第213話 ジャグさんも危ないかも。

 麻夜ちゃんの黒ずんだ指先を見て、怪訝そうな表情になる俺の弟子で神殿泊のジャグルートさんことジャグさん。


「聖女様は師匠の妹君ですよね? なぜ治療をされないのですか?」

「あー、そっか。ジャグさん知らないのか。というより、ほら」

「うん。治療はしてるよ。毎回ね」

「毎回、ですか?」


 ジャグさんの表情は和らいでいるけど、今度は不思議そうなものに変わってる。


「多分あれだよね。公女殿下は隠してたんじゃ?」

「ほぼほぼ間違いなくね」

「何をですか?」


 うん。これは知らなかったわ、絶対に。駄目だね。プライヴィア母さんも妹のマイラさんも、ロザリエールさんもそう。我慢強すぎる女性ってさ。


「あのね、あくまでもおそらくなんだんですけどね」

「はい、師匠」

「聖属性を持つ公女殿下、うちの女王陛下。ここにいる麻夜ちゃんもですけど」

「はい」

「聖属性の魔法を使って悪素を浄化するときは、『一度悪素を取り込んで、毒と認識したものを浄化する』働きがあるみたいなんです」

「なんと……」

「だから間接的に悪素を取り込んでしまうわけです。この麻夜ちゃんの指は毎回俺が治療してるから、治療前はこうじゃなくて、全く黒ずみがなかった。そういうことなんですね」

「……ということは」

「うん。その人の力によって取り込む悪素の濃度が違うんでしょうけど、公女殿下は指どころか手首、いえ、肘かそれとも肩かわかりません。おそらくかなり浸食が進んでいるはずなんですね」

「それで師匠は、怒っていたのですか」

「そういうことです」


 麻夜ちゃんもうんうん。やっとジャグさんも納得してくれた。


「それでね、麻夜ちゃん」

「はいですよ。兄さん」

「俺の弟子のジャグさんが昨日、回復属性が3に上がったんですね-」

「お、それってもしや」

「うん。俺が悪素毒を治療し始めたレベルとほぼ同じ。うまくいけば治療効果が出るんだよ」

「うんうん。はい、お願いします。ジャグさん」


 麻夜ちゃん、ジャグさん呼びしてるし。ジャグさんの手のひらに麻夜ちゃんはそっと右手をのせた。


「ちょっと待った。『マナ・リカバー』。よし。いってみよっか。解毒呪文」

「は、はいっ。……『デトキシ解毒呪文』」

「おぉ」

「すごっ」


 髪の毛一本の半分くらい。しっかり見ていないと見逃すくらいだけど、確実に後退したのが俺にも麻夜ちゃんにも確認できてる。もちろん麻夜ちゃんは鑑定があるから間違いなく効果を実感できてるはずだよ。当の本人、ジャグさんもね。


 驚きの表情でちょっと固まってるジャグさんを見ながら、麻夜ちゃんは俺に耳打ち。


『兄さん』

『うん』

『凄いね。確実に0.5%れーてんごぱーいってる』

『ほっほー』

『やっぱり、上がりにくいけど魔法の効果は高いんだ』

『みたいだね。うん』


 爪を真っ黒にしていた麻夜ちゃんの指、三十分はかからないうちに綺麗に解毒できたんだよ。


「おめでとう、ジャグさん。これで名実ともにに俺の弟子ってことですね」

「は、はいっ。ありがとうございますっ」


 俺の手を両手で握って、ぶんぶん振ってとても嬉しそう。いや、半泣きしてるし。


「これってさ、魔族としては快挙なんじゃないの? 兄さん」

「うん。これまでは俺以外は無理なはずだったんだ。んっと正確にはレベル3に届いてる人が現在生きている人にはいないかもしれないってこと?」


 レベル2ではレベル1の『デトキシ』で悪素毒を解毒できないってこと。3に上がって初めて効果が発揮される。それは誰も知らないんだ。これは麻夜ちゃんには前に説明してあった。


「どうしてジャグさんが?」

「んっと、ジャグさんは魔族だから長命。だから長年ここで治療活動してきていてね、それなり以上に上がりかけてた。俺に会うまでは2だったんだ。そこで俺や麻夜ちゃんには当たり前の、例の上がりやすい方法を教えたわけなのよ」

「なるほどね。適正なレベル上げをってことね」

「そうだね」

「これで俺がこの国にいないときでも、ある程度なら悪素毒治療ができるってことですよ」

「いなくなるのですか? 師匠」

「俺はほら、この国が落ち着いたら、エンズガルドへ戻らなきゃならないからですって」

「あぁ、そうでした……」

「大丈夫。今日明日ってことじゃないし。あいつらをどうにかしてからじゃないとね、麻夜ちゃん」

「そうだね。絶対に許さんです、はい」


 俺と麻夜ちゃん、喜んでいるジャグさん見て思い出した。


「「あ」」

「どうしたんです? 師匠、麻夜様」

「その、なんですけど」

「うん、だよね」

「これ、公言した場合、最悪、命を狙われるかもしれない」

「え?」

「誘拐もあるねー」

「え?」

「俺があのベルガイデに誘拐された理由がそれかもしれないんだ」

「え? ……あ、そうですか」

「うん。俺が高位の回復魔法を使うから」

「それにね、こことエンズガルドが繋がってると知ってるから?」

「うん。正解」

「えへへ」


 俺は麻夜ちゃんの頭を撫でた。


「そうですか。公女殿下を誘拐したことと同じ理由。アールヘイヴが天人族の脅威にならぬようにと……?」

「うん。ジャグさんも正解ですね」


 こらこら麻夜ちゃん。ジャグさんの頭を撫でないの。


「ところでところで兄さん」

「ん?」

「ジャグさんはなぜ麻夜を、『麻夜様』って呼ぶの?」

「あー、ほら。俺はジャグさんの師匠だし」

「はい。麻夜様は師匠のご兄妹ですし、公女殿下と同じ聖魔法使いの聖女様ですし、エンズガルド公爵家のご令嬢でもありますので」

「ありゃ、バレてたの?」

「うん。俺が話してあるよ。ま、俺たちはさておき、ジャグさんは走竜いないの?」

「いますよ。ここの厩舎にも待たせています」

「なんて子? 見せてくれますか?」

「はいはい麻夜ちゃん落ち着いて。これから牧場いくんだから」

「あ、そうだった」


 俺たちは厩舎に移動。そこではなんとびっくり。セントレナ以外の走竜がいるんだよ。当たり前だけどね。


『くぅっ』


 俺に駆け寄ってくるセントレナ。


「黒い、なるほど。彼女が師匠の」

「うん。セントレナって名前で、俺が母さんから譲り受けたんです。うちにはもう一人、白いアレシヲンという子もいますよ」

『ぐぅっ』


 なんと、セントレナの背後から、一回り大きな茶色の走竜が出てくる。


「師匠。彼が私の家のダンジェヲンです」

「よーしよしほりゃほりゃ」


 ダンジェヲンくん、気がついたら麻夜ちゃんにすり寄ってる。そんな彼をなで回してるし。


「なんと、麻夜様はすぐに走竜と仲良くなれるのですね」

「そうですね。警備部でも同じようにしていたみたいですし」


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