第186話 目の前にある、あちらの世界。

 俺たちが落ちてきたと思われる天井は5メートルくらいありそう。バスの残骸の外側には、白い文字で魔方陣が書かれている。


「麻夜ちゃん」

「うん。撮ってるよん」


 麻夜ちゃんはスマホの録画モードで動画を撮ってる。ぐるりと周りを歩いて、余すことなく撮っていた。俺は動画じゃなく写真で残していく。もちろん、書かれていると思われる魔方陣の文字もそう。


「兄さん、これいけそう? 麻夜はレベル低いから大きいのはダメなのよ」


 麻夜ちゃんが指さすのは、バスの座席の残骸。壊れてはいないけれど、何やら錆ともなんともいえない老朽化が発生してる感はあった。


「今まで一番大きかったのはベッドなんだよね。……『格納』」

「おー」

「おぉ」


 麻夜ちゃんも驚いたけど、やった本人が一番驚いた。いけるもんだ、こんなに大きいのが……。


「『くず鉄』だってさ」

「あらま……」


 俺も麻夜ちゃん呆れるしかなくなった。


「兄さんそのまま後ろに下がって」

「うん」


 麻夜ちゃんのスマホから、シャッター音が何度も聞こえる。今度は写真撮ってるんだね。バスをどかしてみてわかる、足下の大きな魔法陣。これは消されなければ、何かの手がかりになるかもしれない。


「少なくともさ」

「うん」

「あの書庫状態になってるどこかにあると思うのよ」

「単体か、それとも組み合わせか」

「だね。でも麻夜はさ」

「うん?」

「あの書庫調べるつもりはないのよ」

「あれま」

「そんなことよりレベル6の『オラクル神託』が最優先」

「あ、そっちか。うん、一番怪しい」

「そっそ」

「でもそれ、俺の『リザレクト』と同じカンスト系じゃない?」

「うん。兄さんが生き証人。たどり着ける証拠なのよねん」


 麻夜ちゃんの目に希望の光は消えていない。あれはゲーマーの目だ。


「ただあの呪文」

「『ホーリー・ピュリフィケイション聖浄化呪文』だっけ?」

「そうそう。毎回舌噛みそうでいただけないのが残念」

「あははは」


 麻夜ちゃんとも話し合ったことがあったけど、俺はどのレベルの呪文も無詠唱に至っていない。できるのは『個人情報表示』と『格納』だけ。これらはきっと魔法じゃなくスキルなんだと思うわけよ。

 ただね、『パルス』がある以上、なんらかの方法があると思ってるんだ。あれは俺が唱えてないから、ヒントがどこかにあるはず。そう思うと楽しくなってくるのがゲーマーってもんだよね。


