第224話 麻夜ちゃんの悩み。

「麻夜ね」

「うん」

「19になったじゃない?」

「そうだね」

「あっちでは成人扱いでもお酒は駄目。あっちの世界ではさ、こっちみたいなのだとよく、成人15歳でお酒もおっけーみたいな物語があったじゃない?」

「そうだね。その分、成人として責任が発生するって世知辛い物語もあったけど」

「それはそうだけどさ。でも、麻昼ちゃんからメールがあの日に来てね」

「うん」

「スイグレーフェンでも20歳からじゃないとお酒駄目なんだって」

「うーわ」

「お酒が飲みたいわけじゃ、……はい、飲んでみたいです。だっておじさんたちも美味しそうに飲んでるじゃないのさ?」

「まぁ、そりゃそうだけど。仕方ないっていうかなんというかね」

「お母さんにきいたらね、飲みたいって言ったらね、ガチで怒られた」

「うわ。まじか」

「そのあたり結構厳しいのよん。先は長いんだから、1年くらい我慢しなさいって。麻夜、長寿種じゃないっていうの」

「俺たちはんー、人族よりは魔族に近いかもだけどね」


 魔族のような長命の種族に足を突っ込んでる可能性を説いてみたわけね。


「あ、そっか。それでも600日近くはちょっとなー」

「俺も聞いた話。人族に合わせてさ、20歳で結婚もできるみたいけど、魔族の成人は40歳なんだよね。20歳あたりだと、それこそあっちの世界で18くらいで学生結婚でもしてる感覚なのかもしれないね」

「それは確かに、あれかもだね」

「だから俺も、成人してない」

「あははは。兄さんもお子様だね」

「仕方ないってば」


 麻夜ちゃんは腕組みしたり、何かを考えている風な仕草をしたり。この表情、何か企んでいるやつだな? いい加減わかってきたってばよ。


「兄さんと麻夜って、13離れてるんだよね?」

「そうだね」

「兄さんの干支って何?」

「辰だよ」

「あー、だから辰馬?」

「爺ちゃんがつけたんだって。そう言ってたし」


 なんだ、そっちの話か。


「それでそれで?」


 俺の家はもともと、家長の爺ちゃんが生まれた子供の名前を決める。うちの母さんは曾爺ちゃんが名前をつけたらしく、未年生まれだから未子みこなんだよ。

 このもしゃもしゃの髪は母さんの遺伝。うちの父さんは入り婿だけど、実は従姉弟で酉年生まれだから酉也ゆうや。うちの家系は干支に関するなんらかの名前がつけられてるんだ。

 そんな話をしてあげてたらまた、麻夜ちゃんは腕組みしてる。何考えてるんだろう?


「そういえばさ、なんで龍馬りょうまじゃなかったのかな?」

「暗殺ちされた史実があるから、縁起が悪いって理由らしいよ」

「なるほどなるほど。ていうか、暗殺されてるじゃないのおじさん。生きてるけど」

「確かにそうね。名前関係なかったわ」

「でも深いねー。麻夜はほら、巳年だけど全く関係ないのよ。猫年なんてあったらなら例えがあるはず。ほら、南国の方言でマヤっていうのがあるじゃない?」


 案外博識なんだよな、麻夜ちゃんは。


「なるなる。そういう意味ではさ、爺ちゃんが酒を飲みながら話してたんだけど。俺がもし、前の年に生まれてたらこうつけるつもりだったって名前が酷くてさ、思い出すだけで寒気がするんだけど」

