第228話 猫とお風呂の関係。

 俺たちは岩山の頂上から地上へ降りてきた。その後、何はともあれ皆、俺の部屋で集まってる。部屋の暖房魔道具は外とは比べものにならないほどに温かい。更に二人には温かいものを飲んでもらってる。いくら魔道具があったからといって、零度どころじゃない寒さの場所へ潜り込んでいたんだ。どれだけ大変だったか、予想も出来ないよ実際。


「これこそ『生き返る』と表現すべきなのでしょうね」

「あのね、ベルベリーグル。あなたは本当に一度、タツマ様のお手を煩わせてしまったでしょうに?」


 ベルベさんのお姉さん、ドルチュネータさんの声が若干低い。呆れてるのかもしれないね。まさ怒ってたりしないでしょ?


「……そうでした。タツマ様、あのときは本当に申し訳ございません」

「あぁ、あのときのね。いい経験になったでしょう? なかなか生き返ることなんてできないからね」

「あのとき、手の冷たさからロープを滑らせていまい、立て直しが利きませんでした。一瞬タツマ様のことが浮かんだのですが、それよりも麻夜様に呆れられないかと……。それは杞憂でございましたが、姉上から少々……」


 お小言をもらっちゃったわけね。でも俺、ベルベさんがお小言もらってるところ見てないけど? この寒い時期、ほぼ一日雪降ってるっていうのにまさか外とか言わないでしょ?


「そういや聞くの忘れてたんだけど、ベルベさんたちはどこで寝泊まりしてるの?」

「はいっその――」

「わたくしたちは、タツマ様からいただいた金子もございますし、ロザリエールじじょちょう様より費用を預かっていますので、現在は町の宿屋で――」


 何を隠しているのかわからないけど、ベルベさんの言葉を遮る勢いで弁解するネータさん


「うん、嘘だね」

「え? タツマ様……」


 ドルチュネータさん、何その『バラさないでくださいまし』みたいな表情。


「うん、麻夜もそう思うよ」

「え? ま、麻夜様」


 うん。ベルベさん、それはバレバレだってばさ。


「そりゃね、おかしいところばかり。普通に考えたら、ねー」

「そだ、ねー。だってべるさん、昨日はさておきね、いつもは呼んだらすぐにくるもん」

「あ……」

「ネータさんもそうだね」

「え?」


 二人は別に、自分の主人を欺いているわけではないんだ。なんとなくからくりはわかっちゃってるんだよね。麻夜ちゃんもおそらくね。


「べるさん」

「はい」

「前にいつ、お風呂入った」

「…………」

「ネータさん。香油の匂いが、昨日よりも強くなってないですか?」


 ネータさんだけじゃなく、なぜかベルベさんにも違った香油の匂いがするんだよ。


「…………」


 二人とも、悟られまいと真下を向いてるんだよね。これで答えが出ちゃったよ。


「麻夜たちがねいた世界ではね、その昔お風呂に入る習慣が一般的でない時代と国があってね、匂いの強い香油で誤魔化してたらしいって文献があるんだよね」

「だからとにかく、麻夜ちゃんはネータさんを」

「はい。兄さんはべるさんを」

「「風呂から出さないようにしないとね」」


 セントレナとウィルシヲンに見張ってもらって、俺と麻夜ちゃんはお茶を飲みながら雑談中。


「猫って確か、風呂苦手なんだっけ? ということはさ、猫人族もそうなのかな?」

「んっと、お母さんたちはお風呂好きだったはずでしょ?」

「そうだよね。ワッターヒルズの屋敷、母さんが入るサイズの湯船だったし」

「だったねー」

「それにさ、よくトラハッグされるけど、香油で誤魔化してる感じじゃないんだよ」

「お母さん、香油使ってないって言ってたよ」

「あ、やっぱりそうなんだ」

「猫人族が、……あ、でもみーちゃんはお風呂好きだって言ってたよ?」

「んー。人によって違うのかね?」

「猫だって違うはずだよ。お風呂好きな猫いるって聞いたことあったもんね」

「なるほどなぁ」


 猫人族の全員に猫の習性があるわけじゃない、と。そんなことを言ってるうちに、ベルベさんが俺の部屋の風呂場へ繋がるドアをノックしてる。


「タツマ様。十分に堪能させていただきました。これ以上はのぼせてしまいます……」

「あ、はいはい」

「セントレナ、もういいよ」

『くぅっ』


 セントレナがドアの前に伏せていたから、物理的に開けることができなかった。彼女がドアの前からどくと、やっとこさ出てきたベルベさん。髪の毛もしゃもしゃになってる。濡れ鼠ならぬ濡れ猫状態。麻夜ちゃんが風の魔法を使ってベルベさんを乾かしてる。器用なもんだね。


 器用にドアをあけたウィルシヲン。続いて入ってきたのはネータさん。彼女もくせっ毛みたいだね。湿気で長い髪がくるくるになってる。


 ベルベさんが終わったあと、ネータさんの髪も乾かしてあげてる麻夜ちゃん。


「ベルベリーグルはどうかわかりませんが、わたくしは本当に助かりました。正直に申しますと、タツマ様がご就寝されたあと身繕いをしていたのですが、任務とはいえそろそろ限界でございました。本当に、本当にありがとうございました……」


 ベルベさん、明後日の方を向いて俺たちと目を合わせないようにしてる。もしかしたら本当に風呂嫌いなのかもだね。


『麻夜ちゃん麻夜ちゃん』

『どしたの兄さん』

『ベルベさんね、もしかしたら風呂嫌いかもだよ』

『うん。麻夜もそんな気がするのよねん』


 あとで聞いた話、ジャムさんとこにいたときは彼が寝たあと拠点になる宿舎でお風呂に入っていたそうなんだ。けれどベルベさんは嫌々入ってたらしいよ。それこそ烏の行水だったらしい。だからこれ幸いと、風呂に入れないことを喜んでいたかもしれないって、ネータさんがぼやいてたんだ。


 だからこのアールヘイヴにいる間は、毎日お風呂に入れるように町のそこそこの宿をここ飛粋の主人リリャルデアさん、彼女を通して用意してもらったんだ。ロザリエールさんから費用を預かっているのは本当みたいだけど、それはそれで任務に使ってもらう。宿の宿泊費はもちろん俺が出したよ。これまでギルドでもらってたお金があるし、使い切れないほど貯まってるからね。


 麻夜ちゃんが『猫を嗅ぐ』癖があることを知ってるみたいだから、風呂に入らないで誤魔化すこともできないことを思い出したベルベさん。肩を落としてたっけね。ネータさんは泣きそうになりながら喜んでたよ。それに気づかなかった俺も麻夜ちゃんも、『主として反省しなきゃ駄目だね』って改めて思ったんだ。


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