「あ、そうだ忘れてた」


 麻夜ちゃんが俺に抱きついてくるんだ。


「お、お、どしたどした?」

「麻夜ね」


 麻夜ちゃんは俺を見上げる。こう、美少女に抱きつかれるのは慣れたわけじゃないけど、彼女はこうして匂いを嗅ぐ癖があるから、少しだけ慣れたんだよね。


「うん」

「今日で十九歳になりました」


 こっちはまだ真冬だけど、あっちの世界の日付ではもうとっくに年は越してるってことか。俺たちがこちらへやってきたのはあちらでも冬になる前。

 俺たちがこっちへ来てもう四ヶ月をとっくに過ぎてる。そっか、もうあっちでは四月を過ぎてるわけか。


「まじですかー」

「まじですよん」

「てか、どうやって日付を知ってるの?」


 時間は『個人情報表示謎システム』で知ることはできる。けれど日付はあちらとこちらのリンクがされてないはず。


「ん? スマホ」

「え? 充電されてるだけじゃなくて?」

「うん。時計もカレンダーもきっちり動いてるっぽいよん」


 スマホの時計が動いているなら、カレンダーも動いてる。なるほどね。


「それは盲点だったわ。うん。麻夜ちゃん、誕生日おめでとう。言ってくれてたらさ、何か用意したのに」

「いいのいいの、ありがとうねん。それじゃ、撫でろ」

「それでいいなら、うん」


 ぼふっと俺に抱きついてくる麻夜ちゃんの頭を撫でる。これくらいなら、おかげでできるようになった。これも彼女がたまに抱きついてきては匂いを嗅ぐせいかもしれないね。


「むふー、むふーっ。兄さんの匂いは健在。でも、ぐもあじゃないのが残念でならない」

「あのねぇ」

「麻夜ね、四月四日生まれなのよねん。麻昼ちゃんもだけど、……あれ?」

「どしたの」

「兄さんはいつなの?」

「俺? 俺は元旦」


 俺は本来大晦日が予定日だったらしいんだけど、なかなか生まれなくて結局年をまたいだらしい。それで元旦生まれの俺が誕生したってわけだ。


「へ?」

「とっくに過ぎてるわけよ。ま、三十超えたら数えたくないからほら」

「駄目でしょ。祝わなきゃ。帰ったらお母さんとダンナお母さんにいいつけてやる」

「あのねぇ……」

「ロザリエールのお姉さんにも怒ってもらわないとだね」

「やめてちょ」

「――あ、そだ」


 何かを思い出したかのような麻夜ちゃんの表情。


「ん?」

「麻夜ね、欲しいのがあるのよ」

「なに?」

「兄さんのインベントリにさ、ズタズタになったシャツ残ってるでしょ?」

「あるにはあるけど」

「それの切れ端ちょうだい」

「そんなのでいいの?」


 俺は『ぼろきれ』になったシャツをインベントリから取り出した。


「おぉおおお。これよこれ。これぞぐもあの香り」


 俺の手のひらにあるシャツに鼻先を近づけて深呼吸する麻夜ちゃん。


「あー、そっか。ってはやっ」

「いただきました。ありがとう。大事にするねん」


 あっさりインベントリに格納しちゃったよ。


「フリーザーバッグを再現して、小さく切ったのをそれに入れて、嗅ぐんだ」


 上が圧着チャック状態になってるビニール袋のことね。


「ぐもあを再現するんじゃないんかいっ」

「少なくともね、インベントリに入れておけば匂いは抜けない。小さく切って、袋に入れて嗅ぐんだ……」


 何それどこの危ない遊び?


「あのねぇ……」


 嬉しそうな麻夜ちゃん。まじで匂いフェチだったのか。


「ちょいちょい」


 麻夜ちゃんが手招きしてる。


「どしたの?」

「おかえし」


 急に俺の顔をがしっと掴むんだ。続けて『ちゅっ』という効果音? いや、なんだこれ? そのあと俺を顔を抱きしめるもんだから、頬に柔らかいのがあたるんだよ。


「麻夜からのプレゼントなのですよ。兄さんも誕生日おめでとうなのです」

「あ、ありがとう」

「麻昼ちゃんほど、おっぱい大きくないけど」


 俺をそのまま胸に抱いてるし。うん、まじ恥ずかしい。


「大丈夫、俺、『おっぱい宇宙人』じゃないから」

「ならいいけどね。朝也くん『おっぱい宇宙人』らしいから」

「まじですかー」

「むはー、むはー」

「だから頭に顔をうずめないでって……」


 それが目的だったのか。柔らかいのは嫌いじゃないけどさ。


 麻夜ちゃんとこの屋敷を散策して、気になったものを格納しまくって。離れも見て回った。


「こんなものですかね、兄さん」

「だね、麻夜ちゃん」


 外ではセントレナたちが待ってくれていた。俺たちを乗せて軽くひと飛び。王城に隣接した冒険者ギルドの建物。ここもちゃんとレンガのモザイク壁になってるんだよね。


「あ、麻昼ちゃん、朝也くん。誕生日おめでとん」

「ありがとう。麻夜ちゃんもおめでとう」

「麻夜姉ちゃんもおめでとう」

「……あれ? 麻夜ちゃんと麻昼ちゃんだけじゃなく?」

「兄さん、それより」

「あ、そうだ。麻昼ちゃん、朝也くん。誕生日おめでとう」

「ありがとうございます。おじさん」

「ありがとうございます。おじさん」

「なんとも懐かしい響き……」


 久しぶりに聞いたよ、このフレーズ。


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