「前という麻夜とおなじ兎。だとすると、……兎馬うまとか? 意表を突いて兎志うしとか? あはははは」

「どんな字かはわかんないけど、『うま』は当たってる。爺ちゃんはほら、駄洒落が好きだったんだ。生前母さんがそれ聞いて腹を抱えて笑ってたんだから」

「『うま』だけに『うま』いこと言うね、あはははは」

「洒落になってないってば。俺は母さんに泣いて『辰年に生んでくれてありがとう』って言った覚えがあるよ……」


 麻夜ちゃんは手の指を組んで裏返し、ぐいっと頭の上に上げて背伸びをした。


「んーっ。……でもさ、羨ましいなって思う」

「あ、ごめん」

「いいのいいの。麻夜はさ、麻昼ちゃんも朝也くんもだけど」

「うん」

「ほんとの親が生きてるか死んでるかもわかんないんだよね」

「そうだね、確かに」

「会いたかったとか、未練があるとか、そういうんじゃないのよ」

「というと?」

「兄さんさ、朝部屋を出るときとかよくさ、手を合わせてるじゃない?」

「あ、見られてたんだ」

「うん。あれってさ、亡くなったご両親と、おじいさん、おばあさんにでしょ?」

「そうだね。うちは一軒家で、爺ちゃんが建てた家でさ」

「うん」

「一階の居間にね、結構立派な仏壇があるわけ。俺の部屋は二階にあって」

「うん」

「朝起きて一階に降りて顔洗って歯磨いて、また二階に登って着替えて。スマホとか鞄に詰めたら一階に降りて冷蔵庫開けて、ゼリー飲料とか取り出して食べて」

「うん」

「玄関行く前に居間に入って、仏壇の前に座ってね」

「うん」

「小さいころは爺ちゃんと婆ちゃんと一緒に。こっち来る朝にはもう、俺一人で四人全員に『いってきます』してたな」

「そっかそれで手、合わせてたんだ」

「そういうこと。こうやってね、『母さん、父さん、爺ちゃん、婆ちゃん』、のあとに『いってきます』って感じにね。あっちにいたときでも声には出さなかったよ。そういう習慣になってたからね」

「いいな」

「そう?」


 麻夜ちゃんが俺の腕に自分の腕を絡めてくる。何やら肘が柔らかいのにあたる。これくらい、慣れてきたぞ。ほんとうに、慣れてきたんだからねっ。うん、『パルス』で『フル・リカバー』回してたことを考えると、気を抜かなければ大丈夫。


「あ、そうだ。社員旅行にいったとき、なんとなく不安になってさ」

「うん?」

「仏壇の写真撮ってたわけよ。えっと、どこにあったかな?」


 俺はスマホの中の写真フォルダをタップして、スワイプしながら探していく。すると、社員旅行の前日のあの日、撮った写真がでてきた。


「これこれ。ほら」


 麻夜ちゃんにスマホを渡した。そこには俺の母さん、父さん、爺ちゃん、婆ちゃんが並んでる。仏壇の位牌があって、その下に小さな額縁に入って並んでた。


「麻夜がみてもいいの?」

「うん。ぼっちだったから、誰にも見せたことはないんだけどね。ご近所さんがたまに線香あげにくるくらいかな?」

「この人たちが兄さんのお母さん。お父さん。なんだ。下におじいさんとおばあさんもいるね」

「うん。なんとなく似てるでしょ?」


 麻夜ちゃんは俺にスマホを手渡す。


「兄さんちょっと持ってて」

「いいけど」


 すると麻夜ちゃん、スマホの写真に手を合わせたんだ。


「お母さま、お父さま、おじいさま、おばあさま」

「え?」

「初めまして。こちらで義理の妹になりました麻夜と申します。辰馬さんには優しくしてもらっています」

「え?」

「よっし、挨拶おわった。兄さん」

「はい?」

「写真ちょうだい。メッセージで送って」

「あ、はい」


 俺はメッセージに写真を添付して送信した。


『ぺこん』


「うん、送られてきた。これで毎日挨拶ができる。ありがとう、兄さん」

「な、なんでまた?」

「だって、羨ましかったんだもん」

「え?」

「いいでしょ? 麻夜も挨拶して」

「まぁ、構わないけど。どうせあっちでもこっちでも、やってることは同じだから」


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