第209話 大公家ではどうだったのか?
俺と神殿伯のジャグルートさんは、警備のフェイルラウドさんに連れられて、警備伯ネルガテイクさんの私室へ。
「失礼します。タツマ様をお連れいたしました」
そのままドアを開けたフェイルラウドさん。中にはもちろん、警備伯さんが待っていた。
「タツマ様、ご足労ありがとうございます。……ところでそちらの御仁はどなたですかな?」
俺は後ろを振り向いて、小声でジャグさんに聞いてみた。
『面識ないんですか?』
『いえ、前の姿では何度も会っていたのですが、この姿は初めてなものですから』
『なるほど』
「あのですね、彼はその、神殿部のジャグルート閣下なんです」
「え?」
体重は半分以下、見た目は三分の一くらいに痩せちゃったからわからいんだろうけどさ。警備伯さんは目をゴシゴシ。
「お久しぶりです、ネルガテイク殿。久しく神殿と屋敷の間のみの移動でしたからこうして出歩くこともありませんでした」
あれから聞いたんだけど、歩くのも一苦労だったそうなんだよ。馬車から移動するのも神官さんに付き添ってもらう。家で移動するのも執事さんに付き添ってもらう。あの体重では膝関節に負担がかかりすぎるのも納得なんだ。
彼の執務になっていた治療活動の副作用的な肥満。それは誰もが名誉の負傷という認識に思ってくれていたらしいんだ。
「――なるほど、タツマ様の魔法で治療をしていただいた。そういうことなのですか」
「はい。師匠はおそらくこの大陸いえ、この世界で屈指の回復魔法使いかと思っています」
「師匠と呼ばれていますが?」
「はい。私も回復属性魔法の使い手です。ですからなんとかお願いをしてですね、弟子入りの許可をいただいたのです。その際、師匠と呼ばせていただく許可をいただきました」
「確かに以前のお姿は、いささか不健康とも言えましたから、今のほうが良いのかもしれませんな」
警備伯さんは同じ伯爵位で、神殿伯さんを知らないわけがない。けれど前の姿しか思い浮かばなかった、ということなのね。
「それはさておき、タツマ様」
「はい」
「最悪の状況でございました」
「やはりあれは、その場しのぎの嘘ではなかったということですか?」
「はい。昨年の中頃の話です。隣国へ赴いていた公女殿下が戻らない事態に発展したということでした」
訪れていたとされる国は、エンズガルドだけじゃないみたいだね。龍人族の聖女様こと、公女殿下は国を支えるために浄化活動と貿易の活動をしていたらしい。その移動の際に誘拐に遭ったというわけか。
「ある日、文が投げ入れられたとのことでした。その内容は『公女は捕らえた。安全を欲するならば、大公家を始めすべての龍人族は天人族に忠誠を誓い、潔く農奴となるがいい』だったそうです」
大公家にはそう脅しがあったそうだ。相手側の天人族が言うには、今年いっぱい返事を待つとのこと。公女殿下は天人族に
てことはあれだ。マイラヴィルナさんがあんな目に遭ったのは、天人族のせいってことじゃないか?
「そうですかなるほど。あの『人攫いのベルガイデ』が先ほど口走ったことと内容が同じですね……」
いやまじで腹立ってきた。マイラさんがあんなになったのはあいつらが原因じゃないか? 麻夜ちゃんが知ったらそれこそスプラッタになるぞ。俺は広域魔法使えないからやれないけどさ。
それにしたってもう少し八つ当たりしておけばよかったか? いやでもジルビエッタさんに任せておけば大丈夫だって思ったんだから、今更だよな。
「えぇ。師匠と私は同席していましたので、間違いないかと――師匠、師匠、どうされたのですか?」
「……ん? あ、すまないねジャグさん。いや、うちの陛下が大変な目に遭ったのもまた、天人族の奴等が原因だった。それならこのアールヘイヴとエンズガルドの、共通の敵になるんだなって思ったわけです」
本来毎年来てくれていた公女殿下と、うちの女王陛下マイラさんの関係。俺は簡単にだけどふたりに説明したんだ。
「なるほどそれが縁で、おそらく公女殿下が走竜を贈ったということなのですね」
国と国、公女殿下とマイラさん。親睦を深めるために、セントレナとアレシヲンが贈られた。おそらくだけど、ここよりも小さなエンズガルドのほうが豊かなのかもしれないね。
ただ、貧困とは見えないんだ。何かしらの原因があって、国の予算てきなものを支えるために公女殿下が活動していた。そう考えるのが普通なんだと思う。
「そうですね。二人とも元気にしていますよ。あ、そうだ。その黒い走竜、セントレナに乗って、俺の家族がこちらへ向かっています」
そろそろ連絡が来そうなんだけど、おかしいな? まだ飛んでる可能性もあるかもだけど。セントレナは夜目がかなり利くみたいだからね。
「わかりました。各駐在所へ知らせを送っておきますね」
「ありがとうございます」
警備伯さんは一度部屋を出ていった。おそらくフェイルラウドさんに指示を出したんだと思う。
「師匠の妹君でしたら、私たちと同じ加護をお持ちですか?」
「いえ、うちの
「なんと、公女殿下と同じではありませんか」
「え? あーやはりそうなんですか。浄化の力を持つ龍人族の聖女様、公女殿下のお力は聖属性だったというわけなんですね」
あれ? 浄化ってことはレベル4あるってことなのか? いや、麻夜ちゃんがやっと上がったばかりだって言ってたもんな。それはないはずなんだよ。それを考えるとおそらくだけど、こっちの人は魔法の効果が高いってやつだと思う。
「えぇ。そうですね」
「ということはかなり、悪素毒の進行があるのではないかと?」
マイラさんがそうだったから。公女殿下はもっと酷いんじゃないのか?
「もちろん、薬で散らしておられるとは聞いております。年に数度、私のところへいらっしゃるので、心配はしていますが……」
「悪素毒を散らす薬ですか?」
「いえ、痛みを我慢するためのものです」
「なんとまぁ……。どこの国も、同じなんですね。我慢が美徳ではないというのに……」
「はい。困ったものです……」
今年いっぱい。次の冬が来るまでに、答えを出さないと公女殿下がどうなるかわからないという意味が込められたメッセージ。
魔族の人たちは長寿だから、一年二年くらいはたいしたことがないのかもしれない。それでも、タイムリミットは長くはないんだ。
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