第226話 すごい心配かけてたんだな。

「ねぇ兄さん」

「お、おう」


 まだ緊張しまくってる俺と、嬉しそうにしてる麻夜ちゃん。ついさっき『あんなこと』があったばかりだから、身構えてしまうのは仕方ないだろう?


「晩ごはん食べたらさ、今夜ここで寝ていい?」

「どどどど、どうして」

「べるさんとね、どるねーさんがね……」


 心配だから、か。うん。仕方ないよね。うん。

 ベルベリーグルさんは忍者っぽいから、今回みたいな隠密行動には長けてると思う。それに少なくとも、ドルチュネータさんはほら、ロザリエールさんから免許皆伝をもらったはずだから。それなり以上にプロなんだよ。でも、何かあったら乗り込むつもりだったから、俺だって心配していないわけじゃないんだ。


「うんわかった。いいよ」


 元々ベッドふたつあるし、いいか。寝るときはセントレナも一緒だし。別に二人っきりってわけじゃないんだよ。


「ありがとう兄さん」


 晩ごはんを食べたあと、俺は部屋に戻ってきた。俺はこっちでささっと風呂に、麻夜ちゃんは自分の部屋で風呂に入ってるはず。風呂から出てきたらほらやっぱりセントレナもいるじゃないのさ?

 そのあと麻夜ちゃんは俺の部屋にやってきた。ノックのあとに彼女よりも先に入ってきたのはなにこれ、あれ? 緑色のリアルなマリモっぽいのがもっふり顔をみせたんだ。


『ぐるぅ』


 あぁなるほど、ウィルシヲンを連れてきたんだね。


『くぅ』


 セントレナもよく来たねって感じだと思うよ。大きさもそうだし、年上だからおおらかに対応してるんだろうね。そういやアレシヲンは俺の部屋で寝ようとしなかったな。姉弟だって聞いてたけど、そういうものなのかな。案外ね。


「兄さん、ふたりのおやつ、用意しておいて」

「お、おう」


 麻夜ちゃんはここの走竜牧場でもらってきた、獣肉のローストを二人に食べさせてる。俺が準備してるのは、食後のおやつ。セントレナがよく食べてたパンに挟んだ串焼き5本ずつ。パンも5個だね。


 準備は簡単。インベントリから取り出したパンに切れ込みを入れて、セントレナの好きな葉菜を敷いて、串焼きを挟んで串を抜く。もちろんこの串焼きは塩なんかを振らないで焼いてもらってる。


 これらを五個、ウィルシヲンの分も同じだけ用意する。お皿の上に積み上げて準備完了。


「できたよ」

「うん。こっちも食べ終わったよ」


 あ、セントレナが口開けて待ってる。


「ほいほい。はいよ」

『くぅっ』


 一口でぺろりなんだけど、もっしゃもっしゃと咀嚼するんだ。堪能してるなって思えるくらいにね。


 セントレナを見てウィルシヲンも同じように口を開けてる。麻夜ちゃんも食べさせてあげてるね。これ、先日やってみせたら、ウィルシヲンも食べたいと言ったらしいのよ。


『くぅ』

「はいよ」


 なんだかんだあって『個人情報表示謎システム』では午後23時。


「それじゃ兄さんおやすみ」


 そういうと麻夜ちゃんはウィルシヲンにもたれかかって寝はじめた。


「あれ? あ、そういうことか」

「あーれ? もしかして一緒に寝て欲しいのかな? かな?」

「いいえー。そういうわけじゃないですー」

「大丈夫、麻夜ね、麻昼ちゃんじゃないから」


 麻昼ちゃんを引き合いに出してる。だから警戒するなっていうことなんだろうけどさ。


 魔道具のおかげか、この部屋は十分に暖かい。だから床で寝ても体調を崩すこともないだろう。ま、俺がいたらどうにでもなるっていうのもあるんだろうけどね。


 セントレナもウィルシヲンも、アレシヲンもそうだけど、走竜は基本かなりのきれい好き。水浴びはもとより、場所によっては行水どころか風呂にも浸かる。


 トカゲ類は生臭くないと何かにあったけど、セントレナたち走竜は顔の部分と足の部分しか脱皮しないそうだ。頭の良すぎる彼女らだから、自分の匂いが気になるのか水浴びなどを常にして身綺麗にするらしい。


