第215話 麻夜ちゃんの走竜。

「よし、もういいよ。いけっウィルシヲンたん」

『ぐるっ』


 ウィルシヲンは翼を広げると、小さな走竜のように建物の天井すれすれまで余裕をもって飛び上がる。彼の体躯は小柄だからか、その速度はセントレナを優に上回るかもしれないくらい。


 いまさら気づいたが、この牧場部分はなぜか暖かい。おそらくだが建物の中だからかもしれない。外気温が遮られるだけで、ここまで違うんだろうね。


 いつの間にか俺の後ろでセントレナがくつろいでいた。気づいたらこうして、セントレナっている場合が多いんだよね。足音とか気配とか、そんなのを絶つこともできたりしてね。


「セントレナはここの生まれだったの?」

『くぅ』

「そっかー。久しぶりに帰ってきた、みたいな感じなんだろうね」

『くぅ』


 いやそれにしても、厩務員さんたちは気持ちよさそうに飛んでるな。あ、彼らだけじゃないか。育竜伯さんのご家族もゆったりと飛んでいらっしゃる。あれは奥さんと娘さん。厩務員さんたちと服装が違うからね。遠くてもわかるわけよ。


「ジャグさん」

「なんですか、師匠」

「こうしてみるとさ、龍人族は飛べなかったから走竜を育てていたわけでしょう?」

「そうですね」


 ゲンドライドさんの小さな息子さんも、小さな走竜追いかけて捕まえようとしてる。まるで犬か猫を、……あぁ、そういうことか。馬の代わりだって言ってたっけ。


「俺たちがさ、治療を続けていけばさ、近いうちに一度は悪素毒から解放されて」

「はい」

「皆さんが飛べるようになるわけじゃない?」

「はい」

「そうなっても、走竜を育てていくものなのかな?」

「いきますよ。彼ら彼女らは、私たち龍人族と一緒に生きてきた大切な家族ですからね」

「うん。なんとなくそう思った。俺たち飛べない種族にさ、友好の証として走竜をゆずってくれるのも」

「はい」

「増えていくんだろうなって、思うわけよ」

「ありがたいことです」

「そりゃそうさ、俺も麻夜ちゃんも、俺の家族もみんな、このセントレナとエンズガルドで留守番してる白いアレシヲンが大好きだから」

「そうですか」

「うん。だからさ」


 俺たちの前に麻夜ちゃんを乗せたウィルシヲンが降り立った。


「麻夜と兄さんはきっとね、このアールヘイヴを助けなきゃいけないんだと思う」

「聞いてたんかい?」

「なんとなく、そんな話してるのかなーって」

「似ていますね。師匠と麻夜様は」

「よく言われる」

「ですよねー」

『くぅっ』

『ぐぅ?』


 ▼


 その夜、晩ご飯前に麻夜ちゃんの部屋でビデオ通話を開始。


『ぽぽぽぽぽぽぽ』

『はい、もしもし』


 麻昼ちゃんが映った。


「あ、麻昼ちゃんやほー」

『麻夜ちゃん、あら? 無事到着したのかしら?』

「うん。兄さんも横にいるよ」

「こんばんわ。麻昼ちゃん」


 俺は声だけの出演状態。


『ところで麻夜ちゃん』

「なんでしょ?」

『麻夜ちゃんの背景にね、緑色の羽が見えるんだけど』

「ぬふふふふ。実はね」

『ぐるぅっ』


 麻夜ちゃんはウィルシヲンにもたれて通話をしていたわけ。肩越しから彼が顔を出したものだから、あちらにいる麻昼ちゃんは驚いているかもだね。


『なにそれ? 可愛らしい子が見えるんだけど?』

「今日、麻夜の子になったウィルシヲンたんなのです」

『ぐるぅ』


 もはやドヤ顔。無事の到着を伝えるんじゃなく、ウィルシヲンを自慢したいだけだったみたいだよ。ほんと、この子は……。


 ちなみにセントレナは俺の部屋でお留守番。さすがに二人はここに入れないからね。


『どうしたの麻昼姉さん?』


 朝也くんの声が聞こえる。


『麻夜ちゃんがね、自慢するの』

『え? どういうことなの?』


 ずいっと割り込んできた朝也くん。びっくりした表情になってるし。


「いいでしょ? 朝也くん。麻夜のウィルシヲンたんなのだ」

『ぐるぅ』

『み、緑のドラゴン。すごい……』

『ずるいずるい。いいもん、アレシヲンちゃんに構ってもらうもん』


 お姉さん風な麻昼ちゃん、すねちゃったみたいだ。そこは朝也くんにじゃないところが、別腹なんだろうなきっと。


『麻夜くん』

「あ、はい。お母さん」


 プライヴィア母さんの声だ。横にいたんだ。


『無事、アールヘイヴに着いたみたいだね。それにその子、なんとも賢そうな子だね』

「はい。ウィルシヲンたんです。今日、譲ってもらいました」


 プライヴィア母さんにはちゃんとした口調になるんだよね。


 そのあと少し麻夜ちゃんと変わってもらって、アールヘイヴの現状を説明。まだしばらくはここにいるつもりだと伝える。少なくとも大きな騒ぎにはなっていないから安心するといいと言われてよかった。


「公女殿下を助け出して、そのあとやっとそちらへ戻れると思います」

『わかったよ。無理をするなとは言わないが、麻夜くんもいるんだから、落ち着いて行動するように。いいね?』

「わかりました。母さん」


 あ、ロザリエールさんが出てきた。


『タツマ様。ちゃんとご飯は食べていますか?』

「大丈夫だよ。ありがとう」

『ドルチュネータ』

「はい、ここにおります」


 うわ、俺の背後に現れたよ。


『あなたに料理は期待していません。あたくしの代わりにタツマ様のつるぎとなり、しっかりと仕えるのですよ?』

「かしこまりました」


 うーわ。めっちゃ重たいわ。でもそれだけ心配されてる。


『たーつーまーさーま』


 後ろからマイラヴィルナさんの声がする。


「はいはいマイラさん。元気ですよ」

『はい。タツマ様が元気なのを確認できたのですから、お部屋に戻りましょう』

『いーやー、わーたーしも話すのー』

『すまないね。騒がしくて』


 プライヴィア母さんが苦笑いしてる。


「とにかく、マイラさんがあの状態になった原因が、あいつらだとわかった以上」

『うん』

「俺たちはこの国の人たちを助けないわけにはいかないんです」

『わかったよ。ただ相手は未知数だ。しっかりと調べて、対応するように。いいね?』

「わかりました。絶対に負けたりしません。そのために今、調査を始めたところです」


 麻昼ちゃんに代わった。


『あのね、麻夜ちゃん』

「どうしたの?」

『アレシヲンちゃんがね、そっけないの』

「あー、それはね、アレシヲンたんはほら、猫ちゃんみたいな感じなのね」

『どういう意味?』

「構われすぎると、逃げるでしょ? 猫ちゃんは」

『ほら、僕が言ったとおりでしょう? 麻昼姉さん』

「ぴんぽんぴんぽん。朝也くん、大正解」


 そんな感じで通話は終わった。


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