第231話 調査報告会。その後

 岩山の頂上を形取った見取り図には、あちら側に町、こちら側に湖が描いてあるだけだった。その見取り図にドルチュネータさんが書き入れる道の外側に、ベルベさんが要所要所を書き込んでいく。すると徐々に前よりも更に具体的になったものが出来上がっていくんだ。


「ねねね、べるさんが使ってる『認識阻害の術』ってさ、魔法なの?」

「某らの術は、魔法と道具、体術などを駆使しております」

「認識阻害魔法なんてのがあるわけじゃないんだね?」

「そうですね。わたくしたち姉弟は、風の属性を持っておりますので」

「あー、『エア・シールド《風の障壁》』も、なのね?」

「はい、そうでございます」


 麻夜ちゃんが前に教えてくれたっけ。レベル1の『エア・シールド』は、彼女がよく使っていた部屋全体を覆う『エア・ウォール風の防壁』の簡易版。レベル上げにしか使わない、効果範囲の短いものだっけかな。


「某らはその上に、細かな術を併用しております。潜入ではなく侵入による調査でございます故ですね」

「そかそか。見た目を変化させるわけじゃないけど、術に術、阻害に阻害を重ねて、ってことなのね?」

「御意にございます」

間諜かんちょう斥候せっこうの違いだね」

「うんうん。スパイとシーフの違いみたいなものだよね」

「シーフ、……うん。MMOならそれかもだね」

「はい。わたくしたちは飛んでみせることは無理ですので」

「え? 変装はできるってこと?」

「こと?」


 俺と麻夜ちゃん、ネータさんに詰め寄る詰め寄る。


「わたくしたちではなく、そのような鍛錬を積んだものもいる、ということですよ」

「あー、なるほどね」

「なるなるりん」


 それでも、変装して潜入する人がいるってことは、ますます忍者かスパイだってば。


「それでべるさん、お願いしてたものは?」

「はい。これにございます」


 木製の筒を懐から取り出して麻夜ちゃんの前に差し出す。


「これが一番厄介でございました」

「えぇ。凍っていましたからね」


 麻夜ちゃんが筒の蓋をとると、ころんとグラスに転がって出てくる透明の物体。


「あ、そっか。これ、頂上にあった湖の」

「うん。えっと、あ、やっぱり0%だよ兄さん」


 氷を鑑定して、悪素毒の含有量を調べてくれたってことか。頂上だと間違いなく氷点下。それを割って持ってきてくれた。そりゃぁ、大変だったろうなぁ……。


「そっか。これを野菜なんかと交換してる。うわ、ぼったくりだわ。まるでダイオラーデンとウェアエルズのあれみたい」

「うんうん。高額転売そのまんまだね。汚いやり口だわ」


 そんなやりとりをしながらも、図面にネータさんが道を書いて、調べた拠点をベルベさんが書く。それを見ながら麻夜ちゃんが、新しい紙に手書き複写するんだよ。


 三人ともどれだけ有能なんだか……。


「あとはあれだ」

「うん。あっちの情報をさ、『人攫いのベルガイデあれ』がどれだけ吐いてくれるかだよね」

「だね。明日警備部へ行って、報告するか」

「うん。べるさん、どるねーさん。お疲れ様でしたっ」

「勿体なきお言葉」

「はい。ありがとうございます」

「あ」

「あ」


 俺たちの前からベルベさんとネータさんの姿が消える。


「でもさ、ほら、俺たちが見てるのわかってるからさ。ドアをちゃんと開けててくれてる」

「うん。静かに閉めてくれるねー」

「わざと技を見せてくれてるんだと思うんだ。わざだけにね」

「兄さんそれ、寒いよ。冬だけに……」

「滑ってる? まじですかー」


 俺と麻夜ちゃんの間に、冷たい風が吹いたような気がした。


「それじゃ麻夜も部屋戻るね」


 そういって俺の頬に軽くキス。めっちゃ照れてる麻夜ちゃんは、振り向いて手をぱたぱたさせて出て行った。やっぱりあの夜のことは本当だったんだ……。


「俺だって照れるってばよ」

『くぅ?』


 セントレナが『何それ?』みたいなニュアンスで声を出すんだよ。


「そういやいたんだっけ」


 こんなに大きいのに、気配を感じさせないとか、セントレナもまるで忍者みたいな存在ってことだよ。


『くぅっ』


 俺は図面を見ながら、眠くなるまであれこれ思案して、小一時間経ったあたりでベッドにぱたんきゅー。セントレナは気持ちよさそうに寝息をたててたっけ。


 ▼


「麻夜ちゃん」

「ん?」


 麻夜ちゃんは朝ごはんを食べながら、こっちを向いてもぐもぐ。


「エンズガルドを出てからさ、けっこう経ってるわけじゃない?」

「ん」


 さっきの『ん』はちょっと音程高めで疑問系の『ん』。今の『ん』は棒読みっぽい高くない肯定する感じの『ん』。俺たちはこういう、イントネーションだけでなんとなく意味を察することができる言葉を使ってきた。


 まぁ、もぐもぐしてるからそのまま話すことをしないだけなんだろうけどさ。


「俺は前にさ、七日のうち六日を仕事に、一日休みにしてたって話をしたじゃない?」

「ん」

「麻夜ちゃんは疲れてない?」

「んー……」


 この『んー』棒読みだけど、ちょっとだけ音程が高い。要は思案中の『ん』なわけだ。


「んーん。んくっ、んっんっぷはっ。平気だよ。兄さんの顔見て疲れ吹っ飛んじゃったからね」


 そういって、にぱっと笑うんだ。麻夜ちゃん右側に座ってるから、俺が箸を持っていなければ頭を撫でていたところだってばさ。


 ちょっと早めに宿『飛粋』を出て、麻夜ちゃんはウィルシヲンに乗って先に神殿へ。俺は警備部に寄って一言伝えてから神殿に行くことになった。多少遅れても、麻夜ちゃんと神殿泊のジャグルートことジャグさんがいたら治療を始められるからね。


「それにさ」

『くぅ?』

「麻夜ちゃんとセントレナがいたら、あのときみたいに遅れをとることは絶対にないからね」

「わたくしもいますからね」


 声だけして姿は見えずのネータさんもいるんだ。


「そうだった」


 セントレナが警備部の建物裏手に立ち止まった。


「えっと、龍人族以外の『生物いきもの』は、感じられる?」

「そうですね。この建物に一匹、でしょうか。上空からはこれといって感じられません」

「ありがとう、じゃいこっか。セントレナ」

『くぅっ』


 セントレナの声で裏手の門が開いた。中には彼女の同輩、赤い走竜が何人かいる。


「おはようございます、タツマ様」


 俺の前に警備部の女性、ジルビエッタさんがいた。セントレナに乗せてもらったまま、ここは応対させてもらうことにしようか。


「うん。おはようございます。それでヤツは、何か新しいことを吐いた?」

「はい。それはこちらの報告書にあります」


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