第210話 色々あったわけですね。

 警備伯さんが退出したので、俺は神殿伯のジャグルートさんと二人っきり。


「ところで、龍人族と天人族は元々どのような関係だったんですか?」

「そうですね……」


 あの岩山の周囲にアールヘイヴの国を築いていた龍人族。プライヴィア母さんから聞いた、昔悪素毒の被害が出た原因となる争いがあったのは、この国でも伝わっているんだって。


 元々はあの岩山の頂上に積もった雪が、少しずつ溶けて水が流れて行き着く小さな湖があった。そこが彼らの水源になっていた。


 ただ、作物にその水源の水を使うわけにいかないため、独自に雪を溶かして使う用水の水を利用して開墾するようになる。このとき既に、龍人族は飛ぶことが難しくなっていた。


 ただいつの日か、空を自由に翔ける天人族が現れ自分たちの縄張りを主張した。それは今から二百年くらい前のことらしい。そして突然、天人族は物理的な立ち位置のように、高圧的に話を押しつけてくる。


 我々はお前たちが空を飛べないことを知っている。我々は水を止めた。水が欲しくば作物を供物とせよ。何もタダとは言わない。その代わりに、水を与えようではないか?


 岩山の頂上にある水源を、物理的にとめてしまった天人族。龍人族は水を飲まないと生きていけない。用水の水を飲むには浄水の手間をかけなければならない。ある日突然こうして、生きていくための糧を一部止められてしまうという事態が発生した。


 こうして仕方なく、年に数回こちらで栽培している野菜などを取引していたという。だが、穀物は必要がないからと取引されない。取引の量は多いが、あまりにも対価が安い。水を分けてやっているからというのが理由だった。


 やっぱり水はどこでも命に直結してるということと、龍人族が頂上付近まで飛んでいけないから直接対処ができない。だから応じるしかなかったのがこれまで続いてきたのだという。


「うわ、それは酷い……」

「えぇ。私の父たちも、どうにかできないかと様々な手を考えましたが、飛べなかったが故に、手が届かないのが難点だったのですね」

「あの距離はね。今なら飛んでいけるかもだけど、相手がどんな戦力を持っているか確かめないと」

「はい。むざむざやられに行くようなものですからね」

「うん。まさにその通り。だから今は、飛べることは隠すのがいいんだ。悪素毒治療の後もそう説明してもらっているし、どうしても練習したいっていうなら神殿みたいな天井の広い場所でするといいかも」

「そうですね」


 ジャグさんも話しに聞く程度しか知らない。なぜなら、天人族と取引をするのは別の部署。外務部が担当しているそうだ。もちろんそこも、伯爵閣下がいる。


「外務伯閣下も明日あたりに来ますよ。治療へ」


 カチャリとドアが開いて、警備伯さんことネルガテイク伯爵が戻ってきた。警備伯さんも俺たちの話に戻ってくれる。


「あ、そうなんですね。外務伯は結構堅物なのですが、きっと驚いて帰りますよ」

「そうだといいね。俺もやりがいがあるってものですから」

「タツマ様の妹君がこちらへ向かっていることは、皆に伝わるようにいたしました。下の詰問もまだ時間がかかりそうです。少しずつ話を聞くことができていますが、一進一退とのことですね」

「助かります。……そうですね。とにかくある程度の国の規模、軍備、兵士の数など。少なくともそれは聞き出さなければですよね。もちろん、魔法もです」


 襲われそうになったり、ちょっと待てと言ったり、じわりじわり状態なんだろうな。それでもきっと、ジルビエッタさんは楽しんでるかもしれない。おーこわいこわい。


「確かにそうですね」

「はい、師匠の言うとおりです」

「地上戦よりも、空中戦が考えられるでしょう。龍人族の皆さんは、これまで空中戦を想定する準備をしてきましたか?」

「いえ。再び飛べるようになるとは思っていませんでしたから」

「そうですね。警備部でも帯剣をしてはいますが……」


 難しそうな表情で警備伯が言うんだ。どうしても近距離より遠距離、剣よりも弓や槍、魔法の展開になるだろうね。


 MMOでも空中戦は想定されていなかった。飛ぶことは可能だったけど、戦闘は不可なエリアばかりだったから。


 空から攻撃が可能になれば、レイドボスのほうが強いに決まってる。理不尽な闘いにならないように、空の戦闘を想定しなかったとも聞いているんだよね。


 だから飛んで何かができるのは十分チートなんだよ。相手よりも優位に立てるから。


 話がある程度終わって、あとはベルガイデがどこまで吐くかで対策を変えることになったんだ。


 俺は飛粋に戻る前に、ジャグさんの屋敷に寄らせてもらった。その理由は、ジャグさんの身体の変化を説明するため。彼の奥さんと家の人もついでに治療するつもりだけどね。


「……どちら様ですか?」

「あははは」

「私です。ここの主人、ジャグルートですよ」

「いえ、私の主人はもっとこう、ふくよかで可愛らしくて――」

『あ、もしかしてジャグさん』

『はい。忘れていましたが、婚姻を支わしたのはおそらくですが、体型が変わったあとだったのかもしれませんね……』


 さすがにジャグさんの体型を戻すことはできないから、説明するのにちょっとだけ時間がかってしまったんだ。ま、悪素毒治療したらわかってもらえたんだけどね。


 宿屋の飛粋に到着。ジャグさんのお屋敷でお酒をご馳走になったからちょっと気分がいいわ。忘れないうちに、スマホを取り出す。


「ふぅ。今日も色々あった――」


 ベッドに倒れ込んで大の字になる。スマホは出しっぱなし。落とさないように革製の小さい腰鞄ポーチに入れてる。一日に何度かインベントリへ出し入れしてバッテリーチャージしてるけど。バッテリー切れそうだ。入れて出して、おっし、バッテリーチャージ完了。100%だわ。


『ぺこん』

「お。きたきた」

『野営完了。セントレナたんいわく、結構近づいてるっぽいとのこと』

「そういや、鑑定スキルのレベルが上がって、翻訳もできるようになったんだっけ? チートだよな……。『そうなのね。とにかく安全に。到着したら警備部というところを探してちょうだい。話は通してあります』、送信」

『ぺこん』

『ありがとん』

「『追伸、鑑定チートずるいです』、送信」

『ぺこん』

『うははは。おやすみ兄さん』

「『くやしくなんてないんだからねっ。おやすみ、麻夜ちゃん。ベルベさんたちにもよろしく』、送信」

『ぺこん』

『りょっかい。またねい』


 俺はそのまま寝たわけです、はい。明日も色々大変になりそうだわ。


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