第189話 ヤバい、また怒られる。
プライヴィア母さんの代わりに処理する書類の山に揉まれ続けて結構経つ。やっと七割終わったあたり。夕方前にまた呼ばれて、麻夜ちゃんを治療。
「兄さん、先に帰ってるねん」
こっちの屋敷にも麻夜ちゃんの部屋があるから、ゆっくりできるんだよね。
「セントレナたちのおやつもお願いね」
「パンに串焼き挟んでのあれね?」
「そそ。好きなんだよ。二人とも」
20時過ぎて、書類整理がやっと終わった。冒険者ギルドの建物を出て、町中を歩いているときにふと思い出した。
「そういえば最近やってなかったな」
俺はそう思うと、ワッターヒルズの町を出て、いつもの小高い丘へ向かった。そう。即死鍛錬のことだね。エンズガルド行ってから、しばらくやってなかったんだ。
「今日こそ、走馬灯見たいもんだね」
あ、忘れてたよ。麻夜ちゃんにメッセージ送っておかないと。
「『これからちょっと走馬灯みてきます。あとで丘の下に迎えお願いします』送信っと」
『ぺこん』
『相変わらず悪趣味だねー。兄さんらしいといえばらしいんだけど』
褒められているんだか、けなされているんだか。
▼
あれ? 暗いぞ? どこだここ?
ベッドに寝かされてるっぽいけど、手が動かない。固定されてる? 足もか? 手首曲げても指先に触れない。動かないし、何やら木なのか鉄なのかわからないけど、かなりごっついので固定されてるような気がする。
目隠しされてるから『知らない天井』すら言えないのは、辛いものがあるよわ。まだ余裕あるな、俺って。でもこれ間違いなく何者かに攫われたっぽい。
最低限息はできてるから、ここが水の中とか地中ってことはなさそうなんだ。
最後の記憶は確か、橋を渡りきろうとしたときだ。元々薄暗かったけど、橋が見えなくなるくらいに辺りが真っ暗になったのだけは覚えてる。あのとき何かあったのか?
あぁ、なんとなくだけどロザリエールさんの魔法に似てるのか。そのあと眠らされたかなんかしたということだな。うーん、ロザリエールさんと同じ系統の魔法を使うヤツがいるかもしれないのは頭に入れてたとはいえ、まさかこうなるとは思わなかったよ。
『個人情報表示謎システム』の生命力を見た感じ、残り一割になっていないから死んでいたわけじゃない。魔素も枯渇していない、満タンで常に『パルス』も回ってる。
魔素が枯渇するような魔道具をつけられて、捕縛させられたらいくら俺でも死ぬだろう。その懸念はプライヴィア母さんにもロザリエールさんにも同じようにツッコまれた。
だから今回は最悪のパターンではない。俺を研究された上での仕業というわけではない。おそらくは突発的、またはダメ元状態で実行したと思われるわけなんだよな。
時間は午前11時になってる。目隠しされてても見ることができるのは助かるけど、どれだけ寝てたんだよ。どこかに日付ないのか? 確かあっちの日付で四月四日だったはず。それがわかったら何日経ったか逆算できると思うんだ。時間タップしても日付にならない。やっぱり駄目か。
どっちにしても、固定されてる対象がわからないと何もできないぞこれ。鑑定もってないのがこういうところに出るんだよな。羨ましいよ、まったく。
それより何より、コーベックさんとの約束ぶっちしたのがバレたら、また串焼き5本の刑に処される。まずい、これは実にまずい……。
幸い、時間だけはありそうだ。なにせ昼だっていうのに、誰もここにいないんだ。何か相談をしてるのか? それとも準備をしているのか? はたまた輸送中なのか?
揺れてないから馬車とかはないと思うんだよな。
どうするか? 方法があるにはあるんだけど。戻れるかどうかわからないんだよな。部分的にかかってくれたら助かるんだけど。
最悪失敗しても戻るのは実験済み。ただ、俺の身体でテストしていないからどうなることやら?
おや? 何やら少し揺れたような気がする。地震か? それともやっぱり運ばれてる最中なのか?
まぁ、仕方ないか。右手の親指と人差し指で輪っかをつくって指先を意識する。そこからまっすく肘までを対象にする感じでこう、歯を治したときのように念じて。
「『
痛い、かなり痛い。けれど我慢できなくはない。やばい。右腕が上がるようになったけど、肘から先の感触がないわ。肘から先を意識して……。
「『
おぉ、やってみるもんだ。右手が復活したわ。痛みもなんとかなった。
まずは目隠し。なんだここ? 真っ暗で何も見えない。とにかく同じようにして、左腕、右足、左足と無理矢理自由を取り戻した。
身体をゆっくり起こしてみる。すると『ごつっ』と途中で頭がぶつかる。
エンズガルドで麻夜ちゃんと検証したときは、生き物じゃなくても魔法の効力はあった。水から悪素を取り除いたのがいい例だ。ということはこれにも効くだろう。俺は頭をぶつけた天井に触れて呪文を唱えた。
「『レヴ・リジェネレート』」
一瞬、明るい空が見えたかと思ったら。どこかで見た覚えのある光景。そうだ。セントレナの背中から何度もみてる。空から地上へ降りるときの――。
「お?」
落ちてる落ちてる落ちてる落ちてる落ちてる落ちてる落ちてる落ちてる落ちてる。放物線を描いて落ちてる、……っていうか落ちた。
ややあって意識を取り戻す。ほんの数秒だったはず。『個人情報表示謎システム』では生命力が十分の一になっていたから死んでたはずだ。
「どこだここ?」
手が冷たい。氷を触ってるみたいだ。薄く目をあけると、何か白いのが見える。もう少し目を開けてみたら。
『ひぃっ!』
そんな悲鳴だけが連鎖する。俺を見る目が皆、怯えている。まるで化け物でも見るような目に見えたんだ。
俺はどこぞの町中に落ちたらしく。俺の周囲には数人いるっぽい。一定の距離を置いてつかず離れず観察されているような気がする。
見たことがない種族みたいだ。皆、耳の前あたりから後頭部に向けて赤い角が生えてる。
人それぞれ長さ形は多少違うけれど、似たような感じ。それでなにより、背中のあたりに同色の羽見えるんだ。
「畜生、まさかこんな下民たちの里で落下するとは……」
下民だ? 聞き覚えのある言葉だな?
「枷が見当たらない。どうやって外したんだ? それにあの棺はどこにいった? どちらにしても死んでしまったのはどう報告すべきだろうか?」
なるほど、こいつが俺を攫いでもしたんだな。落下して死んだと思ってるみたいだから、とりあえず死んだふりを継続しよう。
蹴飛ばされて、横向きになっていた状態から仰向けにされたのがわかった。その瞬間、俺はそいつの右足を掴んだ。
「――えっ?」
何やら固まってる男性。ここにいる人と見た目が全然違う。俺はこいつの足を掴んだままある意味呪ってやった。
「『レヴ・リジェネレート』」
黒い塵になって崩れていく男の右足。そこから血が噴き出し、ズボンの裾を染めていく。
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