第222話 待つというのは案外辛い。
セントレナには、俺とドルチュネータさん。ウィルシヲンには、麻夜ちゃんとベルベリーグルさん。
日暮れを待って頂上へ登る予定だから、暗くなろうとしている地平線をこうして眺めつつ、そのときを待っている状況かな。
「べるさんべるさん」
「はい、麻夜様」
「絶対に死んじゃ駄目よ? 死ぬときは兄さんが蘇生できる場所にしてね?」
「御意にございますよ。お気遣いありがとうございます、麻夜様」
ウィルシヲンの首あたりに額をつけて、何やら無茶苦茶なことをいってるように見えるけどさ。麻夜ちゃんなりにね、彼に死んで欲しくないという気持ちが十分に伝わってくる。だからベルベリーグルさんは、嬉しそうな声で返事をしてる。
「ネータさん、いや、ドルチュネータ」
「はい。ご主人様」
こう呼ぶときは彼女も同様に応えてくれるわけね。
「ベルベさん同様、生きて戻ること。危険を察知、回避するのもできて当たり前ですよね?」
「はい、間違いございません」
「先日ベルベさんを連れてきたように、もし何かあってもお互いがお互いを必ず連れて帰ってくること。だから今回は二人一組で動くように。いいかな?」
「御意」
「かしこまりました」
「ありがとう、兄さん」
自分が言えなかったことを代弁したってことね? うん、当たり前のことだから。
どっちかが生きていたら、数日までなら俺は蘇生できる。それが言いたかっただけ。
『くぅっ』
『ぐるぅ』
「セントレナたんもウィルシヲンたんも、『そろそろ』だって」
「そだね。ゆっくり飛んだら、暗くなる瞬間に頂上へ行ける。そういうことだよね?」
『くぅっ』
「それにウィルシヲンは今回、高度的に初めての場所だから、無理そうならベルベさんは俺の方へ」
「それは仕方ないよん。でもね、これまでに何度か練習したから。きっと大丈夫なのよ。ね? ウィルシヲンたん」
『ぐるぅっ』
セントレナ同様、ウィルシヲンも夜目が利くだろうから心配はしていない。危ないところへ近寄ったり、単独で上空を飛ぼうとすることは麻夜ちゃんなら絶対にしない。だから心配はしてなかったけどね。
「じゃ、行こうか。ベガルイデがこちらの手にあることは、あちらもわかっているかもしれない。だから偵察に来る可能性もある。ベルベさんも、ネータさんも、気をつけて」
「御意にございます」
「かしこまりました」
「少なくとも、ジルビエッタさんの報告には『夜を見通す魔法は持っていない』という話だから、明かりを持たずに飛ぶことはないはずなんだ。それでも警戒するに越したことはないからさ」
「だね、兄さん」
ロザリエールさんが使うような、闇属性の魔法はおそらく持っていない。そういうことだと思うんだ。ただ、俺を眠らせたのは薬を使ったと吐いたらしい。けれど、何かを嗅がされた記憶がないからもしかしたらだけど、闇属性以外にも眠り系の魔法があるのかもしれない。
そういうのは調べてもらうのが一番なんだけどね。ちょっと余裕がなかったな。そもそもどこに尋ねたらいいのかわからないから、ジャグさんあたりに聞いてみるとしますか。
セントレナ、ウィルシヲンたち竜種もそれなり以上に嗅覚が発達しているらしい。四人の嗅覚を頼りに警戒しながら、ゆっくりと上昇していく。
『ネータさん、どう?』
『匂いはありませんね』
『ならいいね、うん』
こちらは風下だから、何か匂いに変化があれば間違いなくわかるはず。この間ベルベさんにアールヘイヴ内を調べてもらった際、ベガルイデ以外の天人族が姿を現したという報告はなかった。
地上に現れないのであれば、ベガルイデが単独で行動していたのか。それとも、あいつが戻ってくるのを待っているのか。隠密行動だった可能性も否定できない。
