第194話 詳しい話をしますかね。

「さて、少しお話を伺ってもいいでしょうか?」

「そだね。俺も聞きたいことがありますから」

「ではまた上へ」


 フェイルラウドさんを先頭に、俺はまた地上へ戻る。するとそこには仁王立ちで待っていた女性がいたんだ。俺よりも少し低め、細身だけどしっかりした感じ。ちょっときつめの目。でも真面目そうな感じがする。


「フェイルラウド先輩、いつ戻ったんですか?」

「あぁ。タツマさん、彼女は俺のひとつ後輩でジルビエッタです」

「あぁ、彼女があの走竜の主人なんですね?」

「先輩、この方は?」

「そうそう。色々あって大変な迷惑をかけた上に、もの凄い恩義を受けてしまったんですよ。……ほら、君も挨拶しないか」

「何がいいたいのかよくわかりませんが」


 うん。報告がややこしくなってるね。


「彼はタツマさんという名で、なんでもエンズガルドの王室関係者だそうです」

「え? なぜそう言い切れるんですか?」


 うん。そりゃ疑うよね。エンズガルドは虎人族の国だし、俺は人間だし。


 俺は赤にワンポイントの白が入った走竜の背中を撫でた。


「えっと、この子は何という名前なんですか?」

「……エジェリナです」

「そっか。エジェリナちゃん、初めまして。よろしくね」

『くぅっ』


 ありゃ、立ち上がって俺の頭の上に顎を乗せるんだよ。まるでセントレナのときみたいだ。


「え? 私以外の、それも男性に慣れるとか、あり得ないんですけど……」

「確かに。私はかじられますからね。エジェリナさんなりの感情表現なんでしょけど」


 フェイルラウドさんは苦笑。ジルビエッタさんはちょっと悔しそうにしてる。


「うちにもね、走竜が二人いるんですよ。黒い子と白い子がですね」


 犬と猫を比べるならどちらかというと猫派。でもトカゲ派の俺は、とにかくモフる。この羽のふかふかが気持ちいいいんだよね。


「あそだ。『ディズ・リカバー』、『フル・リカバー』。とりあえずこれでいいね」

『くぅっ?』

「うん。エジェリナさんもさ、悪素毒あったでしょう? うん。ガルフォレダくんのも治療してあるから不公平じゃないんだ。気にしなくてもいいよ」

『ぐぅ』

『くぅっ』


 ガルフォレダくんも寄ってきて俺の頭に顎を乗せる。エジェリナさんは俺に頬をすり寄せてくる。いや、麻夜ちゃんの気持ちがよくわかるわー。


「確かに昔、エンズガルドへ友好の証として走竜を贈ったと教えられましたけれど、……そういえば先輩」


 ジルビエッタさんは疑うのを諦めて俺たちの姿を見て苦笑してるよ。


「なんだい?」

「地下に行ってたみたいですが、何をされていたんです?」

「そうそう。なんとなんと、あのベガルイデを捕縛したんだよ」

「また夢でも見たんですか? 寝言は寝てから言ってくださいね?」


 呆れた表情のジルビエッタさん。フェイルラウドさんはどうやって信じさせようかと腕組みをして考えてる。俺は翼を指さしたんだ。すると彼はひとつ頷いた。


「こうしたら信じられるかな?」


 フェイルラウドさんは翼を大きく広げると、何やら呪文を呟いて、ゆったりと大きく羽ばたいて見せた。すると緩やかに風が起きて、天井近くまでふわりと浮いて見せたんだ。


「……な、なんでできるんですか? その、痛くないんですか?」


 驚いてる驚いてる。なるほど、普通の人がこうするとかなりの痛みが発生するってことなんだね。悪素毒の黒ずみは翼の先に出て、実際は翼の根元に蓄積されてるってことだ。


「ベガルイデを捕まえたのはタツマさんなんだけどね。こうしてくれたのもそう。これで天人族に遅れを取ることもない。もしかしたら、いや、そこまではまだ考えられないけれど……」

「飛べるようになったなら、奴隷のような扱いを受けなくても――」

「しっ」


 フェイルラウドさんは慌てて止める。


「あ、その、すみません」


 奴隷のような扱い?


