第188話 総支配人のお仕事。

「お願いっていうと?」


 コーベックさんが開口一番、お願いと言ってくるんだ。


「お館様は、冒険者ギルドの総支配人代理になられました、間違いございませんね?」

「うん。そういうことになるね」

「それならですが、属性表示補助板魔道具をひとつ貸してほしいです。その上で、分解まで許可をいただけたら助かるのですが」

「あー、あれか。あれってスペアあるのかな?」

「スペアというと、予備品のことですよね。それでしたらこっそりとですが、ニアヴァルマが首を縦に振ってくれました」


 ニアヴァルマさんって、あぁ。クメイリアーナさんの代わりに切り盛りしてくれてるんだろうな。


「それってさ、俺がお願いしてる例のやつに関係してるんでしょ?」

「はい。飛文鳥にどうしても不明な部分がありまして、どの属性が備わっているのかを解析したいのです。そこで思いついたのがあの魔道具でございます」

「なるほどね。うん。とりあえず、母さんに打診してみるわ。それでいいよね?」

「はい。構いません」

「麻夜ね、ここでアレシヲンたんたちとお話してるから」

「はいはい」

「いってらっしゃい、兄さん」

『ぐぅ』

『くぅ』

「行ってくるね」


 一歩歩こうとした俺の前に、馬車が停まるわけよ。


「あれ? 何これ?」

「お館様。お久しぶりでございます。それじゃ、コーベックさんあとはお願いしますね」


 そう言って手を振りながら帰って行くここの厩舎担当オーヴィッタさん。


「あのですねお館様」

「はい?」

「あなたはエンズガルド王国公爵家の跡取りなんです。そのようなお方を私たちは、歩かせるわけにいかないと、そう思いませんか?」

「うあ、まじか」

「あははは」

「こうなったら、ベルベさんいたりする?」

「……へんじがない、いるわけがないのであった」

「うわ。いたら護衛してもらおうと思ったのに……。仕方ない。ロザリエールさんの部隊が整うまでの我慢だ、我慢」

「いってらっしゃーい」

『ぐぅ』

『くぅ』


 仕方なく俺はこの短い距離を馬車で移動することになってしまったわけなのよ。


 乗っているのはプライヴィア母さんの馬車。なんとも懐かしい。引いてる馬さんたちも俺を覚えてるみたいだったよ。

 がたごとと揺られながら、ギルド本部の建物裏手。両開きの門が開くと、馬車ごとイン。


「お帰りの際は、麻夜様へご連絡をお願い致します」

「はいはい」

「くれぐれも、歩いて帰ろうだなんて思わないでください。もし何かあったりしたら」

「コーベックさん、それフラグだから。ま、死んだりしないから大丈夫なんだけどね」

「そういう問題ではございません。体面というものがございますから」

「面倒な立場になってしまったものです、はい」


 苦笑しながら馬車を戻すコーベックさん。裏手を開けてもらうとそこには、ニアヴァルマさんがいた。


「お館様。早速ですみませんが」

「ニアヴァルマさんお疲れ様」

「はい。ありがとうございます。いえ、そうではなくてですね」

「あ、ごめんね。話の腰を折っちゃって」

「いえ、その。クメイリアーナさんはいつ戻られる予定ですか?」

「あ、先日解雇されたよ」

「はい?」


 きょとんとしちゃうニアヴァルマさん。


「母さんが直接解雇しちゃったのよ」

「いえ、何でまた?」

「クメイさんね、ウェアエルズの女王陛下になったのよ」

「はい?」

「とにかく総支配人室で話すから、受付大丈夫?」

「はい。大丈夫、ですが……」


 通路を通って総支配人室へ。ドアを開けて立派なお部屋。窓際中央にある机に備えられた椅子にちょこんと座る。


「うーわ。母さんのサイズだからかなり大きいな」

「何をされているのですか?」

「あー、俺、総支配人代理になったんだ」

「……はい?」


 『ニアヴァルマさんはこんらんしてしまった』みたいな感じ。色々ありすぎて、追いつかないみたいだわ。


 ソファーに移動して俺はかいつまんで説明。やっとこさ納得してくれたんだけど。


「……私一人で切り盛りするんですか?」

「あぁ、それならさ。誰か一人黒森人族から呼んでもいいから」

「では、ブリギッテ姉さんを連れてきましょうそうしましょう」

「いいの?」

「我々女衆のまとめ役とはいえほぼ雑用ばかりで、これといって決まったことをしているわけではないんです」

「なんと」

「受付の補助と事務方を一切まかせてしまいましょう。そうしたらブリギッテ姉さんの本領を発揮できるかと思いますから」

「なんだかなぁ。でもそれでいいならいいよ」

「はい。今夜にでも『お館様命令』だと伝えておきますね」

「あらら……」


 俺はインベントリにある項目をタップ。手のひらに鳥を模した魔道具が出てくる。鷹みたいな綺麗なフォルムの魔道具なんだけど、手のひらサイズなんだよね。鳩じゃなく鷹なのが、あっちの世界と違うところ? 作った人の趣味かもだけどね。

 ここに確か、あったあった。両足部分に手紙を格納できる空間魔法が盛り込まれてるんだ。こんなに小さいのに、紙1枚入っちゃうっていうんだから、不思議魔道具だよね。

 あー、そっか。ロザリエールさんが持ってるあのポーチみたいなやつ。あれと同じ理論か。なるほどね。

 これに『属性表示補助板魔道具をひとつ分解してもいいですか? 文字で長距離をやりとりできる、新しい魔道具を考案中のため』と書いて収める。最後に、この机の引き出しにある、……あったあった。米粒大の魔石を食わせて、窓を開けて手のひらに乗せる。


「おぉ。本当に飛んでいった。これで半日くらいであっちに届くってんだから、たいしたものだよ」


 そこからがある意味地獄だった。プライヴィア母さんの代わり、総支配人代理のお仕事。主なものは承認待ちの案件に対する許可などの書類に目を通して、許可、不許可の判断。

 これがまためちゃくちゃ多いんだ。あっちに行って時間が経つから、それなりに書類が溜まっていて、目を通すのに時間がかかることなんのって。


「もしかして母さん、これ知ってたな?」


 書類に目を通して、許可、不許可の印をぺったん。ぺったん。実に200枚はあったと思う。適当にやるわけにいかないし、判断に困るものもかなりあったよ。

 その間に、お昼が届けられてロザリエールさんの味が懐かしく思えてしまう。たった数日なのにね。

 午後も続けて目を通してはぺったん、ぺったん。半分終わって一段落したところで、ニアヴァルマさんに呼ばれる。そこで悪素毒治療に来ていた麻夜ちゃんと会う。


「兄さんごめん、これお願い」

「はいよ。『ディズ・リカバー』、『フル・リカバー』っと。あと何人?」

「んっと、50人かな? またあとでお願いね」

「はいよ。俺は書類の山に埋もれてくるわ」

「いってらー」

「あいあい」


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