第166話 潜入成功、さてどうする?。
「当家へはどのようなご用でしょうか?」
商店へ卸す商人もいれば、名家へ卸す商人もいると予め聞いていたんだ。だからこうしてゲーネアスさんの屋敷に訪れる商人がいても不思議ではないとのこと。
「『薬の行商にやってきた』のですが」
「は、はいっ。伺っております。こちらへどうぞ」
『薬の行商』、これはあらかじめ決めていた符丁のようなもの。要は合い言葉みたいなだね。門を開けてもらうと馬車が通れる入り口になる。そのまま誘導されて、裏口へ到着。
馬車を降りて、開けられたドアの先にまたドアがある。へぇ、貴族の家って二重扉になってるところもあるんだ。
「主様より伺っております。どうぞ、皆様お集まりにございます」
そう言って会釈され、もう一枚のドアが開けられる。するとそこは屋敷にありがちなホールになっている。女性は俺たちの前に回り込むと先導してくれる。
ここは一階、おそらくはここ、食堂か何かだと思うんだ。
『食堂っぽいねー』
『またあれで見たんでしょ?』
『大当たりー』
鑑定ずっこいってばさ。レベルを上げないとあまり使い物にならなかったらしいけど、今はどれだけのものなのか、教えてくれないんだよね。
『ちぇーっ』
『はいはい拗ねない拗ねない』
小声でそんなやりとりをしている俺と麻夜ちゃん。
ドアが開けられる。うん。当たりだと思うけど、お茶飲んで団らん中のご家族、
あれ? 俺、注目浴びてるよ。
「タツマ様、マヤ様。お待ちしておりました」
ありゃりゃ。皆さんその場で立ち上がって、深々と俺たちに会釈してるよ。
「うーわ、まじですかー」
「その気持ちわかるよ……」
いくら俺たちがエンズガルドの公爵家長子、長女とはいえそれは知らされていないはず。あー、ジャムさんあたりが教えてるかもだけどね。それは別にいいんだ。
仮にも男爵とそのご家族、家臣とはいえそのご家族。奥さんからお嬢さん、小さなお子さん、大きなお子さんに至るまで全員が揃って一礼ですよ?
「はいはい。それで麻夜ちゃん」
「はいな」
「経験値、いる?」
「いいの?」
「うん。ここでなら別に急いではないからね」
「んじゃ、いただきます。えっと、とりあえず皆さん、治療を始めますので座ってもらえますか?」
今回は麻夜ちゃんが治療担当。俺はインベントリからマナ茶を取り出して手渡し、『マナ・リカバー』をかけてあげる。
ゲーネアスさんだけは治療終わってるけど、他のご家族は皆、手袋してるんだ。やっぱり擦れたら痛いんだろうな。
「手を前に出してくださいね。えっと、『
長い。長い呪文名だ……。それでも、詠唱がないとはいえ唱えないと発動しないいじめみたいな名前だよね。
ちなみに麻夜ちゃんは現在、聖属性レベルが4。俺のレベル表記でいえば40超えたあたりかな? 上がったねぇ。スイグレーフェン出たときはまだ2だったけど、4に上がったんだって。エンズガルドの神殿で治療まくりしたからかな?
この『ホーリー・ピュリフィケイション』はレベル4の魔法。俺の『ディズ・リカバー』からみたら二割五分程度の効果。それでも悪素毒治療ができるのは、この世界で俺の次くらい。きっと麻夜ちゃんくらいなんだろうね。貴重な存在だよ。
ただ、5へ上がる気がしないんだって。経験値のネクスト数が途方もない数値らしいんだ。ひとつ間違えたら年単位かかりそうな途方もない感じだって。俺が欲してやまなかった『浄化の魔法』は今、麻夜ちゃんが使ってるんだよね。まさか、聖属性魔法だと思わなかった。まじでわかんないってばさー。
これ、二回ないし三回くらいで普通の悪素毒は浄化できるらしい。けどね、終わった後、治療してる人より少なめだけど、悪素毒をもらっちゃんだよね。だから。
「兄さんごめんね」
「いいって。『ディズ・リカバー』。これでいい?」
「うん。痛みはこっちで消せるからありがっとん」
麻夜ちゃんは俺に自分の頬を寄せてくる。いつもレナさんにやってる感じ。彼女なりの感謝の表れなんだってさ。レナさんが言ってた。
レベル4だと中レベルになるのかな? これくらいの聖属性の魔法だと、何度か重ねるだけで悪素毒の治療ができるんだ。ただ、悪素毒のノックバックが発生する。
副作用というか反動というか。聖属性の聖化や浄化は、水から取り込んだものを毒と判断して、それを清めたり浄化したりする魔法。だから反動で悪素毒を取り込んでしまう。
マイラ陛下がぶっ倒れて死んだ原因がここにあるわけよ。要はは諸刃の剣ってこと。
麻夜ちゃんは、やっとひとり治療を終えた。悪素毒を散らすのに使った魔法は実に5回。俺は麻夜ちゃんが治療をしたら、『ディズ・リカバー』で彼女が吸い上げた悪素毒を治療するだけ。
俺が直接治してもいいんだけど、今は麻夜ちゃんが頑張るっていうから頑張ってもらってる。けどね、この『ホーリー・ピュリフィケイション』って、麻夜ちゃんの魔素の総量の7割持って行くらしい。だから、回復を待って次弾を込める感じなのかな?
それでも、目の前で1つ前の魔法より違いがはっきりと出ているのは、皆驚いているのは間違いない。
▼
「ごめん兄さん。精神的に限界。兄さんの回復属性ドーピングは嫌だから変わってもらえるかな?」
「うん。頑張ったと思うよ。少なくとも、一人終えるごとに見てるんでしょ?」
「うん。悪素毒残量0%に近いのよん」
「それならよく頑張った」
俺は麻夜ちゃんの頭を撫でた。
「これでぐもあだったらクンカクンカするところだったのに」
「何言ってるんだか」
麻夜ちゃんが治療したのは五人。小さな子を含めて半分くらい治療したかな? とにかく皆さん、思った以上に進行が早くて麻夜ちゃんの魔法一度で治らなかったのは辛いところ。
「えっと。俺の妹で助手の聖女殿下が限界になったので」
『ちょ、兄さん……』
『聖女様と呼ばれるがいいのです。俺が聖人様と呼ばれていることの辛さを思い知るのです……』
「そんなぁ……」
相変わらず1人当たり魔法2回で完了。なんだかんだであっさりと、俺は残りのご家族を治療し終わった。そのタイミングで、入国審査の任についていた三人が戻ってきたようだ。皆、抱き合って喜んでる。
「麻夜たち、いいことしたんだねぇ」
「まぁ、こういうときは感慨深いよ」
お湯を使って痛みの確認をしてもらって、本当に治っていることを自覚してもらった。麻夜ちゃんに見てもらえば確実にわかるんだけど、見た目だけ治っているように見せかけていると思われるのは困ると麻夜ちゃんが言ってたから。案外慎重なんだよね。
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