第190話 ここはどこ? このままじゃまずい。

「……ぎゃぁああああああああああああっ!」


 足がなくなって男は倒れる。血が滴り落ちる足を押さえて、あまりの痛さに地面を転がって苦しみもだえる。


「『リジェネレート』、『フル・リカバー』」


「あれ? 痛みが消えた……」


 俺は男の胸ぐらを掴んで問う。


「おう。今度は手加減しないぞ? ここはどこだ? 俺に何をしやがった?」

「…………」


 つい声に出たのは仕方ないのか? こっちの質問には答えようとしないし。どうしようか?


「幻かなにかと勘違いしてるなら、痛みだけをくらってみるか?」

「…………」

「んもう、わがままだなー。『レヴ・リカバー負傷』、『レヴ・リカバー』、『レヴ・リカバー』、『レヴ・リカバー』、『レヴ・リカバー』、『レヴ・リカバー』」


 これは激痛を植え付ける呪文になるんだ。まだこれならいいよ。フル・リカバーのレヴとかならきっと発狂するはず。川虫くんは即死したけどね。

 これだけ連打したら、……ってあ、こいつ、びくんびくんいいながらこの程度で気絶したよ。ついでにしっこ漏らしやがった。男のくせして……。


 とりあえずこいつをひっくり返してうつ伏せの状態にして手足を縛る。口には捻った手ぬぐい突っ込んで猿ぐつわをかませてある。その状態でこいつの背中にどっかりと座った。


「『リジェネレート』、『フル・リカバー』。さて、俺の言葉がわかるかな?」


 漏らしたものも強制的に収納完了。痛みもなし。どうだ? 慣れたもんだろう?


『おー』


 なぜか拍手が上がった。

 俺が腰掛けてる男の背中にあるものと、周りの男性女性の腰から上にあるものが違うんだ。男のものは羽で、周りの人のは翼と言えばいいのかな?

 よく見るとある意味特徴的なヤツだ。白い髪、眉、白い翼。男のくせに細身で、イケメンでいやがる……。俺の嫌いなタイプだわ。


「あの、すみません。大変申し訳ないんですが、ここはどこなんでしょう?」


 俺が聞くと、見ていた一人のおっさんが教えてくれたんだ。


「ここはな、アールヘイヴのピレット村なんだがな」

「ピレット村ですか、なるほどなるほど。ありがとうございます」


 うん。わけわかんない。でも親切に教えてくれたんだ。礼は言っておかないとだね。


「これまた失礼な質問ですが、おじさんたちはどんな種族なんでしょう?」

「俺か? 俺たちは『人』だよ」


 皆さん頷いてる。なるほど、こちらの方々は自分を人と呼んでるわけだ。


「ちなみにこいつは?」

「あぁ。こいつは天人族といってだな、とても嫌らしい奴等なんだ」

「嫌らしいとは心外だ」

「なんだよ、口がきけるじゃないか?」


 なんだこいつ? よく見ると、指が綺麗すぎじゃないか? 悪素毒の黒ずみがまったくないぞ?


「――天人族が捕らえられたと聞きましたが」


 おや? 丁寧な言葉使いの人がきたな。見た感じ警備兵というより冒険者に近い服装だけど。


「捕らえたといっていいのかな? 俺も状況がよくわからないんですけど、こいつが何かしたということだけは間違いないと思うんですけどね」

「……状況がよくわからないのですが。とにかくですね、まさか天人族を捕らえられるとは思っていませんでした。こんな機会はありません。色々と吐かせないといけないので、ご協力を――」

「なぜ我らを敬わない? 土地を貸し与え、水を与え、生きながらえる許可をも与えてやっているというのに」


 おぉ、口が回る回る。なんて上から目線な台詞なんだよ。ちょっとムカついたから俺は、こいつの手首を掴んでお仕置きするつもりになったんだ。


レヴ・ミドル・リカバー中等症

「――ぐっふっ」

「あ、泡吹いて倒れちゃった。そんなに痛かった?」

「……何をされたのですか?」

「うん。ただの魔法ですよ」

「そう、なんですね。では、ご協力お願いしますね」


 なんとなく察してくれてる感があるね。これ以上聞かないで、みたいな。でもやっぱりこいつの指、悪素毒の黒ずみがないんだよな。


「はいはい」

「あ、遅くなりましたが、私、このピレット村に配属されている警備部のピレット村部隊長をしています。フェイルラウドというものです」

「あ、はい。タツマです」

「では、こちらへどうぞ」


 おぉ、何やら俺に手を振ってくれる人が結構いるぞ? 何でだ?


「あぁ、それは歓迎されますよ。なにせ、天人族こいつを捕まえたんですから」

「そうなんですか?」

「はい。我々はこいつらから危害を受けることがあります。こいつらにとって、ただの面白半分、道楽なのかもしれません。ですが、空を飛ぶので捕らえることができないんです。逃げてしまえば追うことが不可能なんです……」


 リアカーのような手引きの馬車もどきで移送中。猿ぐつわをかましてあるから、『むぐー』としかしゃべれないこの男。ある意味なむーという感じだ。


「あれが見えますか?」


 フェイルラウドさんが指さすのは畑の先にある大きな池らしきもの。指が動いてその先には、かなり遠くに見える断崖絶壁になった崖。ただひたすら上空へ続く岩山。ところどころに雲がかかっている。頂上は見えない。どれだけ高いんだろう?


「あの上に天人族の国があります」

「うわ、まじですかー」


 これは飛べなきゃ無理だ。それにしても、この人たちも立派な翼を持ってるじゃないの? 翼持ってても飛べないとか? 何か理由が聞けたらいいんだけどな。


 すっごいなここ。右見ても左見ても、畑畑畑畑畑畑。ただ季節的に収穫が終わってるのか、薄く雪に埋もれた土ばかりなんだけどさ。今も空から細かい雪が降ってるんだよね。

 さっきの人たちもこのフェイルラウドさんもそうだけど、かなりの厚着。でも腰から翼が出るように加工されてる。ひとりで着るのは慣れないと難しそうな服だな。

 彼らに比べたら薄着の俺は寒くないといえば嘘になる。けれど我慢できなくはないんだ。あとでインベントリから外套を出せばいいし。


 ここは、同じ魔族領だと思うんだけど、木製の建材を使っていた黒森人族の集落と違って、全体に石を組み上げて作られた家が多いんだ。精度は高くないみたいだけど、丁寧に組み上げられていて、隙間をモルタルみたいなもので埋めてある。

 雪がちらつくエンズガルドあたりとは違っていて、しっかりとここは積もるくらい降ってる。建物は二階以上はない感じ。屋根にも雪が少し積もってるのが見えるんだ。


 村というだけあって、メインストリートはない。大きく広い広場を中心に弧を描くように家が並んでる。多分この広場で収穫の作業なんかを行っていたんだろうね。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る