第182話 短い滞在美味しい経験値。
「ふぅっ、……経験値、美味しゅうございました」
「まーた、俺以外にわからないことを言う」
「ごめんしてね」
麻夜ちゃんは手を合わせて笑みを浮かべる。
このワッターヒルズには神殿がない。このあたりはプライヴィア母さんが言うとおりだった。
それでも今日、気になって治療に来た人は100人程度。そのほとんどがコーベックさんや受付のニアヴァルマさんみたいに、よく観察しないとわからないくらい。それだけコーベックさんが作った水の魔道具の効果が高いということだね。
今日の治療は俺はオブザーバー。魔素が尽きる前に『マナ・リカバー』をかけてあげるだけの簡単なお仕事。並んだ人はすべて、麻夜ちゃんの経験値になりました。
それでもお昼を食べたあと、二時間くらいで終わったから、麻夜ちゃんも慣れてきたんだと思うよ。そのうち麻夜ちゃんだけで一日200人とかいけるんじゃないかな? ここやスイグレーフェンみたいに、悪素対策がしっかりしてるところに限るけどね。
ギルドで治療を終えた麻夜ちゃんは、黒森人族の宿舎へ突入して押し売り治療してきたっていうんだから凄いバイタリティーだね。俺はその間、ここで起きていると思われる問題などをまとめて、プライヴィア母さんに送るべきものは飛文鳥で飛ばす作業をしてたんだ。『現状、ワッターヒルズでの悪素毒被害は軽微でした』で終わったんだけどね。
ニアヴァルマさんに『調子の悪い人はいないか?』という報告提出を指示して一段落。担当の冒険者が都市をぐるっと巡回してるから報告が上がってくるらしい。今のところないってさ。軽微な傷などは薬草を煎じた粉薬で代謝を上げてなんとかしてしまうからだろう。
『ぺこん』
あ、麻夜ちゃんからだ。
『お屋敷で晩ご飯温めておくです』
ダンナ母さんから持たされたやつだな。
「『終わったら帰るよ』、送信、っと。あ、当たり前か」
『ぺこん』
『意味不明乙』
「あははは」
一仕事終えて帰宅。久しぶりの我が家は、黒森人族の皆に管理されていて綺麗な状態だった。もちろん、誰も住んでないと廃墟の匂いがすることを恐れて、毎日通ってくれている。ありがたいことだね。
「お館様、お疲れ様でございます」
コーベックさんの奥さん、ブリギッテさんがいた。もちろんコーベックさんは籠もってるんだろうな。まるで新作ゲームを手に入れたオタクのようにね。
「あ、おつかれ。ブリギッテさん。その子がもしかして?」
「はい。私の姪にあたる子です。はい、自己紹介なさい」
「お館様。こんばんは。ミーネレットです、10歳になりました」
「はい。おめでとう。ミーネレットちゃん」
うん。黒森人族にも俺より年下がいて安心したんだよね。
「それで、もしかして?」
「はい。この子にも10歳になった先日、お館様からお預かりしました魔道書を試させたところですね」
魔族も人族もそうだけど、魔法は湧いて出るわけじゃない。最初から持ってた俺や麻夜ちゃんたちが異常なだけなんだ。
本来は、初歩の魔法が刻んである魔方陣を指でなぞって魔素を流して試す。魔方陣がぼうっと光ったら適正あり。あとは『個人情報表示』で確認するという流れになるんだって。
俺はプライヴィア母さん経由で全属性の初歩が刻んである魔道書を入手。ブリギッテさんに預けておいたんだ。
「うん」
「回復属性が出たんだって、兄さん」
「……ネタバレイクナイ」
「あははは」
「麻夜様……」
「さておき、そっか。将来はこのワッターヒルズにできる神殿で働くことになりそうだね」
「はい。みなさんの力になりたいですっ」
「んーっ、可愛すぎ」
麻夜ちゃん、モフじゃなくても頬ずりすんのね。
「麻夜姉様、苦しいです」
「大丈夫、万が一があっても兄さんがいるから」
「そう言う問題じゃないでしょ」
「麻夜様……」
またブリギッテさんが呆れてる。
「魔素を枯渇させないように、マナ茶を併用してね」
「はい。ありがとうございます」
「回復属性持ちは皆の宝なんだ、遠慮する必要はないんだからね」
「ありがとうございます、タツマおじさん」
「ここでもおじさんかい」
ミーネレットちゃんはきょとんとしてる。麻夜ちゃんは『麻夜姉様』で俺は『タツマおじさん』か……。そりゃ兄というよりおじさんの年代だし。コーベックさん、ブリギッテさんと歳も離れてないし。
「やーいおじさん」
「申し訳ございません……」
ブリギッテさんたちが帰って夕食になった。お重みたいな容器に詰められた、お弁当以上の豪華なごはん。もはや力作ともいえる感じ。小さいけどオオマスが入ってたのは、とっておきのを出してくれたんだと思うよ。
「まるで幕の内弁当だねぃ。これでお米があったら……。実にもったいない」
「そうだね。パンだとちょっともったいない気がする。似た穀物の報告はあるらしいんだよ。ただこの大陸じゃないって話」
「んー、仕方ないけどねん。おそらくは主食になっていないテンプレ展開だと思われ」
「かもだねー。ま、セントレナたちがいるんだ。いずれ巡り会うこともあるでしょ」
「そのときまで生きてたらだけどねー」
「まぁねー」
その日は久しぶりに俺の部屋で酒を飲んだ。一人で飲むのはここんところなかったからね。これだけ長い間インベントリに突っ込んでた串焼きは相変わらず熱々だし。便利すぎるね、これはほんと。
翌朝、総支配人室に行ってニアヴァルマさんから状況報告を受けて、昨日であらかた治療は終わってることが確認とれた。
ミーネレットちゃんのことを、戻っていた飛文鳥に入れてまた飛ばす。プライヴィア母さんからは『ありがとう』の一言だけ。なんという放置プレイ感。らしいといえばらしいんだけどさ。
短い滞在になったけど、俺たちはスイグレーフェンへ向かうことになった。もちろん、あっちが終わったらまた立ち寄るつもりだけどね。
「俺は
意味不明なことを口走った麻夜ちゃん。
『ぐぅ?』
『くぅ?』
「ほら、アレシヲンもセントレナも困ってるよ」
「あははは。単なる冗談ですってば、お兄様ったら」
「ぞわっとするからやめてって」
突然何を言うのかと思ったけど、確かにセントレナたちの飛ぶ速度は飛躍的に上がってた。おそらくスイグレーフェン到着も、昼までかからないと思うし。
ということで午前10時過ぎにワッターヒルズを飛び立った俺たち。何事もなく『個人情報表示謎システム』時間で午後1時半には湖が見えてきたんだよ。
「これは速すぎ」
「んむ……」
セントレナもアレシヲンも、ここまで足をついてない。ずっと飛んだままなんだ。
走竜と飛竜の差がここまでのものとは思わなかったよ。
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