第177話 虎姫様がもの申す。

 黒子の皆さんがなますになった物体を、俺が注文したとおり『拳ひとつ分は離して』捕縛してくれてる。うまくひっくり返すもんだね。


「タツマくん」

「はい」

「その仰々しい王冠をつけている男は蘇生しなくてもいいよ」

「いいんですか?」

「そうすることで話が早くなるからね」


 見せしめですかやだー、……ということは、隣に転がっている女性らしき物体は、話にあったジーネデッタ・ウェアエルズ。見せしめは国王のコーイツジ・ウェアエルズ。

 ダイオラーデンの件以来、慣れちゃったのは困りもの。麻夜ちゃんもそうだし、プライヴィア母さんに至っては動揺の『ど』の字も感じさせない。


「君たち、『猿ぐつわ』と言ったかな? その丸々醜く太った物と、これとこれ以外はしてくれるかな?」

『かしこまりました』


 黒子さんたちが一斉にお返事。ベルベリーグルさんが一拍遅れて『御意』と応えたんだ。


 プライヴィア母さんの指示したひとりを除いて『リザレクト』かけて回ったら31人いた。俺もその瞬間の感覚はわかっているけど、意識の覚醒は即座じゃないんだよね。

 だから外側から順々にかけていった。うめき声のタイミングから覚醒の状態が手に取るようにわかる。これだけ最上位の魔法をかけまくっているのに、俺の魔素は減った感じがしない。もちろん『パルス』で『リザレクト』を回しっぱなし。どうなってんの、俺の身体。


 さておき。んー、あのオブジェと言ったら怒られそうな、一人だけ残した王冠被ったお亡くなり国王さん。これがまた前衛的というかなんというか。この場にそぐわないのは当たり前だけど。残しておくのはどうかと思うよ、プライヴィア母さん。


「何十年ぶり、いや、百年を超えているかな? お目覚めのようだね、ジーネデッタお姉様」


 お腹の前で腕を縛られたまま両膝をついて、まるで懺悔でもするかのような格好で目を覚ました女性。見た目は俺よりもやや若く見える感じだけど、声をかけるプライヴィア母さんは彼女を『お姉様』という。おそらく軽く百歳は超えているんだろう。獣人さんはわからないわ。


「……その声は、プライヴィアかしら? 久しいわ――ど、どういうこと? 何をしたのあなたは?」


 すぐに状況の変化に気づくのは大したものだと思う。


「何をと言われても困るんだが、終わらせたんだよこのウェアエルズをね」

「馬鹿をおっしゃい、虎人族のような愚民族に……」


 見回して、捕縛されている貴族たちを見てもまだ強がりを言うんだ。


「その愚民族にね、してやられたんですよ。まだわからないのですか? お姉様」


 プライヴィア母さんは彼女を見下ろすようにして、冷たい視線を浴びせる。


「お、お前たちこの程度の――い、いやぁああああっ!」


 隣で朽ちる屍を知って、半狂乱に陥る。そりゃそうだ。今の俺じゃなければ希望は持てない。


「やれやれ、相変わらずやかましいお方だ。ほら、あなたの愛しい従妹なのでしょう? 早々に目を覚まして彼女の我が儘を聞いて差し上げなさい、……とはいえこの状態では無理というものだね。あはははは」


 プライヴィア母さんは死んでいる国王に言ってるんだろう。これまでの言葉で、どれだけ辛い目に遭ってきたかわかってしまう。国が割れるか割れないかの時期もまだ交流はあったんだろう。そんな状態でも母さんは、誰にでも優しかったはずだ。

 あれ? このなますになってる国王の指、黒ずみが少ないぞ? あぁ、そうか。ダイオラーデンのあれと同じ状態だったのか。


『ベルベさん』

『はい』

『ここにいる皆の指を確認してくれる?』

『御意』

『兄さん』

『ん?』

『べるさん使いすぎ。麻夜のだよん?』

『ごめんなさい』

『許す』


「タツマくん。蘇生、いいかな?」


 俺を振り向いたプライヴィア母さんの目は、まだかなり険しい。


「はい」


 俺は屍に近づいて指先で触る。


「『リザレクト』」


 時間が巻き戻るようにして、屍の分断された四肢が繋がっていく。身につけていた服はズタズタのままだけど、うつぶせのままびくりと身体が少し跳ねる。蘇生が終わったということだろう。


 仕事を終えると、後ろに下がって麻夜ちゃんと並んだ。


『怖かったね』

『うん。いつもの母さんじゃなかった』


 うつ伏せの状態から手をついて膝をついて、四つん這いの状態になったのが見える。


『うーわ。お尻丸見え、かっこわる』

『しーっ』

『まだ三点着地の兄さんのほうが』

『まーやーちゃん』

『はい。ごめんなさい』


 実際、王妃から見たら尻の穴丸見えだろう。実に滑稽というか、情けないというか。それがこの国の国王。プライヴィア母さんと麻夜ちゃんに蹂躙された結果なんだ。


「これは? どうしたことだ? なぜ床に座っていたのだ?」


『あ、麻夜ちゃん後ろ向いて』

『みてはいけないものがくるっ』


 麻夜ちゃんは俺の胸に顔を埋めた。それはそうだ。国王が身体を反転させて、王妃を見ようとしたときに股間がフルオープン。ぶら下がっているものがまともに見えてしまったわけだ。


「むはー、むはー。ぐもあじゃないけど、いいにおい」


 麻夜ちゃんこんなときにでも、俺にまでこんなことするんだよね。ネタなのか何なのか、判断に困るんだよ。


「あ、あなたっ、どうして――そ、それをしまいなさいっ」


 ぼろんとぶら下がった猥褻物陳列罪。この世界ではどういう罪になるんだろうね?


「あははは。実に滑稽だ。さて、状況は察していただけたかな?」

「幻術か何か使ったのでしょう。戯言を言うのでは――」


 幻術なんてあるん――あ。


「あ」

「あ」


 プライヴィア母さんは足音なく国王に近づいて右腕振り抜いて、あっさり首飛ばしたんだから驚いた。転がった頭を足で軽く蹴飛ばして股間の下にころころ。


「――ゃぁああああああっ!」


 プライヴィア母さんのように返り血をべったり浴びて、声にならない王妃の声。そりゃ仕方がない。


「タツマくん。頼めるかな?」


 返り血浴びて楽しそうに笑ってる。こえぇええええっ。


「あ、はい」


 俺は場の雰囲気を壊さないようにしてこっそり近づく。うわ、後ろからぶら下がっているのが見えるよ。あっちの世界でこんな蝋人形あったら、営業停止になるところだよね。指でそっと腕あたりの服の切れ目をつついて唱える。


「『リザレクト』」


 こっそり戻って麻夜ちゃんと並ぶ。


『おつかれー』

『ありがと』

『返り血ってさ』

『うん』

『巻き戻らないんだね』

『あ、今初めて気づいた。麻夜ちゃん観察してるね』

『そりゃもう。楽しいから』


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る