「どういうことなんですか?」

「実は私たちアールヘイヴの民は、飛べない故に走竜を育てて助けてもらっています」

「はい」

「この地はタツマさんが想像する以上に高地でして」

「うそ。あの壁が高いだけじゃないんですか?」

「はい。そのため、この地に流れる川がありません。積もる雪も溶けるころには土に染みこんでしまいます。もちろん我々も、水が染みこまない貯水池をいくつも持っています。そこに雪を集めてある程度は確保できてはいます。ですが、全部飲んでしまうと畑に水をやれなくなってしまうのです」

「なるほど」

「昔の話なのですが、あの岩山の一部から水が湧いていて、飲み水として利用していたのです」

「うん」

「ですが、彼奴らが住み着いてから、水が止まってしまったと聞いています」

「うーわ。やったのバレバレじゃないですか」

「はい。間違いありません。彼奴らは自分たちで水を流すことができますから……」

「まじですか……」

「我々が持つ貯水池の水は、上澄みなら飲むことはできるのです。ただ、先ほども申したとおり、我々アールヘイヴの民が食べていくには、飲み水よりも畑の水を優先するしかありません」

「うん」

「あぁ、それでさっき彼女が言ってた『奴隷のような』に繋がるわけですね?」

「はい。彼奴らの国、レィディアワイズにはここより深く雪が積もるようです。あの国は岩山の上にあるものですから、雪解け水を貯めておける貯水池。湖を持っているというわけなのです」

「なるほど、その水が以前は湧いていた」

「はい。その湧き水を一時的に開放する代わりに、我々が作った作物を交換しろということになった経緯があります」

「湧き水を人質、いやいや人じゃないからなんて言うんだ? 占有か。あれ? そういや、お金じゃなくて物々交換?」

「はい。天人族は葉菜、根菜を主食とし、肉を一切口にしません。その代わりに芋類や穀物を取り入れていると聞きます。穀物は多めに交換してもらえるので、おそらくは醸造して酒にしているのかと……」

「なるほど、交換レート、んー、あいつらに渡してる作物の量と、解放するっていう水の割合。『奴隷のような』っていうのはあれですね。『農奴』みたいな扱いを受けているって思えるくらいに、納得がいかない。そういうことなんですね?」

「はい。ジルビエッタが言うのはそういう意味も含んでいます」


 どこかで聞いた話だな? どちらにしても、水がボトルネックなのか。こっちの地面は雪解け水が染みこんでしまい、あっちは岩山の上にあるから染みこみにくいときたもんだ。おまけにこっちよりも雪が降ってる。そういうことなんだろうな。


「だからあれだけ高圧的な態度をとれていたってことですか」

「はい。その上あやつらは私たちが飛べないことを知っています。走竜たちに頼っても、レィディアワイズへたどり着くことも難しいのです」

「そっかー。余裕ぶっこいてるってことなんですね」


 ジルビエッタさんは、俺たちの話を聞いてうんうんと頷いてる。


「えぇ。実に腹立たしい、……あ、先輩」

「どうしたのかな?」

「ということはですよ? ベガルイデを捕縛したというのは?」

「だから本当なんですって」

「……その、疑ってすみませんでした」

「いいんですよ、だって私も驚いてるんですから」

「そうだ。行きましょう。すぐに拷問をしましょう、……といいたいところですが、なぜ先輩は痛くなかったんですか? お酒でも飲んでます? いえ、お酒飲んだらもっと痛いですよね?」


 何やら混乱してるね。それなら、こっちが先だ。俺は手を差し伸べた。


「手、いいですか?」

「あ、はい」


 ジルビエッタさんの手はフェイルラウドさんと同じで綺麗なものだ。やはり彼女らは指先には悪素毒の黒ずみが出ない体質なんだろう。いい勉強になるよ、実際。


 やや褐色の肌。角の根元に細かい鱗。やっぱり龍人族って竜由来なんじゃないの? 虎人族さんや猫人族さんみたいにふさふさ毛並みの耳があったり、尻尾があったりするわけじゃないけどさ。


「『ディズ・リカバー』、『フル・リカバー』。ちょっと失礼しますね」


 俺は彼女の後ろに回る。翼の根元が黒くなっていないのを確認。そっと翼に触ると改めてこの部分が鈍感なんだと思ったんだ。


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