まさか龍人族に捕らえられているとは思っていないだろう。なにせ尋問していた最初のうち、あいつが『飛べもしない下民風情が』と言っていたのを聞いたからね。
前と違って今回は頂上の高さがわかっている。
『兄さん、そろそろ』
『うん』
頂上を越えた。足下ぎりぎりの状態。
『どう?』
『目視範囲に人の匂いはありません』
『ならいいか。セントレナ、ウィルシヲン。降りよう』
彼女らは声を出さずに頷いた。賢いどころか、俺たち同等、もしかしたらそれ以上に頭がいい可能性が高いんだよ。だからこうして、空気読んで動いてくれる。
ゆっくりと着陸。セントレナが伏せて俺とネータさんは地面を踏んだ。ウィルシヲンも着陸し、麻夜ちゃんとベルベさんが降りていた。
ベルベさんもネータさんも、もこもことした温かそうな外套を羽織っている。いくら黒い外套だからといってこんな姿では目立つはずだ。やはり認識阻害の術を持っているのは間違いないんだろうね。
『寒いでしょう? 大丈夫なの?』
俺はネータさんに聞いてみた。
『大丈夫でございます。この外套と暖をとる小さな魔道具がありますので』
そういって手のひらに乗せて見せてくれた、小さな黒い袋に入った魔道具らしきもの。俺の手を握って誘導し、確かめろという感じにかざさせる。
『うん。かなり温かいんだね』
それ自体は発熱してるわけじゃなさそうだ。それでも温かく感じるからこそ、魔道具なのかもだね。
『はい。これより小さなものを足先に忍ばせていますので』
『なるほど。そのあたりは準備万端なんだね』
『はい。ご心配、ありがとうございます』
ベルベさんも頷いてる。
『それではいってまいります。麻夜様』
『うん。気をつけてね』
『タツマ様、暫しのお別れです』
『うん。それじゃ、同じ時間に迎えに来るからね』
『御意にございます』
『かしこまりました。お約束いたします』
『個人情報表示謎システム』を投影すると、時間は十九時を表示している。同時に俺たちの前から二人は姿を消した。
『いっちゃったね』
『そだね。俺たち主人はどっしり構えておかないと』
『うん。わかってるよ。兄さん』
セントレナ、ウィルシヲンに乗って、俺たちは元来た空を戻っていった。
飛粋に戻って夕食を終えた俺たちは、俺の部屋に来ている。ウィルシヲンは麻夜ちゃんの部屋でお留守番。
「ねえ兄さん」
「ん?」
「麻夜ね、なんで白ロム持ってこなかったんだろう、って思う」
白ロムとは、通話のチップが入っていないスマホなどのこと。チップを挿し換えたら通話も可能。無線LAN環境があれば、ネットも使える。そういうもの。
「そだね。俺も前のモデルは持ってたけど、さすがに持ち歩かないからなー」
「うん。わからないもんね。あんな事故に遭うなんてさ」
俺の隣に麻夜ちゃんが座ってる。部屋にあるソファーの長椅子。俺に背中を預けて、スマホの画面を見てるんだ。
ベルベさんたちに持たせておけばよかった。最悪壊してしまっても、インベントリに入れたら復活するかもしれないから。
「待つしかできないって、辛いね」
「そうだね」
「兄さんがいなかったときはもっと辛かったんだからね?」
「ごめんなさい」
「麻夜も、ロザリエールお姉さんも、お母さんも、ダンナお母さんも、マイラお姉さんも、みんなみんな。……兄さんが、生きてるって疑わなかったけどさ」
「うん」
「四肢バラバラで封印でもされたらさ、どうしようもないんだよ?」
「それは想定してる。最悪の場合は裏技を使うから」
「裏技?」
「うん。あれは無機物にも効いたから、拘束されそうになったとき意識さえあれば逃げられる。俺の特性を知らなければ、封印なんてさせないからさ」
「どんな裏技なの?」
「そうだね、ちょっとやってみよっか」
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