第225話 麻夜ちゃん、どういうこと?

「じゃ、麻夜のおかあさま、おとうさま、おじいさま、おばあさまでもいいんだよね?」


 はい、言ってることがよくわかりません。

 わからないけど別にいいか。


「うん、いいと、思うよ」

「やた、言質とったからね?」

「へ?」

「これでロザリエールお姉さんとマイラヴィルナお姉さんに並んだ、かな?」


 どういうこと? え? 麻夜ちゃん何を言ってるの?


「あ、おかあさまたちに挨拶した分、何歩かリードしたかも。あーでも、ロザリエールお姉さんはあれがあるんだった」

「あれって?」

「うん。ロザリエールお姉さんから聞いたんだよ? スイグレーフェンの湖で何があったか」


 麻夜ちゃん俺を見上げるように、にんまり笑うんだ。これって、バスでよく見た笑顔っぽいような……。


「じ・ん・こ・う・こ・きゅ・う」


 麻夜ちゃんは人差し指で自分の下唇を指差して言うんだ。

 いやまじで、驚くってばよ。


「あ、あれはほら、俺を助けようとして、ほら、事故。事故みたいなものだってロザリエールさんも言ってたし」

「ファーストもセカンドも、その次も何度も、兄さん、起きてしっかり見てたんだって?」

「いや、その……」


 あれはキスじゃないって、緊急時のやつだって。うわ、思い出しちゃったじゃないか?


 麻夜ちゃんは俺の前にしゃがんで、俺の胸に顔を埋める。匂いを嗅いでるのかな? と思ってたら。


「兄さん」

「ん?」

「ベルガイデに誘拐されたこともそうだし」

「うん」

「油断しすぎるところ、あるよね」

「それは否定で――」

「えいっ」


 あ、あれ? 麻夜ちゃん顔がすぐそばにある。俺の頬に彼女の唇が触れてるんだ。


「ほら、やっぱり油断してるじゃないのさ?」

「いやそれは麻夜ちゃんだから」

「知ってる? こことここって皮膚が繋がってるんだよね」

「え?」


 麻夜ちゃんはさっき触れた俺の頬と、唇に指先で触るんだ。


「そりゃそうでしょ。すぐ隣なんだから」

「だったもう同じだよね? えいっ」


 麻夜ちゃんの顔がまた近づいてきた。俺は思わず避けてしまったんだよ。すると彼女の唇が俺の唇の横に着弾したんだ。危ねっ、危うく避け損なうとこだった。


「こら、避けないの」

「いやほらだって、避けないと駄目でしょ?」

「麻夜の覚悟を返せっ」


 麻夜ちゃんは俺の頭の後ろを両手でホールド。キックボクシングの首相撲みたいな感じの――ってやめて、逃げられないってば。あ……あれ? 頭突きじゃなくてやっぱり麻夜ちゃんの唇と俺の唇。くっついてる。とても柔らかい感触があるよ……。


「ぬははは。物足りなかった誕生日のプレゼント、しっかりもらったのであります。あ、もういっかい」


 また、柔らかい感触。触れただけとはいえ、最初よりもっとゆっくり時間が経ってる。


「んはっ。これでロザリエールお姉さんに並んだかも。実際は何回かわかんないけどまいっか」

「なななな、なにしてんのさ?」

「ん? ロザリエールお姉さんとマイラヴィルナお姉さんに宣戦布告みたいなもの?」

「え?」


 わけわかんない。なんでこんなことを?


「わっかんないかなぁ?」

「いや、わかんないって」

「麻夜がなんで、スイグレーフェンじゃなくてこっちのお母さんのところにいると思うの?」

「いや、それはほら、ロザリエールさんと仲良くなったし、麻昼ちゃんと朝也くんがイチャコラしすぎるからって……」

「んもー、鈍すぎるってば、えっとこの写真を出して、こうして前に持ってきてと」


 麻夜ちゃんはさっき共有した、俺の母さんたちがいる仏壇の写真を前に出してるんだ。


「おかあさま、おとうさま、おじいさま、おばあさま」

「ど、どういうこと?」

「麻夜はまだ義理の妹ですが、いずれ辰馬兄さんの、お嫁さんになりたいと思っています。今後ともよろしくお願いします。そこから見守っていてくださいね?」

「え?」


 状況が理解できないんですけど? なんてこんな超展開になってるの?


