第227話 ふたりを迎えにいこう。
俺が起きたときはもう、麻夜ちゃんがセントレナとウィルシヲンの朝ごはんをあげ終えそうな時間だった。急かされるように顔を洗ってくると、二人に見送られながら俺たちは一階の食堂へ。
今日の朝ごはんはここ最近作ってもらっている『長麦』のリゾット。具を少し少なめにしてもらって、スープを多め。するとさらさら感が増えて、リゾットというより雑炊感が出てくる。毎日美味しくなっていくのが楽しみだったりするわけね。
ベルベリーグルさんとドルチュネータさんが元気に帰ってきたら食べてもらおうと、俺は持ち帰りを二人分作ってもらった。それを麻夜ちゃんがインベントリに格納したんだ。
朝ごはんを食べた後、俺と麻夜ちゃんは神殿へ。ジャグさんに今日の予定を話したあと、三人一緒に治療のためホールへ向かう。
治療前聞き取り係の神官さんと、治療後の説明をする巫女さん。彼らの限界があるから今日も午前中で300人ほどで終了。
「それじゃ、警備部へいきますね」
「師匠、お疲れ様でした。私もあとで向かいます」
「ジャグさんお疲れ様ですね」
「はい。麻夜様もありがとうございます」
麻夜ちゃんを乗せたウィルシヲンは相変わらずひとっ飛び。セントレナは無理しないで雪の上を走ってる。滑りやすい雪の上を走ってる、彼女のほうが器用かもだね。
警備部で警備伯のアルビレートさんに、うちの二人が今夜調査から戻るだと伝える。そのあとジルビエッタさんから追加情報をもらう。
俺の存在は風の噂で知ったとのこと。天人族の上層部の一部で、龍人族に加担した場合を懸念されていて、いつかは手を打たなければならないと言われていたそうだ。
なんでも今回俺を誘拐したのは、ベルガイデの任務は単独行動によるものらしい。俺たち飛べない種族はなんとも嘗められていたということになる。なんだかなぁ。
戻る期日は未定ということにしていたため、多少遅くなっていても誰も心配しない。そもそも捕まるとは思っていないはずだから、捜索に人がくることはないはずとのことだ。
当のベルガイデはなんと、もの凄く協力的らしい。それがフリなのか作戦なのかはわからないが、見た感じあちら側の王子様グローテシアムさんにご執心に見える。そう、ジルビエッタさんが言うんだ。
「兄さん、も、もしかしてさ」
「うん。生き残るための術かもだけど、俺が殺さないのわかってるはずなんだよね」
「……新しい世界、開いちゃった?」
「それは本人にしか、わかんないよきっと。俺は考えたくないな」
「ぴゅあぴゅあで健全で微笑ましい
「まじですかー」
食事を持って行くジルビエッタさんに、『先生はいつくるのか?』と尋ねてくるくらいらしい。ベルガイデは以前よりも穏やかな感じにみえる。違った意味で実に恐ろしい状況に陥ったのかもしれない。
そんな報告を得意げに話してくれるジルビエッタさんに、俺も麻夜ちゃんも若干引きぎみ。フェイルラウドさんもアルビレートさんも、実に困った表情してる。
お昼は、大型魔獣肉と骨を煮込んだ出汁の野菜たっぷりうどんもどき。小麦を練ってもらって、寝かせて切って、湯がいてできあがり。俺が飛粋の料理人、ゲナルエイドさんに教えたんだ。もちろんこれも、お弁当で持ち帰れるようにしてもらった。
「それじゃ、ウィルシヲンたんと散歩してくるです」
「他の走竜より高く飛びすぎないようにね」
「わかってるであります」
敬礼して出て行く麻夜ちゃん。寒いのに散歩するのは、じっとしていられないからだって聞いてる。
彼女は家族が増えるのはいい。巣立つのは仕方がない。けれどいなくなるのは耐えられない。だからベルベさんたちが無事帰ってくるまで落ち着かないらしいんだ。