 だからこの空間、麻夜ちゃんの匂いしかしないわけよ。


「……兄さん寝ちゃった?」

「うんにゃ」

「さっきはそのね」

「うん」

「いきなりあんなことして、……ごめんね」

「いや、いいんだけど、さ」


 セントレナもウィルシヲンも寝てるみたい。寝息が交互に聞こえるからね。


「あの日さ、ワッターヒルズで兄さんがいなくなったじゃない?」

「あー、……うん」

「エンズガルドに急いで連絡とってもらって、お母さんがとりあえず帰っておいでって言ってくれてね」

「うん」

「セントレナとアレシヲンもね、大丈夫だからって慰めてくれてね」

「うん」

「エンズガルドで、お母さんの顔見て泣いちゃって」

「うん」

「『あの子は私たちと別の生き物だから大丈夫。いつか連絡が入るからね』、って言ってくれたの」

「母さんまだあの崖のこと、根に持ってるのかもしれないわ」

「ロザリエールお姉さんもね、『きっと大丈夫です。タツマ様を人の枠で考えてはいけませんよ?』って」

「うん。ごめんなさいとしか言いようがないわ」

「『もし連絡をしなければまた、串焼き5本の生活に戻してあげますからね』って」

「まじですかー」


 なる早で連絡入れてよかった……。


「だからね、色々抱えてたのが『ぶわっ』って噴き出しちゃった。MMOゲームのときから心地よい友達だったけどさ。毎日顔を合わせて、あぁ、この人が相棒なんだって思ったのよ。メッセージのやりとりして、外の兄さんが身近に感じるようになってさ。ちょっと頼りなくて守ってあげたかった兄さんがさ、こっちに来て急にたくましくて頼りがいたっぷりになっちゃってたから」

「うん。そうならざるを得なかったからね。たまたま手にした力が使い物になったのも一因だけど」

「麻夜ね」

「うん」

「MMOでね、男の人は兄さん以外と組んだことないのよ?」

「まじですか?」

「だって中の人、普通に男の人だよ? 怖いもん」

「あらま」


 そもそも俺はぼっちプレイヤーだったから、そういう悩みはなかったんだよね。


「ふぁっ、眠くなってきちゃった」

「うん。寝たらいいよ。明日も神殿で仕事があるからね」

「うん。おやすみ、兄さん」

「おやすみ、麻夜ちゃん」


 麻夜ちゃんはそのまま全身の力を抜いて、ウィルシヲンにもたれかかった。


「ベッドに寝なくて身体痛くならない?」

「痛くなったら治してくれるでしょ?」

「まぁ、そうだけど」

「それならいいよ。ウィルシヲンたんの心音、落ち着くんだよね。あっちではね、みーちゃんにやってもらってた。よく眠れるのよん。……おやすみ」

「うん。おやすみ」


 色々なことがありすぎて、眠れない。眠らなくても『リカバー』したら疲れはとれる。

 けれどなんだろうね。この安心感。よくわからないけど……。


 ▼


「兄さん、兄さん」

「……んぁ?」

『くぅ』

『ぐるぅ』


 麻夜ちゃんと、ウィルシヲンとセントレナが覗き込んでる?


「そろそろ起きないと朝ごはん終わっちゃうってさ」


 『個人情報表示謎システム』の時間みたら午前八時半回ってる。あっちだったら遅刻確定じゃないのさ?


「うあ。まじですかー」


 飛び起きて風呂場へ。顔洗って歯磨いて。手ぐしで髪直してインベントリに入ってる着替えだして着替えて脱いだ服インベントリに入れて完了。


「セントレナたちのごはんは?」

「もう食べたよ。あとは兄さんと麻夜だけ」

「そか。んじゃ、ごはんいってくるか」

「うんっ」


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