第178話 有罪、でも……。

 プライヴィア母さんの浴びた返り血は、対象からある程度の距離をとると巻き戻らずに残るみたい。だから純白戦闘服ドレスが真っ赤に染まってる理由になるんだと思う。まぁ、近くのものが元に戻るだけでも十分謎なんだけどさ。


「ジーネデッタお姉さん。いや、ジーネデッタ・ウェアエルズ」

「…………」

「聞こえているだろう? あなたたちにはもう、この国の舵取りはさせられない」

「……何を言うの?」


 プライヴィア母さんの優しげな声。相手の王妃も落ち着いた感じの声になってる。


「我々も調べたんです。あなたとその伴侶には資格がない」

「なぜ?」

「悪素毒に苦しむ民へ重き税を課したこと」

「…………」

「我が国との取り決めを破り、禁漁中のオオマスを堂々と密漁したこと」

「あんな魚くらい」

「民より更なる金を搾り取るため、飲み水までも占有するという暴挙を犯したこと」

「それは私では」

「そして何より」


 プライヴィア母さんは、王妃の長手袋を剥ぎ取ると、指先を彼女の目の前に持ってくる。


「民を蔑ろにして王族自ら、悪素毒から逃げたことです。何ですかこの白い指先は? どこに悪素毒が染みているんですか?」


 国王も気づいたのか、自分の指を後ろ手に隠してる。あ、気づいたか? 服を脱いで腰に巻いた。それでまた指を隠してるよ。


『もう大丈夫?』

『うん。もう見てもいいよ』

『ぷっは。久しぶりに兄さんを堪能させていただきました』

『なーにやってるんだか』


 こんな場でも緊張感のない兄妹がここにいた。


「こ、これは、そうよ。時間をかけて少しずつ、毎日神殿で治療をしたなら――」


 ▼


 昨日の夜、プライヴィア母さんから相談を受けていたんだ。それはもの凄く面倒なこと。それと以前報告した禁呪に近い魔法についてだね。


「タツマくん」

「なんですか?」

「明日、あの国の王家にね、止めを刺すつもりなんだ」

「はい」

「その際にね、この綺麗な指先では、説得力がないんだよ」

「え?」

「できるんだろう? 治療の逆が?」

「……そう、解釈したんですね? できますよ。虫にしか試してませんけどね」

「やってくれるかな?」

「痛み凄いと思いますよ」

「大丈夫。私が何年我慢してきたと思うんだい? 終わったら治してくれるんだろう?」

「そりゃもちろん」

「だったらやってほしい」

「わかりました。痛いですよ? 多分」

「あぁ」

「『レヴ・デトキシ与毒』」


 反転術式で解毒魔法を作用させた。みるみるうちにプライヴィア母さんの指が黒く染まっていく。


「止まれ、止まれって、……やっと止まった」


 第二関節を過ぎて半ばあたりで止まってくれた。


「――っつ、なぁに一日程度なら気にすることはないよ。何より積年の恨みが晴らされようとしているんだからね」


 そう言って、犬歯をむき出しにして笑って見せたプライヴィア母さんはとても綺麗だったんだ。


 ▼


「これを見てください」


 爪だけ飛び出た防具に近い血で染まった手袋を外す。そこに見えたのは、プライヴィア母さんの指。第二関節から指の根元の半ば近くまで黒く染まった痛々しい状態。


「私の歳でもここまで影響があるんです。私の父も母も、祖父も祖母も、手のひらの半ばまで染まるころには亡くなりました。あなたは何年もの間、毎日どれだけの時間を費やして、悪素毒の治療をしてきたんですか?」

「そ、それは」


 どこから飛び降りたのかわからないけど、ベルベリーグルさんがプライヴィア母さんの側に降りたって、耳打ちをするんだ。結果が出たんだろうね。


『タツマ様』

『び、びっくりした。移動したように見えないってば』


 俺の後ろに気がついたらいたベルベさん。


『それで?』

『はい。閣下にもお伝えしましたが、この国に残る者はすべて、指先に黒ずみはございません』

『うわ、有罪だわ。ベルベさん、ありがとう』

『うーわそれ、ドン引きだわね。おつかれね、べるさん』

『ありがたきお言葉。では、失礼致します』


 近場に転がっていた豚みたいに太る、豪華な服を着た男。おそらく水ぼったくり伯爵なのかな? それともその上の侯爵かなにか? それはさておき、その男を縄でひきずって王妃の前に放り投げる。するとその男の指も、見事に白かった。


「あなただけではない。この国に残るあなたたちの取り巻きも皆、指先が綺麗だと言うではありませんか? これだけ影響のある悪素毒を、どうやって治療したというのです? それだけ優秀な回復属性持ちの神官、巫女がいるのですか?」

「それは……」

「支えてくれる民を蔑ろにしただけでは飽き足らず、下位の貴族に名だけ与えて激務に落とす悪行もあったと聞きました」

「あのね、プライヴィア」


 プライヴィア母さんのほうへ指先を伸ばして、そう言い訳をしようとした王妃の腕を軽く弾き飛ばす。肘から先が足下に落ちるとまた、プライヴィア母さんは返り血を浴びて王妃をひと睨み。


「そして何より、種族を問わず民のためにその身を捧げた祖父と祖母、父と母を罵倒し、国を割るという暴挙に出た者たちを、この私が許すと思うかね?」


 この言葉で今日この時に、ウェアエルズ王国現体制は幕を下ろしたんだ。


 いくら俺が治すからって、やりたい放題だったね。プライヴィア母さんったら・・・・・・。


 あのあとすぐに『リジェネレート再生呪文』をかけて、落とした腕は元通り。なんて優しい惨劇だったんだろうね。多少失った返り血だけで、全員生きて捕縛されてるんだから。


 長いロープに繋げられて、馬にひかれて街道を歩くおおよそ100人の狼人族。先頭は元国王と元王妃。全員裸足。元国王は危うく股間丸出しの状態。

 プライヴィア母さんに聞くと、今後の予定は彼らは一時的に幽閉される。罪に応じて強制労働だって。もちろん今回のことは詳しく説明、俺がいるかぎり死ぬことは無意味だと伝えてある。


「来年は、オオマスが豊漁になることを祈るばかりだよ」


 アレシヲンとセントレナに迎えに来てもらって、上空からパレードを見下ろす俺たち。


 ▼


 翌朝の支配人室。俺と麻夜ちゃん、プライヴィア母さんとクメイリアーナさん。ジャムさんは相変わらずその大きな身体を小さくしていた。なぜならこんな場所でこんなことが起きるとは思ってなかったからだろうね。

 まぁ、俺はドッキリの仕掛け人だから知ってたんだけどさ。ただ俺はこっちに呼んでネタを提供しただけ。決めたのはあくまでもプライヴィア母さんだからさ。


「総支配人、もう一度言ってもらえますか?」

「だからね、クメイリアーナくん。君は昨日付けで冒険者ギルドを解雇」

「え? 私なにかやってしまいましたか?」

「いや、別にだよ。それで君は今日から新しい女王陛下だから、ウェアエルズはよろしく頼むね」

「はいぃいいい?」


 朝一番からひっそりと行われた、新しいウェアエルズ王国女王の簡易的な即位式だったんだよね。


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