第167話 しまった、人質がいなくなった(棒読み)。

「これはしまった。人質がいなくなってしまったではないかー」


 麻夜ちゃんが冗談を言う。猫派の麻夜ちゃんでも、人が嫌いなわけではない。俺へのツッコミみたいなものでもあるんだよね。

 ゲーネアスさんたちの家族は、家臣の三人も含めて別室でお休み中。色々あるからこの屋敷から出ないでもらっている。外に出るよりは何年、または何十年ぶりかに痛みのないお風呂や眠りにつくほうが嬉しいとのこと。


「さて、『当家』としましては、ここからが本番なわけなんですがね」


 当家というのは、エンズガルド王国ゼダンゾーク公爵家のこと。プライヴィア母さんから見たら、ウェアエルズが存続していも別に構わない。エドナ湖の利用の決められたルールさえ守ってくれていたのなら気にすることはなかったはずなんだ。

 俺と麻夜ちゃんは彼らにわかりやすく説明した。虎人族と猫人族にとって、あのオオマスは昔から馴染みのある主食であり、嗜好品でもあるもの。禁漁期間を設けるくらいに大事なものでもあったこと。

 なにせ俺と麻夜ちゃんも、鮭鱒系は大好物。皮に塩振って炙っただけけも珍味中の珍味。魚卵の塩漬なんてもう贅沢の極み。この地域では作っていないから食べることはできないけど。あれを酢飯の上にどざっと乗せて食べるとか、夢のある話だったりするわけなのよ。


 とりあえず、そういうことだから乱獲はダメ。なぜそのようなことをしていたのか、原因を突き止めてその原因を叩き潰す。それがプライヴィア母さんの目的なんだよ。


「――とまぁ、そんな感じなんです」


 麻夜ちゃんが『犬耳じゃなくて猫耳だったら、モフってたくらいに可愛らしい』と言ってたゲーネアスさんとこのお嬢さん。まだ十歳なんだって。

 確かに、悪素毒の黒ずみはたいしたことなかったけれど、痛くて泣くくらいだったそうだから。大人は我慢を覚えるけど、子供は正直だから泣いちゃうんだよな。


「もちろん、今後もご協力させていただきます。私は貴族とはいえ、末端の役人にすぎません。どの程度お力になれるかはわからないのですが……」

「魔石の管理って、どこでやってるものなのん?」


 麻夜ちゃんがドストレートぶっ込んでくる。


「そうですね。我々はご存じのとおり、本来は入国の管理をしています。あの夜は臨時で、あなた方の斥候を捕縛、連行までが業務となっていました。もし万が一捕縛されても自力で戻ってくるように言われていたのです」

「うーわ」

「ブラックだわ」

「ブラックとは?」

「過酷、という意味ですよん」

「あ、そうですね。我々役人であっても最下位ですから……」


 なるほど、貴族イコール役人なのね。いわゆる『木っ端役人』ってことか。


「『木っ端役人』」

「麻夜ちゃん」

「はい。言い過ぎました……」


 思ってないでしょ? てへぺろしてるし。


「中断して申し訳ございません。説明を続けさせていただきます。子爵家が魔石魚ませきうお、タツマ様のいうところのオオマスを捕獲し、解体、魔石の取り出し、焼却処分までの業務を任されているはずです」


 もったいない。処分とか。なぜエンズガルド側に――あそか。密漁だからダメじゃん。


「もしかして、魔石の回収は伯爵以上?」

「はい。マヤ様の仰るとおりです。魔石は貨幣と比べ、同等以上の価値があります。保管と運用は、上位の貴族が行っているかと思われます」

「なんという」

「お役所仕事」

「だね」

「うん」


 ある意味そうなんだよ。下位の貴族はそんな感じなんだろう。

 ゲーネアスさんにあれこれ聞いてみたものの、魔石の運用に関しては詳しく知らないってことなんだ。


「焼却処分なんてしたらさ、こっち側にわかっちゃうでしょうに?」

「はい。ですが、エドナ湖に流すわけにもいかず、そのまま埋めるとなると腐敗臭が凄くなる事例があったらしく、焼却して肥料にするしかなかったと言われています」

「なるほどね」

「んむ、……あのさ兄さん」

「ん?」

「そういえばここって、あっちの神殿みたいなところあるのかな?」

「あ、そっか。ゲーネアスさん」

「はい、なんでしょう?」

「この国は回復属性持ちの神官や巫女はいるんですか?」

「我々犬人族は魔法の属性を持って生まれるものが少ないのです。もちろん、上位貴族である狼人族も例外ではありません」

「なんと」

「そうであったか」


 麻夜ちゃん、時代がかってるってば。


「神殿はあります。もちろん、狼人族の巫女様もいらっしゃいます。ですが我々でも、それなりの寄付をしないとですね、怪我の治療もしていただけないのです。悪素毒など治るかどうかわからないものですから、試すだなんてとてもとても……」

「あれ? 兄さん」

「うん。どこかで聞いたことがある」

「流れなんだけど」

「……あ」

「……あ」


 俺たちはあるものを連想した。


「せーの」

「せーの」

『『ダイオラーデン』』


 ハモった。間違いなく、良くない時代のあの国だった。


「となるとですよ。水はエドナ湖のをそのまま飲んでるとか?」


 麻夜ちゃんまたドストレート。


「いえ、一度濾過したものを、伯爵家より購入する形をとっていますね」

「え? 水を買ってるの?」

「うっそ」

「その、取り決めを破って冬場も漁をするようになってから、飲み水は買うようになりました」

「それって貴族も?」

「えぇ。私たちもそうです」


 その伯爵家が臭いな。


「伯爵家が臭いのねん」

「ほんそれ」

「そうだ。兄さん」

「ん?」

「貴族以外の人ってどれくらいいるんだろうね?」

「はい。おおよそですが千人ほどかと」

「え? 俺、三千人って聞いてたんだけど?」

「……悪素毒で、私の親の世代もですね。亡くなっているのです」

「うわ、まじかー」

「まじですかー」


 虎人族と同じ、例外なく一定以上の年齢になるとやはり亡くなっていた。


「そのさ、ゲーネアスさん」

「はい、何でもお答えいたしますよ」


 なんという手のひらの返しよう。麻夜ちゃんも貴族だって知ってるからかな?


「その水売ってる伯爵って、どこにいるのかな?」

「はい。ここがこの屋敷でして……」


 こと細かに地図を書いてくれる。エドナ湖の湖畔にあるなんて良いロケーション。それもかなり大きな屋敷なんだな。


「ありがと。んっと、ベルベさん」

「――はい、ここに居ります。ご主人様」

「うわ。まじか、ってご主人様?」


 声とともに麻夜ちゃんの背後に立ってるベルベリーグルさん。


「先ほどジャムリーベル様に、麻夜様からのご提案を確認したところですね、お暇をいただいたものでして……」

「うわ、まじで?」


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