん、それじゃとにかく、皆さんのお尻は兄さんが守ります。公女殿下たちが救出されるまで、時間をしっかり稼ぎましょう」

『はいっ』

「お尻を守るって、……お尻を拭くならわかるけど。本来は背中は守る、じゃないのかな? まぁいいや。それじゃ、上昇します。セントレナに続いてください」

『はいっ』

「セントレナ、お願い」

『くぅっ』

『ぐぅっ』

『くぅっ』

「セントレナたん『私に続いて』だって。みんなも『はい』って応じてる」

「うん。そんな感じだね。でもいいな、言葉がわかるって……」

「はいはい。リラックスしすぎだってば、兄さん」


 ゆっくりだけど、岩山の壁を羽ばたいて上昇していく。後続の人たちは、俺と同じような大きな盾を持ってる。


 ベルガイデが吐いたとおり、弓や槍が降ってくる対策のために用意させたんだ。直撃さえしなければ、俺かジャグさんが治せるから。


 麻夜ちゃんを乗せた緑走竜のウィルシヲンも一度飛んでるから大丈夫だね。ガルフォレダ君たち赤走竜も、問題なく上昇してる。一応皆、治しておいたから普通の子たちより高く飛べるのは確認してもらってたんだ。


 俺の後ろにはネータさん、麻夜ちゃんの後ろにはベルベさんが乗ってる。現場に着いたら、ウィルシヲンはベルベさんとネータさんを乗せて、公女殿下たちの救出に向かってもらうことになってる。最初は駄々こねてたみたいだけど、セントレナが言い聞かせてくれたみたい。さすが、アレシヲンのお姉さんだけはあるね。


 今日は珍しく雪が降ってない。薬のおかげで俺の目にもしっかり壁が見えてる。まだ頂上は見えないけど、セントレナたちならまもなく到着するだろうね。


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