第185話 あの世界の痕跡。

 セントレナとアレシヲンに晩ご飯を食べさせて、部屋割りを終えてから風呂に入って、一段落したら一階に戻ってきた。

 どっこいしょと寝転がっているアレシヲンの身体を背もたれにして座った麻夜ちゃん。俺も麻夜ちゃんの前の床に腰掛けたんだ。


「兄さん」

「ん?」

「麻昼ちゃんに教えてもらったんだけどね」


 麻夜ちゃん、いつもの口調じゃない。


「うん」

「バスの座席ね、……あの日のまま、残してあるんだってさ」

「うん。俺はしっかり記憶に残ってる。麻夜ちゃんたちが無事なのを確認したあと、意識が飛んだあからね」

「そなんだー。麻夜はあっちの世界っきり見てないんだよね。……それでさ、近いうちあの屋敷取り壊すっていうから、早めにみておかないとなんだよね」

「そっか、うん。明日見にいこっか」

「ありがと、兄さん」


 麻夜ちゃんはアレシヲンのお腹に顔を埋めた。少し匂いを嗅いでまたこっちを向いたんだ。


「中庭でね」

「うん」

「朝也くんにはっきり聞いたのよ」

「うん」


 俺がリズレイリアさんに会ってたときね。


「『あっちの世界に未練はなかったの?』って」

「あー」

「そしたらね」

「うん」

「麻昼ちゃんがいるから大丈夫だって。麻夜の目を真っ直ぐ見て言い切ったのよ」

「そっか。それは凄いな」

「麻昼ちゃんはほらヤンデレがが本質だから。良くも悪くも朝也くんがいたらそこが麻昼ちゃんの居場所なの。それはもう、小学校一年のときからそうだったもんね」

「あははは……」


 6・3・3の積み重ねか。それはもう大変だったろうな。


「でも二人がもしさ、あっちの世界に未練があったなら麻夜ね、どうしなきゃいけないかずっと悩んでた」

「それはなぁ。こちらから戻る方法があったとしても、本当に元の場所に戻ったかなんて確かめようがないからなぁ」

「それなのよ」

「でも探すつもりだった?」

「うん。あの元国王もどきを脅してもね、吐かせるつもりだった。もちろん、二人があっちに帰りたいって言ったらだけどね」


 あれはきっと、何も知らないかもなんだよな。その手がかりはおそらく全部、俺が踏んだあの元当主が墓の中へ持って行った可能性が高いし……。


「でも幸い、麻夜ちゃんの話しぶりから察するに」

「うん。大丈夫っぽい」

「よかったのかな?」

「うん。麻昼ちゃんはね、新しいお母さんが優しくしてくれてるから幸せだって」

「リズレイリアさんならそうだろうね」


 髪の色、肌の色が違っていても、リズレイリアさんなら大丈夫。自分よりも城下のみんなを心配するくらい、優しい人だからさ。


「うん。麻昼ちゃんはね、朝也くんを立派な王子様にするんだって言ってた」

「なるほど。女王の息子だからいずれ即位することになるわけか」


 麻夜ちゃんは天井を見上げて続けた。


「麻夜はさ、ゲーマーじゃない?」

「うん」

「だかららさ、この世界が楽しくて仕方なかったのよ」

「俺もそうだったよ。ギルドに行くまではね」

「あー、抱え込んじゃったからね。兄さんは……」

「ごめん、話の腰を折って」

「大丈夫よ。でもね、麻昼ちゃんにも朝也くんにも、楽しみだなんて口を滑らせるわけにいかなかった」

「あー、そうだろうな」


 すべて終わって、今日やっと聞けたから。


「ワッターヒルズ行ってさ、エンズガルド行ってさ」

「うん」

「今すっごく楽しいの。兄さんには悪いと思うけどね」

「いいって、俺だって悩んでばかりじゃないから。麻夜ちゃんがロザリエールさんにバラしてくれたおかげでね」

「あははは。あれはほんと、打ち明けて良かったと思ってるの。年下の麻夜が何言ったって、どうにもならないと思ったからね」

「そんなことは、……うん。実はさ」

「串焼き5本のお仕置きはもう嫌だ。でしょ?」

「よくご存じでいらっしゃる。胃袋捕まれてしまってる俺にとっては、あれはきついのよ、結構」


 やっと柔らかい話になって安心したよ。麻夜ちゃんも少し力が抜けたみたいに見えるし。


「あふ、眠くなってきたから、あとは明日ねん」


 いつもの口調に戻ってきたね。


「はいよ、おやすみ」

「おやすみねん」


 俺は麻夜ちゃんを見送ると、アレシヲンの頭を撫でる。


「『ディズ・リカバー』、『フル・リカバー』っと。お疲れ様。おやすみ」

『ぐぅ』


 アレシヲン半目だけ開けて、俺を見てそのまま目を閉じた。俺はそのまま三階へ戻った。ドアを開けると、部屋の中央にでっかい黒いマリモ。なんだやっぱりか。


「セントレナ」

『くぅ』

「いないと思ったらここだったんかい?」

『くぅ』


 セントレナは、俺の部屋でちゃっかり居場所を作ってたわけだ。


 ▼


 翌朝、久しぶりに朝食をセテアスさんの宿で食べさせてもらった。


「まさかここで、ロザリエールお姉さんの味に出会えるとは思わなかったのよん」


 温野菜のサラダにマヨソースがかかってる。俺は知ってたけど、麻夜ちゃんは知らなかっただろうからね。


「私はロザリエールさんの弟子ですからね」


 そう言ってくれるのはセテアスさんの奥さんで、いずれ公爵夫人になるミレーノアさん。ここはもう、スイグレーフェンでも一番の飲食店になってるらしい。俺たちは無理言って開店前にお邪魔させてもらったんだ。


「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした」

「はい。ありがとうございます」

「セテアスさん、毎日戻ってきています?」

「たまに戻ってこないときもありますが、あの人は見かけより丈夫ですからね」


 そう言って笑うミレーノアさん。肝っ玉母さんな貫禄なんだよね。


 俺たちは二人で神殿に向かった。ここはギルド直営の回復属性持ちが勤める治療施設になってる。


「あれ? ジュエリーヌさん。今日はこっちですか?」

「急遽こちらになったんです。やっぱりタツマ様が来たんですね」

「あははは」

「それでこちらの方は、あ、噂の聖女様ですか?」

「知ってるくせに」

「はい。もちろん覚えています。麻昼様の妹君の麻夜様ですよね」

「なんと」

「うははは。しっかり送っておいたのよ。飛文鳥でね」

「酷いよ兄さん……」

「俺ばっかし聖人様って呼ばれるのは不公平だからね。あ、今日の治療は主に聖女様が行うから」

「だーかーら」

「そうなのですね。では、いつもの段取りでいいですか?」

「うん。あのときみたいにお願いね」


 ▼


 治療に来ていたのは50人ほどだった。症状も軽い人ばかりで、重たい人は数名。そちらは俺が担当したから。


「経験値うまうまでした」


 とまぁ、こんな感じだったわけ。


 俺たちはそのあと、今は使われていない旧侯爵邸に来ていたんだ。麻昼ちゃんが書いてくれた見取り図に従って、魔方陣とバスのある部屋へ。


「あぁ、なんとも懐かしいというかなんというか」

「うん。兄さんが座ってた席が、ぶった切られてるねん」

「背もたれ部分しか残ってないよ。だからよくまぁ無事にこっちへ来たと思って」

「背中、全裸状態だったんだけどねん」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る