『個人情報表示謎システム』で、午後四時くらいになった。俺も実は色々と手が着かない。そりゃ心配だからね。だから部屋でぼっとしながら何も考えないでいることにした。
「ねぇ兄さん」
「ん?」
麻夜ちゃんはソファに座る俺の隣に座ってる。ぴったりと寄り添って、俺の左腕にしがみついてるんだ。昨夜の麻夜ちゃんみたいに、俺の胸に耳当てて心音聞いてるみたい。ウィルシヲンと散歩しても、不安は解消されなかったんだろうな。
「日暮れまであとどれくらいかな?」
「そうだね。
麻夜ちゃんと雑談したときにそうなるかもしれないという話があった。『個人情報表示謎システム』で俺たちの種族欄が魔族になってるから、もしかしたらみんなみたいに長生きするかもしれない。
そもそもこっちの一年が932日。俺たちのいた世界の三倍ほどあるから、人族だったとしても三倍生きるかもしれないんだねって。
そうすると、俺たちにとっては……。
「そっかー。……2時間なんてさ、これからの麻夜たちが生きていく時間と比べたら、たいしたことないんだろうけどね」
「そうだね」
「麻夜ね」
「うん」
「
「そだね」
「だからさ、あっちの国にいたとき、ちょっとストレス溜まってね、スマホ繋がるまで大変だったんだよ?」
「あー、それはなんていうかその、ごめんなさい」
「兄さんのせいじゃないんだけどね」
召喚魔法を使って、麻夜ちゃんたちをこちらへ誘拐。俺が巻き込まれたのも結局、あの元国王とあの家が原因だった。それは麻夜ちゃんもわかってくれている。
ただそれと麻夜ちゃんが抱えたストレスとは話が別。こうして口に出すことで、少しでも癒えるのであれば俺は受け止めなきゃ駄目なんだろうな。
▼
やっと日が暮れた。俺と麻夜ちゃんはセントレナに乗って、ウィルシヲンは一緒についてくるかたちで、岩山の頂上目指して空を駆け登ってる。
麻夜ちゃんは俺の背中にぴったりくっついてる。こうしないと、小さな声で話ができないからだね。
『兄さん』
『ん?』
『べるさん、どるねーさん。帰ってくるよね?』
麻夜ちゃんは不安なんだ。だから俺は言い切ってやらないと駄目だ。
『もちろんだよ。こんな危険な任務をやるメリットなんて二人にはないでしょ?』
『うん』
『俺と麻夜ちゃんがお願いしたからやってくれてるんだ。もちろん帰ってくるまでがお願いだよ? それを守らないで、二人に何の意味があるのさ?』
『そだよね』
そう。ベルベさんも、ネータさんも、俺たちが命令したからそれに従ってくれてる。
『ほら、そろそろじゃないかな?』
俺の目にも、まばらにある星空とそうでない切れ目がかすかに見える。セントレナもウィルシヲンも、昨日より速く飛んでるからあっさり通り越した。
『あ、明かり』
『うん、セントレナ。ゆっくり降りて』
セントレナはこっちを見て頷いた。昨日と同じ場所を彼女は覚えてる。だから迷わず着陸してくれた。
セントレナが伏せてくれたから地面に降りて、少しだけ待った。すると向かいから黒い影らしきものが二つ近寄ってくる。
『あ、べるさんとどるねーさんだ』
『そっか、麻夜ちゃんにはわかるんだっけ』
彼女の鑑定スキルには、近寄ってくる二人にそれこそ名札が着いてる感じなんだろうね。それにしてもよかったよ。
『うん』
二つの陰は、俺たちの前で停止。見上げる目は少し光って見える。なるほど、猫人族の目だからか。
『麻夜様、某、ただいま戻りました』
『タツマ様、お言いつけの通り、戻ってまいりました』
麻夜ちゃんは二人の肩にに腕を回すようにして抱き寄せた。
『おかえり、べるさん。おかえり、どるねーさん』
『はいはい。さっさと降りないと。ここは寒いんだからさ』
『あ、そうだった』
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