第207話 そんなことがあっただなんて……。
「警備伯さんいないなら、直接地下室へいきますか」
ジルビエッタさんを先頭に、俺、弟子のジャグルートさんで階段を降りていく。フェイルラウドさんは警備伯さんが戻ったら説明するために残るとのこと。
「そういえばジルビエッタさん」
「はい、なんですか?」
「神殿伯さんが見ても大丈夫な状態になってますか?」
いくら拷問のためとはいえ、ベガルイデと全裸で組んずほぐれつなんて見せられないからさ。
「一応、下半身はズボンを、上は貫頭衣、わかります?」
「うん。頭から被るやつね」
「はい。そうです。それを着せてあります」
地下に降りると、何やら奥の牢屋が騒がしい。『寄るな』などの声が聞こえてくる。
「師匠、あの声がもしや?」
「そうですね。あれがベガルイデの声です」
「それでどんなシチュエーションだったのかな?」
「はい。ベガルイデが『誰だ』と言うので私が、『こちらの方は女性よりも男性に興味がおありな方です』と説明してあげたんです」
「うわぁ」
「これはまた」
「普通ならフリだと思いますよね? ですが、その王子様がですね、ベガルイデの口に濃厚なキスを……」
「まじですかー」
「それはなんとも……」
「はい。ベガルイデも『これは襲われる』と肌で感じたんでしょうね。もちろん私も『この王子様、マジものですわ』と思いました」
楽しそうにドアを開けるジルビエッタさん。すると中から『大丈夫ですよ。怖いのは最初だけですから』という声が聞こえてくるんだ。それも、とても優しげな男性の声が……。
やっべぇ、ガチだ。あれは気持ちが入ってる。プロの声優さんや俳優さんみたいな、見事な演技の声にしか、いやそれ以上かもしれない。
「はいはい。王子様、ちょっとだけ待ってくださいね」
「それは残念です」
鉄格子のあちら側で、壁を背にして逃げ場を失っているベガルイデ。じわりじわりと迫ろうとしている、細マッチョっぽいイケメンさん。ベガルイデよりも体格はよさげ。
「師匠、あの白いのがもしや?」
「あれがそうです」
あ。ジャグさんが鉄格子の扉を開けて中に入ると、ベガルイデに近づいたと思ったら、どこからか取り出したナイフをヤツの顔に切りつけたんだ。
「――ぐぶぉっ」
「『
「え?」
そのあと何度かナイフを斬りつけ、自ら治療するという行為を続けていた。
うわ、えっぐいな。でも、回復属性持ちなら考えることは同じということか。俺も似たようなことをしていたわけだし。
ジャグさんは更にナイフを大きく振りかぶると俺を振り返った。彼の目は何か悲しげだったんだ。
「師匠すみません。いいですね?」
「うん。ジャグさんの思ってる通りです。安心して、好きなようにするといいですよ」
「すみません、お願いします」
前に向き直ると、ベガルイデの首にナイフを突き立てた。隙間からヤツの呼吸音。返り血を浴びるジャグさん。何度も何度もナイフを突き立てる。
「ジャグさん。もう死んでるから……」
「わかっています。ですがこいつらは昔、私の姪を、悪素毒で痛くてもう飛べなくなっている姪を、
「……その姪御さんは?」
「もちろん、未熟な私では助けられませんでした……」
「そうでしたか……」
「無理をしてでも飛べたなら。今の魔法があったのなら、助けられたかもしれません。ですが、もう少しのところで……」
中級回復呪文の『ミドル・リカバー』は、骨折の治る初球回復呪文より多少マシな程度の魔法。大怪我になると上級回復呪文の『ハイ・リカバー』くらいが必要だからな……。
「ジャグさんのせいじゃありません。きっと」
「ごめん、ごめんなさい。私がもっと研鑽を重ねていたなら――メアリエータ……」
彼の姪御さんの名前なんだろう。何年前の話かはわからない。けれど俺がこちらに来るよりももっと前なんだろう。
物言わぬ屍になっているベガルイデ。絶句しているあちら側の王子様。胸に手のひらをあてて敬礼をしているジルビエッタさん。きっと亡くなった姪御さんに対してなんだろう。
「これまでにこいつらがしたことによって亡くなった方々のためには、このまま葬ってしまうのがいいかもしれません。ですが、俺はこいつが死なれて逃がすわけにはいかないんです。こいつだけじゃない。何もかも吐き出させて、根源となっている奴等に責任を取らせないと、こいつらにとって地獄の底と同等のものを見せてやらないといけないんです」
「頭ではわかってはおります。どうぞやってください」
ジャグさんの言葉に頷いたあと、俺はベガルイデの前髪を掴んで持ち上げる。
「『
ベガルイデの巻き戻るように意識が戻る。同時に背中にあったはずの、白い翼が元に戻っていく。
「な、何が起きているんですか?」
「これがあの、……なんと神々しい。私たちの手にはおそらく届くことはない、神の御業ともいえる魔法でございます」
あちら側の王子様はぎょっとした表情。ジャグさんは膝をついて俺を見上げてるんだ。そりゃ回復属性を極めた先にあるものを目の当たりにしたんだろうから。
「ジルビエッタさん」
「は、はいっ」
「こいつの翼を片方だけたたき斬ってくれますか?」
彼女はこくりと頷くと、腰にある剣を抜いて振りかぶる。
「――ぎゃっ!」
「『リカバー』、おい、気がついたか? 俺が誰だかわかるか?」
こくこくと頷くベガルイデ。髪を引っ張って、たたき斬った根元に血のべったりついたこいつの白い翼を見せる。
「わ、私の翼がぁあああああっ」
「残念だったな。また死ぬ機会を失ったわけだ。『レヴ・ミドル・リカバー』」
「ぐぉがっ」
首をもたげるようにして気絶するベガルイデ。とりあえずその場に投げ捨てる。
「師匠、今の魔法は?」
「あぁ、おそらく俺だけが使える呪いみたいなもの。激痛を与えて気絶させたんですよ」
「なるほど。魔法は奥が深いですね……」
千切れた翼の根元を調べているジャグさんはおいといて、俺はあちら側の王子様に向き直った。
「そういえば彼の名はなんと呼べばいいんですか?」
「あ、はい」
「私はグローテシアム。しがないの男娼館の店主でございます」
男娼館、なるほどね。本当にあるんだ……。
「グローテシアムさん、手をいいですか?」
「はい?」
「見ての通り、俺は回復属性を極めています。今日からこの公都にいる人たちの治療を神殿で始めました。もちろん、貴方たちもその対象なんです。『ディズ・リカバー』、『フル・リカバー』。これでいいでしょ」
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