第216話 ベルベさん、散る。

「ふぅっ。さてまずは、ウィルシヲンたんのごはんだけど」

「厩務員さんに聞いたけど、なんでも食べるってさ」

「なるほどなるほど。セントレナたん、アレシヲンたんと同じなわけね」


 そんな話をしていると、俺の背後に気配が感じられたんだよ。


「タツマ様」


 俺と麻夜ちゃんが振り向いて、唖然とする後継がそこにあったわけよ。


「わたくしの駄目な弟が、しくじりました」


 ドルチュネータさんが背負っているのは、おそらくベルベさん。


 床に転がしたベルベさん、物言わぬ屍になっているっぽい。


「まじですかー」

「まじですかー」

「申し訳ございません。言った側からあの岩山に挑んだようで、手を滑らせて落下したとのこと。ここへたどり着いたときに、事切れたようです」


 麻夜ちゃん、つんつんしてるけど動かないのが確認とれて。俺を見て『どうしよう』って目で訴える。


「案外やんちゃな性格してたのね。『リザレクト蘇生呪文』っと」


 するとびくんと小さく跳ねたようになる。


「……話には聞いておりましたが、本当に生き返るのですね」

「うん。麻夜も久しぶりに見たかも」


 麻夜ちゃんはダイオラーデンで見てるからね。


「――はっ、こ、ここは?」

「ベルベリーグル」


 そのネータさんの呆れた声に気づいてか、飛び起きるベルベさん。そのままジャンピング土下座に移行。実に見事な身体操作だよ。


「も、申し訳ございませぬ、姉上」

「本当に死ぬ者がどこにいますかっ」

「は、初めてだったものですから」


 そりゃ俺以外はそうそう死なないってば。


「わたくしもタツマ様のことを存じていなければ、その場で燃やすところだったのですよ?」


 こっちは土葬じゃなかったっけ? あ、証拠を残しちゃ駄目なのかもだわ。忍者だけに。


「はいっ」

「生き返ることができるのを前提に無茶をするなど、どこの子供ですか?」

「はいっ、申し訳ございませぬっ」

「でもさすがのべるさんでも、あの岩山は攻略できなかったのねん?」

「そうですね。あまりにもこう、せり出しが厳しかったものですから」


 べるべさんは顔を持ち上げて、麻夜ちゃんに説明する。


「ベルベリーグル」

「はいっ、申し訳ございませぬっ」


 一度上げた顔をまた、床に押しつけて土下座。


「とにかくね、ベルベさんレベルでも登れない岩山だってわかったんだ」

「だね」

「天人族のヤツらは、余裕ぶっこいてるってことなんだよ」

「うん。まじでむかつく」


 俺と麻夜ちゃんは飛粋ここの晩ごはん。俺は金貨を数枚ネータさんに渡して、アールヘイヴ滞在中は町中の食堂あたりでベルベさんとごはんを食べてくるように言ってある。そうしないと、保存食を食べそうだったからね。


「べるさん、喜んでたね-」

「ネータさん、ガチ系っぽかたっかもんなぁ」

「うん。蛇とか捕まえて食べてそう」

「ここで捕れる蛇はうまいんだぞ」

「まじですかー」

「まじですかー」


 ゲナルエイドおやっさんの目、まじだわ。食えるんだ。


「そうだ忘れてた」

「どしたの?」

「これ、何だと思う?」


 俺はインベントリから小さな粒を出した。そう、俺がここで最初に食べた、揚げ物に使ってた穀物なんだよ。


「うわ、こ、これ。インディカ米の近縁種じゃないのさ? どこでみつけたの?」


 麻夜ちゃんの鑑定、チートだわ。ついでに俺は手のひらを上にして、ゲナルエイドさんを指し示す。


「あぁそれか。『長麦』という、この国で作っている穀物だよ」

「え?」

「え?」

「普通は粉にして練って湯がいて食べる。それもいいが俺は、油で揚げる際の衣に使ってる。これがまたパリッとしていて、歯ごたえもいいんだがな」


 なんとこっちでは米という分類がないから麦になってるわけだ。そりゃそうだ。同じ穀物だからね。


「これ、今どれくらいありますか?」

「そうだな、袋ひとつはあると思うぞ」

「それをこう、こうして炊いてみてもらえませんか?」

「炊くというのが今ひとつわからんが、やってみよう」


 ここでふと思い出した。


「あ、そうだ。ゲナルエイドさんちょっと待ってください」

「どうしたんだ?」

「料理に使っている水、どれですか?」

「あぁ、あいつらと取引されてる水だぞ。悔しくはあるがな」


 コップに改めてくんでくれた。


「麻夜ちゃん」

「はいな、兄さん。……おぉ、0%だ」

「てことはあの仮説、雨と雪には」

「悪素は混ざらない」

「どういうことだ?」


 ゲナルエイドさん、俺たちのことを困った表情で見てる。


「はい。この水は悪素に汚染されていないんです」

「ほほぅ」

「てことはあれだよ麻夜ちゃん」

「うんうん兄さん。あいつらのいる場所までは」

「悪素が及んでいない」

「元々あいつらがいた場所じゃないって聞いたから」

「奪還しなきゃだね」


 俺は米の炊き方をゲナルエイドさんに改めて教えた。米の研ぎかたは俺がやってみせた。亡くなった母さんと婆ちゃんが同じ方法だったから。俺もよーく覚えてる。水の中で両手で米を掬って、割れないように優しくもみもみするやり方だね。


「長麦を水で軽く洗って少し置く。長麦十に対して、水が十二だな? 蓋をしたまま沸騰するまで強火、沸騰したら中火」


 コンロに似た加熱の魔道具を使っているから、『はじめちょろちょろ~』の炊き方はいらないと思ったんだ。


「時折確認しつつ、水気が飛んだら火を落として、蓋の内側に布を敷いてまた蓋を閉めて蒸らす。これでいいんだな?」

「はい。お願いします」


 焚いてもらったお米は夜食にしようって話になった。俺たちは晩ごはんをいただきながら、米が炊けるのを待ったんだ。


「揚げ物は麻夜たちのソウルフードだよね」

「うん。毎日でも食べられるよ」

「こうなるとあれだね」

「うん」

「から揚げ食べたくなる」

「ほぅ。から揚げとはどういうものなんだ?」

「から揚げはですね――」


 そんなこんなでできました。ちょっとずつ皿にもらって俺たちが試食。


「いただきます」

「いただきますっ」


 あれ? これってあれだ。


「うん」

「あれだね」

「「もっちり感がない」」


 タイ米などを炊いたものと似てる。パサパサ感があってこのままじゃ美味しくない。


「どうする?」

「うん。バターがあればバターライスにできるけどねん」

「そうだねー」

「これはちょっとうまくないな」


 ゲナルエイドさんも同じ感想。


「兄さん、朝ごはんで食べてるあの方法なら」

「あ、あれなら美味しいかも」

「そうだな、明日の朝挑戦してみるか」


 インディカ米の近縁種が見つかった、もしかしたらジャポニカ米に近いのもあるかもしれない。そんな期待感が持てる失敗だったんだ。


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