第206話 とんでもないことが。

「あちら側の王子様がですね、拷問を始めたんです。両手で全身くまなくなで回されたあと、ほんの少し拷問を進めただけで、ベルガイデが『お願いですから説明させてください』と懇願こんがんしてきたんです」


 天人族、『人攫いのベルガイデ』を拷問した経緯を話していたジルビエッタさん。ものすごーく、楽しそうに話してるんだけど。


「あのだんまりな男がそうなった理由、聞きたくないですよ。俺」


 いや、どうやるかは知ってたけどさ。聞いたらぜったい『ひゅん』ってなっちゃう。


「えぇ。私もです」

「報告書を作るために見てしまった私の立場はどうなるんですか?」


 半泣きなフェイルラウドさん。笑ってるジルビエッタさん。


「経緯はもう、どうでもいいです。それより結果を早く。私が言ってもいいなら言いますが」

「私の手柄なんですからもちろん言いますよ。それでベルガイデがとんでもないことを言ったんです。まだ確認中なので確定ではありませんが」

「うん。それで何があったんですか?」

「早く教えてください」

「その、私も信じられないのですが、ベルガイデたちは『公女殿下を攫った』とのことなのです」

「え?」

「あれ? 確か、警備伯さんから『お体の調子がすぐれず、昨年末より外出も控えている』って聞いたばかりなんですけど?」

「はい。私もそう伺っておりますが……」


 俺とジャグさんも同意見。見合って頷くしかないんだけど。


「もちろん、末端の私もそう伺っています。ジルビエッタくんもだよね?」

「はい、そうだったんですが、……あのぼろぼろに泣いていたベルガイデが嘘を言ってるようにも見えなかったんです」


 うわ、まじか。あれだけ痛めつけてもゲロらないやつがあっさりと。なるほど、貴族と王族はプライヴィア母さんのあのときの方法と、男の尊厳を壊せば落ちる。うん、勉強になるな。


「確かに、昨年の初頭にですね、神殿こちらへお見えになったのが最後でした」

「なるほどね。それでジルビエッタさん、あいつは他に何か言ってなかった?」

「はい。『公女殿下は幽閉されている』とのことです。ただですね、それ以上のことは話せないらしいです。あれは貴族らしく、なんでもあちら側にそれがわかったら死罪になるとのこと」


 あー、外患誘致罪みたいなものか。そりゃ、そうなるわな。


「亡命しようにも、こっちの人がベルガイデを許さない。そういうことですよね?」


 俺はジャグさんにストレートに聞いてみた。


「そうですね。今まで彼奴らがしてきたことを考えると、民たちが許さないでしょう」

「ジルビエッタさん」

「はい」

「あちら側の紳士達は、今どこに?」

「はい。まだ牢屋でベルガイデをけん制してもらっています」

「んー、それじゃさ、俺が質問してくるよ。方法なんていくらでもあるし。案内してくれる?」

「うーわ。私もご一緒してよろしいですか?」

「いいですよ。あ、ちょっと待って。食べ終わってからね」

「あ、忘れていました」


 俺とジャグさんはなるべく急いでご飯を食べ終える。


「ごちそうさまでした」

「あぁ、いっておいで」

「ありがとうございます」

「とても美味しゅうございました。師匠、こちらの支払いは私が」


 ジャグさんもたまに利用するらしく、丁寧にお礼を言ってたね。


「あー、宿代含めて警備部で出してくれるってネルガテイク伯爵さんがね」

「そうだったのですね。残念です」

「まぁ、そういうことです。それじゃ、行きますか」


 走竜くんの引く竜車が外に待っていたからそれに乗る。ジルビエッタさんだけ同席。フェイルラウドさんはガルフォレダくんに乗って先に戻ってるとのこと。


「師匠、私もですね、『人攫いのベルガイデ』を遠目からは何度か目撃したことがあるんです」

「そんなに珍しいものなんですね」

「はい。貴族らしいと知ったのも初めてですね。二つ名なのとおり、あれを中心として複数人で誘拐を行う実行犯的存在だったものですから」

「うーわ。まじで悪人だったんですね」


 ジルビエッタさんもうんうん頷いてるし。


「ところでタツマ様」

「何かな?」

「ティルライダ閣下がタツマ様のことを師匠と呼ばれていますが」

「あー、それはさ、俺と同じ回復属性持ちでね」

「はい。色々と教えてもらっている身ですので、弟子ということになるわけですね」

「……そういうわけだったんですね。私もそうですが、先日まで警備部の皆も毎日、閣下に痛み止めの魔法をかけてもらっていたので、お世話になっているんです」

「あー、そうだったんだ」

「どこの誰が来るかは神殿の者たちが管理してくれています。ですが人数が人数なもので、ゆっくり話をすることもありません。そのため、情報通というわけでもないというのが実情ですね。師匠」


 面識はあっても長話はしない。だから噂も聞かない。なるほどね。


「ところで閣下」

「なんでしょう?」

「そのお姿でその、奥方様は閣下だとおわかりになるでしょうか?」

「あ……」


 179歳なら奥さんくらいいるわな。それでも別人が帰ったら、どうなるんかね? まぁ、太る前に結婚したのかそうでないのか。奥さんがどちらのジャグさんを好きなのか。そのあたりでも変わってくると思うけど。


「さすがにそこまで考えていなかった俺にも落ち度があります。お詫びに俺が一緒に行って、悪素毒治療と説明をしますから」

「あ、ありがとうございます、師匠」


 俺の手を握ってぶんぶん振ってるジャグさん。


「とにかく、ベルガイデが攻めから逃れるために嘘をついた可能性もあるわけだからね」

「はい。警備泊殿もそう言ってました」

「だから、俺がトドメを刺しておこうかと思うんだ」

「……あれ、やるんですね」


 ジルビエッタさんも見てるからね。


「師匠、何をされたのですか?」

「あー、ベルガイデを見たらすぐにわかりますよ」


 竜車が停まって、ジルビエッタさんが先に降りる。俺より先にジャグさんが降りるとか、本当に弟子だと思ってるの? まいったな……。


 そりゃこれだけ遠い場所だから、悪素毒治療できる人がいてくれたら助かるよ。秘密を守ってくれるなら、この程度のことなら教えてもいいと思うからね。


 警備部の建物に入ると、先に到着していたフェイルラウドさんが迎えてくれる。


「警備伯さん、戻ってます?」

「いえ、まだ大公家にいるかと思います」

「そりゃそうですよねー。事が事だけに」


 ただおそらく本当だと思うんだ。そうじゃなければ、エンズガルドへ来なかった理由が伝えられてるはずなんだよ。


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