第192話 見覚えのあるフォルム。

 俺が前に回ると、フェイルラウドさんは翼を大きく開く。折りたたまれた翼、かなり大きいんだ。うん、黒ずみもみられないね。彼はゆっくりと羽ばたくような動きをしてみせてくれた。


「あれ? こうするとかなり痛みが出るはずなんですが……、何故でしょうね?」

「それはね、俺が痛みを消した。正確には悪素毒を治療したからなんですよ」

「え?」

「俺は別に、あの男へ痛みを分け与える魔法を持っているわけじゃないんです。一応、回復属性の魔法使い。ということになっていますね」

「ちょっと待ってください。……『ghdhg』」


 フェイルラウドさんは何やら小声で呟いた。そのあとひとつ大きくゆっくりと羽ばたいたかと思ったら、緩やかな風が起きた。すると彼の身体は天井付近まで上昇していくんだよ。


「なんとも懐かしい感覚です。まさかまた――」

「しーっ」


 俺は右手の人差し指を口にあてて、左手の人差し指で納屋のほうを差した。ベガルイデとかいう男が起きたらまずいからね。


「あぁ、そうですね。すっかり忘れていました。……ところでタツマさんはなぜここへ?」

「そういえばすっかり忘れてました。俺、あの男に拉致されたっぽいんですよ」


 俺はあの日にあったことから、上空より落ちるまでをかいつまんで説明。フェイルラウドさんは天人族の国の状況を教えてくれたから、それと照らし合わせて俺がなぜ拉致されたのかを一緒に考えることになったんだ。


「なるほど。あ、なんか唸ってる」

「そうですね。見た目以上に丈夫ですから」

「どこかに牢屋みたいなのってないんですか?」

「もう少し大きな町へいけば、私たちの詰め所があります。そこには一応、牢屋もありますから」

「ですか。ならそこへ行きませんか? このままだと肝心なことが『あれ』ですから」

「そうですね。では準備をしますので、お待ちいただけますか?」

「わかりました。あ、それは秘密でお願いします」


 俺はフェイルラウドさんの翼を指さした。


「わかりました。私だけでは判断できませんから、上司の指示を仰ごうと思います」

「やっぱりそうなるわけね」

「すみません」

「いえいえ」


 スマホを確認したいところだけど、魔道具を知らない国だったりしたら大騒ぎになると困る。だからとりあえず、宿をとってもらうまで我慢しよう。なに、慌てることもないでしょ。こうして自由の身になってるんだから。


 少し待ってやっと納屋のドアが開いたんだ。


「お待たせしました。準備が整いましたので行きましょう」

「はい」


 ドアをくぐるとベガルイデの乗せられた台車風の荷馬車がない。移送するために外に出したんだろうな。外から風が吹き込んでくる。雪もそれなりに降ってるみたいだわ。

 俺は慌ててインベントリから外套を取り出した。ロザリエールさん色の黒い外套。これ結構暖かいんだよね。


 外に出てあれ? なんだか見覚えのあるフォルムが目に入るんだ。赤い羽根見える。この雪だと馬車は厳しいかなとは思ってたけどまさか……。


『ぐぅ』


「もしかして走竜、ですか?」

「ご存じなのですね?」


 一応伏せておくべきか? いや、このベガルイデには俺の素性はバレてるんだからもういいか?


「いえその、……俺のところにもいるんです。黒い子と白い子がね」

「はい?」

「俺、ある国の王家関係者で、その」

「えぇええええっ?」

「しーっ」

「あ、その、申し訳ございません」

「ちょっと間抜けなことをしてしまって、ワッターヒルズで攫われてしまったんです。こいつに……」

「そうだったのですね」

「思い出したら腹がたってきた。『レヴ・ミドル・リカバー』、『レヴ・ミドル・リカバー』っと」

「――ぐっふっ、ぐっふぉ、ぶっふぉ」


 股間から口元から謎液が垂れ流しになってるし。あ、やばい匂いが漂ってきた。


「うわこいつ、とんでもないものまで漏らしやがった。臭い物はもとを絶たなきゃ駄目だね。『リジェネレート』」


 漏らしたものが巻き戻るように引いていく。おそらくズボンの中のやばいものまでベガルイデの体内に戻っていったはず。これで匂いも完璧。

 フェイルラウドさんも見てたから、状態が手に取るようにわかったんだろうね。ちょっと引いてる。


「容赦ないですね……」

「あははは」


 赤い走竜は伏せて俺たちを乗せてくれた。俺はフェイルラウドさんの後ろに腰掛ける。


「こいつは俺の相棒で、ガルフォレダと言う名です」

「そっか。ガルフォレダ。よろしくね」

『ぐぅっ』

「ガルフォレダ、ザイストの町まで頼んだよ」

『ぐぅっ』


 ゆっくり立ち上がると、てってこ歩き始めた。


「やっぱり俺たちの言葉を理解しているんですね」

「はい。こいつもそうですが、走竜はとても私たち人と同様、もしくはそれ以上の知能を持ち合わせていますので」


 確かに鞍はあるけど手綱がないんだ。落ちないように鞍に捕まるためのものがあるだけ。セントレナにもアレシヲンにもそうだったからね。言葉を理解しているから操る必要がない。それどころか、認めた人以外乗せないんだろうからさ。


「ちょっと急ぎますね。ガルフォレダ、頼む」

『ぐぅっ』


 アルフォレダは翼を広げて軽く跳びはねた。あ、やっぱり滑空するんだね。あらら、後ろの荷車が傾いてベガルイデが半分落ちそうになってる。けれど縄で縛り付けてあるから、落ちたりしないみたいだけどさ。


「私たちは飛ぶことができないのと、雪が降る期間の長い地域に住んでいるためですね」

「はい」

「作物を輸送するのに馬車では難しいため、こうして寒さにも強い走竜を育てることになったわけでして」


 走竜を育ててる? あれ? もしかしてここって?


「あの。あなたたちはもしかして、龍人族と呼ばれていませんか?」

「えぇ。私たちはただの人であって龍人という種族ではありません。ですが、アールヘイヴの民は国外から龍人族と呼ばれている、それについては間違いありません。おそらくはこの飛べない翼と、走竜を育てていることもあるのでしょうね」


 フェイルラウドさんの話によるとね、彼らには角はあるけれど、身体のどこかに鱗があるわけじゃないし、所謂ドラゴンみたいな尻尾を持つわけでもない。って言うんだけどさ。

 角の根元に細かい鱗みたいなのが見えるんだ。もちろん、服で隠れて見えにくいけど、翼の根元にも少し見えるんだよね。


 翼だけをみると、なんとなく龍をイメージするから。それと走竜を育てていて、竜とともにいるから。彼らは自分たちをアールヘイヴの民、『人』と呼んでる。けれど外の人からは龍人族、そう呼ばれていた。なるほどね、納得できる話だと思うよ。

 けどね、セントレナたちに似た瞳を持ってるんだ。どうなんだろう? もしかしたら本当は竜人族で龍人族のじゃない。竜と龍の違い?


 まさかとは思うけど、セントレナの羽とか天人族の羽のことを鱗って言ってたりしない? 今度こっそり聞いてみようかな?


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