第191話 どういうこと?

 フェイルラウドさんが足を止めた。納屋みたいな扉を開けると代車ごと入っていく。

 段差を越える際に揺れで気がついたのか、男がもごもご文句を言おうとしていた。俺はこいつの足に触ってさっきみたいに呪文を唱える。


「うるさいな。『レヴ・ミドル・リカバー中等症』」

「――ぐっふっ」


 身体を弓なりにさせてまで、痛みでまた気絶したみたい。フェイルラウドさんは扉を閉めながら苦笑してる。俺は小声で魔法を唱える癖があるから、彼には何を使ったのかわからないんだろうね。


「便利な魔法ですね」

「ありがとうございます。触れないと使えないのが難点ですけどね」


 下手に動かれても困るから目隠し猿ぐつわ。両手両足を後ろに縛って転がしてある。羽も縛って動かないようにしたんだ。ここまでやって逃げたら、それはそれで諦めるしかないってフェイルラウドさんも言ってる。


 納屋と思える場所からドアをくぐると、そこには事務所みたいな場所。大きなテーブルに四人分の椅子。


「そちらに座ってください」

「はい、ありがとうございます」


 俺が座ると、お茶を出してくれた。湯気が上がってる。いい香りのものだね。


「さて、……名をベガルイデというあの男。天人族の下級貴族というところまでは知ってはいるのです」

「貴族ですか」

「はい。ですが私たちは簡単に天人族あのベルガイデが住む場所へ行くことができないんです」

「飛べないから、でしたっけ?」

「そうですね。これだけ立派な翼を持って生まれてはいますが、私たちアールヘイヴの民には難しいんです。まだ幼いときには飛ぶこともできたんですけどね」


 幼いときにはそう苦笑するフェイルラウドさんの指もまた、黒ずみがないんだよ。もしかしたらここって、悪素の影響がないんじゃ? と思って聞いてみた。


「フェイルラウドさん」

「なんでしょう?」

「悪素毒って知ってますか?」


 するとフェイルラウドさんはさっきみたいに苦笑するんだ。


「それはもちろん。私たちも悪素毒に侵され続けています」

「あれ? 指が黒くなってませんよね?」

「すみません。アールヘイヴでは当たり前だったものですから」

「いえいえ」


 するとフェイルラウドさんは背中を向けた。


「この翼の根元、見えますか?」

「はい。……あ、これ」


 深紅ともいえる翼の根元が、どす黒く染まってる。これがもしかしたらそうなのか?


「そうです。私たちは手の指先ではなく、翼と足の先に出るんですね。目につきやすい翼が黒く染まるほどに浸食されると、じきに背中へ広がり、例外なく亡くなっています……」

「あー、うん。疑ってごめんなさい。やっぱり痛いんでしょ?」


 するとまた苦笑する。この人、それなりの立場なのかな? だからこうした笑い方するのかもだね。


「いえ、大丈夫ですよ。温める前の、痛みそれほどではありませんので」


 あーやっぱりか。場所は違っても、温めると痛いのは同じ。


「そうなんですか。でもこれ」


 俺はこの、ベガルイデとかいう天人族の男を指さした。どこをどうみても、真っ白なんだよ。おかしいだろう?


「おかしくないですか? どこをどう見ても、黒い部分がないんですよ」

「あぁ、そういうことですか。天人族の住む場所は、悪素の影響がないと言われているんです」

「え?」

「もちろん、ここより低い地域の水や食物を摂ったなら影響はあるんでしょう。ですがこいつらのレィディアワイズは、ここより遙か上空にあるんです」


 そういや以前、麻夜ちゃんと検証したとき、空気中に悪素の影響は及ばないかもしれない。そんな予測が立ったんだっけ?


「なんだ、そういうことなんですね。それなら話は早いかも」


 俺は立ち上がってベガルイデの近くに行く。足を触ってから、フェイルラウドさんにドヤってみせる。


「『レヴ・デトキシ与毒』、『レヴ・デトキシ』、『レヴ・デトキシ』。これくらいでいいかな?」


 プライヴィア母さんの第二関節まで染まったこの魔法。一度唱えるごとに浸食が進んでいく。三度目になると、手のひらの一部まで黒く染まってるわけだ。よく見ると、羽の根元までが黒く染まっているじゃないか?


「ふんっ。お前がいう『下民』の苦しみを知るがいいわ」


 うわ、フェイルラウドさん。さっきまで苦笑でスルーできていたのに、ぽかーんとしてる。


「これは、何をされたんですか?」

「地中にある悪素毒をくれてやっただけですよ」


 俺は椅子に座り直してそう答えた。理屈でいえばそういうことなんだよね。増幅するわけじゃないだろうから。相変わらず何が起きてるかわからないみたいだから、今のうちに俺の疑問も聞いてしまおうと思う。


「ところで、フェイルラウドさん」

「は、はい。何でしょう?」

「翼の先が黒ずむっていうのと、大人になると飛べなくなったというので察するにですが」

「はい」

「翼を動かす根元に悪素毒が溜まった結果、痛みかなにかが原因で動かせなくなった。とかじゃないですよね?」

「……はい。実際は、動かすと痛いからというのが正解ですけれど」

「なるほど。飛ぶ方法を忘れているわけじゃないんですよね?」

「そうですね。今でも小さな子供は家の中だけ飛びますから。外はほら、天人族が怖いので飛ばないように言い聞かせています」

「なるほどね。なんとなく察しました」


 俺は椅子から立ち上がってフェイルラウドさんの後ろに回った。


「ちょっと動かないでくださいね」

「えぇ。構いませんが」


 なるほど。翼の根元がぼんやりと、でも確かに黒ずんでいるように見える。


「ここ、押すと痛いですか?」

「……はい。その通りです」

「ならば。『ディズ・リカバー』、『リジェネレート』、『フル・リカバー』っと。これでどう?」


 もう一度押す。今度はかなり強く。


「……痛いというより、何でしょう。ほぐれるというかなんというか」


 よし。これならいけるかも。……あ、その前にあれだ。


「ちょっと待ってくださいね」


 俺は立ち上がって納屋へ向かう。あ、やっぱり気がついてるよ。何やらもがいてるもがいてる。


「もう少し眠っててくれないかな? 『レヴ・ミドル・リカバー』、『レヴ・ミドル・リカバー』っと」

「――ぐっふっ、ぐっふぉ」


 うん。気絶した。けど漏らしてるわ。とりあえずこのままでいいか。ちょっと臭いけど。


「よし、しばらく起きないでしょ」


 俺は納屋に繋がる扉を閉めた。フェイルラウドさんはちょっと呆れた感じだったね。


「何気に酷い扱いですね」

「俺を攫ってきたかもしれない捕虜ですからね。生かしておくだけ、ありがたいと思ってくれないと。……まぁ、それは置いといて。ちょいと羽ばたいてみてもらえませんかね?」

「ここでですか? 構いませんよ。少しなら痛まないと思うので」


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