「まだわかんないかなぁ? 麻夜はさ、麻昼ちゃんみたいに年下趣味じゃないって行ったでしょ? おじさんが好きだって言ったでしょ?」

「うん。それは前に聞いた」

「スイグレーフェンからワッターヒルズに行ったとき、ロザリエールお姉さんからあの話を聞いてね、羨ましいと思ったのよ。もちろんね、お母さんにも話してある。大丈夫だって、義理の兄妹だから問題ないって言ってくれてたのよねん」

「え?」

「ワッターヒルズとスイグレーフェンにさ、兄さんと二人だけで行ったときね」

「うん」

「チャンスだと思ったのよ。この機会に言質とってしまおうってね。そしたら兄さん、行方不明じゃないのさ?」

「あ、なんていうかその、ごめんなさい」

「べるさんとどるねーさん待ってるときに駄目なことかもだけど。今のうちだと思ったのよねん」

「なんでまた?」

「だーかーら、麻夜は兄さんが好きなの。兄妹の好きじゃなく、男性として、異性として好きなの」

「へ?」


 何それ? そんなこと言われたことないから、わかんないってばよ。


「ロザリエールさんも、マイラさんも、建前というかそういう風潮だというか。エンズガルドではそういうものだ、くらいしか聞いてないんだ。いやそもそも、そんなこと言われたの俺、生まれて初めてだから……」

「え? うっそ? ……はぁ。ほんっと、兄さん鈍すぎるわ」

「え?」

「麻夜ね、お母さんにも、ダンナお母さんにも、ロザリエールお姉さんにも、マイラヴィルナお姉さんにも同じこと相談したんだよ?」

「それってどういうこと?」

「ロザリエールお姉さんはね、『いずれそうなってくれたら嬉しいですね』って。マイラヴィルナお姉さんも『同じです』って。二人ともね、魔族だから麻夜みたいなハイティーンなのよ。実際は」

「う、うん。年齢的にはそうなのかってわかってきたけど」

「だからね、時期をみて麻夜がね、兄さんに自覚させなきゃどうにもならないなって思っていたわけよ。ここまで鈍いって知ってたからね」

「そりゃ俺はぼっちで、年齢イコール彼女いない歴だけど。いや、一度もいたことないけどさ」

「うん、知ってた」

「え? もしかして鑑定スキルで?」

「そんなこと見えるわけないでしょ? なんとなくだってば。だって兄さん、バスで必ず目を逸らしてたでしょ?」

「う、うん」

「麻昼ちゃんにも相談してたのよね。『麻夜ちゃんの好きにしたらいいでしょう?』って流されたけどさ……。みーちゃんもね、『タツマ様攻略は簡単ではありませんね』って笑ってたのよ」

「うわ、まじですかー」

「だからね、さっきおかあさまたちにお願いしたけどね。改めて言うからしっかり聞いてね?」

「う、うん」

「色々落ち着いてからでいいからね、今すぐにじゃなくて、麻夜が成人したらでいいからね、兄さんのお嫁さんにしてください」

「うん、俺まだよくわかんないけど、それでいいかな?」

「うん。約束だからね? 婚約みたいなものだからね? 麻夜がゆーっくり『わからせてあげる』からねっ?――あ、そうだ」

「何今度は?」


 ちょっとだけドン引きしそうになったよ。


「そんなに引かないの。あのね、麻夜のことだけじゃなく、ロザリエールお姉さんと、マイラヴィルナお姉さんのこともちゃんと考えること。いい?」

「うん。いずれちゃんと考えます。それで、でいいかな?」

「ありがとう。兄さん。麻昼ちゃん経由で言質とったって伝えてもらおうっと――あ、忘れてた」

「今度は何よ?」

「おめでとう兄さん。これで兄さんも『リア充』の仲間入りだね?」

「なんじゃそ――」


 またむちゅっって、……やば、おさまりなさい。君の出番じゃないから……。


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