第165話 潜入開始。

 空を飛んでると実際わからないものだけど、陸を行くとエンズガルドからウェアエルズまでは馬車でもそれなりにかかるんだ。エドナ湖をぐるっと右へ大回りして、やっとこさ到着する感じかな?

 元々同じ国だっただけはあって、街道はしっかりと転圧されてる。舗装はされていないけどね。馬車の除臭は終わってる。これはベルベリーグルさんたちの手法でなんとかなるもんなんだって。猫人族、虎人族の匂いはわからなくなってるんだってさ。

 だからウェアエルズ側には、俺たちの匂いしかわらかないはず。もちろん俺たちから、プライヴィア母さんたちの匂いも一度消されてるんだ。そこまでしなきゃない獣人さんたちの嗅覚半端ないよ、実際。


「ベルベさん、いるのん?」

「はい。こちらに」


 おぉ、すげぇ。気がつけば馬車の屋根から顔を覗かせてる。気配も感じなかったよ。


「ごめんねー、呼んだだけ」

「なんと、うちの麻夜ちゃんがすまないねー」

「いえ。此度はジャムリーベル様より、お二方は主同様と受け止め、陰となり尽くせと命じられております故」


 すっごい笑顔。彼も確か猫人族。エンズガルドには案外多くの猫人族もいるんだよね。麻夜ちゃんとこのディエミーレナさんとかもそう。俺は町中をほとんど歩いたことがないけど、きっと沢山の猫人族がいるんだろうな。


「ベルベさんならさ、『あるときは執事、またあるときは陰となる』だね。いいないいなー、ジャムさんに『ちょうだい』って言ってみようかしらん」

「なんてことを言うんだ、この子は……」


 こっちに来て遠慮がなくなったらしい麻夜ちゃんならやりかねない。アレシヲンもプライヴィア母さんにダメ元で『ちょうだい』したくらいだもんな。ジャムさん、断れないだろうからやめたげてあげなさいって……。


 左にエドナ湖、街道右にはちょっとした林。あの向こう側には北側に向けてずっと山が続いてる。話によるとあの山の向こう側、そのまた山のまた高い山のかなーり高地に龍人族の国があるらしいんだ。距離的にはそうだな、ここからスイグレーフェンまでの距離を数回往復できるらしい。めっちゃ遠いんだってさ。


 『個人情報表示謎システム』の時間で午後六時を回ってる。スマホ見たら早いかもだけどさ、さすがにウェアエルズでは出せないでしょ? そのあたりは麻夜ちゃんとも打ち合わせはしてあるのよ。俺たちは交易商人やってる兄妹ってことになってるんだ。

 今回はわざとゆっくり出てきたんだよね。ベルベリーグルさんたちを引き入れるデコイの代わりになるためもあるし。あと、入国審査が午後七時までだと聞いてたんだよ。なるべく早くゲーネアスさんと合流したいからね。


「兄さん、見えてきたよ」

「おー。あれがそうかー」


 湖の端、砂浜みたいなものが見えてきた。まるで海岸だね。浅瀬になってるのってこういうことなんだ。歩いて降りられそうだからなー。これはずるい。


 湖が左にカーブしてるみたいに見える。実際は街道が曲がってる。低い城壁っぽいのがあってそこが突き当たりになっていて左右に分かれていて、左がウェアエルズの入国審査を受けるための場所。右はどこに繋がってるのかね? 機会があったら調べてみよ。今は興味ないからね。


 入国審査待ちの列ができているわけじゃないみたい。入り口に並んでいるのは犬人族っぽい人ばかり。おそらくは出入りしてるだけなんだろうな。

 入り口が左右二カ所あって、真ん中に看板が掲げてある。左側はこの国の住民が並ぶ列。右側は入国審査と書いてある。


「なるほどなるほど。読める読めるねー。よかったよかった」

「んー、すっごい癖のある文字だね。それでもなんとかって感じ?」

「麻夜はあれがあるから読めなくてもなんとかなるけどね」

「チーターずっこい」

「んふふふ。麻夜はほら、『特別』だからー」


 勇者扱いの召喚者。物語でいえば聖女様ポジションなんだろうけどね。正式に世界を渡るとおそらくそういう特典みたいなものがあるんだろう。俺はおまけで巻き込まれたからこうなった。けど世界を渡ったから、回復属性に特化してぶっ壊れてるんだと思うのよ。

 でも、鑑定、欲しかったな……。


「おや、兄さん」

「そうだね、妹よ」


 左側の一般列。チェックしてる人が見知った顔。もちろん、右側の入国手続きをすると思われる人ももちろん知ってる。


「ウェアエルズへようこそ。此度はどのような目的で?」

「はい。交易目的で」

「品目はなんでしょう?」

「はい。嗜好品を少々」

「ウェアエルズは初めてですか?」

「そうですね」

「では、『銅貨十枚』お預かりしても?」

「はい。お願いします」


 銅貨十枚は預かり金で、ワッターヒルズなんかと同じ通貨が使われてる。引き換えにもらったのは滞在許可証と簡単な地図。


「では、よいお取引を」

「ありがとうございます」


 いやはやそれにしても、受付してる人が見覚えある人だけって、本当にブラックな環境なんだな。


「ブラックだねぇ」

「そうだね。昨日の今日なのに」


 そういうこと。夜勤と残業で戻ってすぐに通常業務とか。


「麻夜ちゃん、次を右ね」

「あいあい兄さん」


 道や建物はエンズガルドと似たような文明レベル。元は同じ国だっただけはあるわ。

 通る人をみても、犬、犬、犬、たまに狼かもしれない人、また犬。人間の姿はないね。それでも騒ぎにならないのって、話に聞いたとおりたまに俺たちみたいなのが入国するからだろうね。


「兄さん」

「なんだい?」

「こりはひどいわ。年齢相応、かなり進んでるのよん」

「まじですかー」


 麻夜ちゃんはきっと、すれ違った人の悪素毒の具合を鑑定みていたんだと思う。同じエドナ湖から水を引いてるってことはさ、エンズガルドと同じくらい進んでるってことなんだよ。


「次右ね」

「あいあい」

「しばらく行くと住宅地区になって、ブロックの一番端に一番大きな二階建ての屋敷があって」

「あれかな?」

「うん、聞いてみないとダメかな?」

「えっとね。書いてあるよん。『あれ』の結果に」

「まじですかー。チートだなぁ……」


 ゲーネアスさんの屋敷って書いてあるわけだ。鑑定、チートすぎ。

 屋敷の裏手の閉ざされた門の前で馬車を留めてると、一人犬人族の使用人さんのような姿をした女性がくる。


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