第162話 尋問のファイナルウェポン。

 スマホを取り出して、メッセージを打ち込む。もちろん、着信音はミュートにしてあるよ。インベントリに一度入れてからまた出したらオンになっちゃうんだけどね。


『麻夜ちゃん、左から二番目の人』


 送信、っと。おっと、すぐにバイブった。


『……まじですか。凄いね、ほんとに』


 メッセージに書いてあった情報を見て、小声で驚く。


『まっかせてー』


 満面の笑顔な麻夜ちゃん。


「えっと。ブレーアスさん」


 一番左に座ってる人の身体が電気が走ったかのように反応した。


「ゲーネアスさん。リーヅアスさん。メクーアスさん」


 順々にびくっ、びくっと反応。


「ほほぅ」


 俺の右からプライヴィア母さんの嬉しそうな声。


「凄いですね」


 ジャムさんも驚いてる。


「今回の隊長さんにあたるのは、ゲーネアスさんですね? あれま。男爵さん、お貴族様だったとは知りませんでした。ゲーネアス・グリースエ。グリースエ男爵殿とお呼びしたらいいですかね?」


 まさかのお貴族様。うんうん。麻夜ちゃんの鑑定スキルで丸裸。これは凶悪だわ。情報戦で間違いなく勝つる。チートどころの話じゃないわ。

 麻夜ちゃん、補足情報をメッセージで送信してくれるんだよ。これがまたエグいのよ……。


「なるほど。奥さんがテラシアさん。お嬢さんがネリシアさん。まだ2歳。可愛い盛りですね」


 こっちを見たゲーネアスさんに見えるように、ニヤリとしてみせる俺。ちゃんと悪役っぽく見えるかな?


「どどど、どこからその情報を?」


 そりゃつい声にでちゃうわな。テーブルについた手の指先。彼の指も例外なく黒ずんでいるんだよ。


「それは企業秘密です」


 鑑定、半端ない。マジチートだわ。


 『コンコン』と後ろがノックされる。ジャムさんが『入ってください』と返事。するとそこには、ギルドの制服着た猫人族の女性。

 なぜか彼女が持っているのは、タライに似た桶のような入れ物。それと湯気のたつ水差しみたいなポットかな?

 打ち合わせ通りの展開。俺の前に置いて、一礼して『失礼いたしました』と下がっていく女性。


 ゲーネアスさんの指、第二関節まで真っ黒なんだよ。男爵でこれなのか? 辛い目に遭ってるのはわかるんだよ。まぁそれはさておき。

 俺はタライにお湯を張る。指をいれてうんうん、いい湯加減だね。これはお風呂なら最高の温度だと思われ。


 ジャムさんに目配せ。すると彼はおもむろにゲーネアスさんの手を掴んでお湯の中へ。


「……ぐっ」


 チリチリどころじゃないくらいにうずくはずなんだ。ゲーネアスさんの眉をみたらハの字になってるのがわかる。

 拷問とまではいかないけど、神殿で治療前によくやる方法。やせ我慢してる人にこうして痛いというのを自覚させるんだよ。


 俺はその場を立ち上がって、ちょっと身を乗り出してゲーネアスさんの腕にそっと触れる。


「『ディズ・リカバー病治癒』、『ミドル・リカバー中級回復呪文』、っと」


 瞬間、ゲーネアスさんの表情が変わったんだよね。


「あ、あれ? 痛く、ない……、何故、だ?」


 母さんみたら『なるほどねぇ』という目。麻夜ちゃんは『うんうん、あれをやるのね』と期待に満ちた目。ジャムさんも自分が治されたときのことを思い出したのかな? 『お見事です』という目になってるよ。


 俺はインベントリからタオルを取り出して手渡した。


「指、見てくださいな」


 自分の指を見たゲーネアスさん、ぎょっとした表情になるよ。そりゃそうだ。あり得ないことが起きてるんだから。


「どうする? 全部話してくれたなら俺は、奥さんの、娘さんの命も救ってやれるが?」

「これはとんでもない極悪人だ。ここにいないご家族を人質に取ってるよん」


 麻夜ちゃんが楽しそうに言うんだ。


「なるほどこうきたわけだね。これは予想外だった。ここまで優しい尋問、いや脅迫というべきかな? どちらにしてもだね、私も耳にしたことがないよ」


 プライヴィア母さんも感心してる。


「俺たちはウェアエルズあなたたちにはない力を持ってる。下級貴族のあなたがこの状態なんだ。それなりに酷い状況だってわかるさ。でもね、エンズガルドこっちがわにはそこまで苦しんでる人は多くはない。あともう少しで治療も一段落するからね」

「うんうん」


 あ、皆さん。その場に立ち上がって、床で土下座しちゃったよ。獣人だからって全面降伏でおなかを見せるわけじゃないんだね。一応人だからかな?


「……お願いします。すべて話させていただきます。家族を、妻と娘を助けていただけないでしょうか?」


 代表してゲーネアスさんが絞り出すような声で降伏してきたんだ。


 麻夜ちゃんがいて初めて可能な方法だったね。


「どうでした? お母さん」

「うん。お見事としか言えないね。麻夜くんはタツマくんの次に末恐ろしいかな?」

「それはそれは嬉しい評価です。ね、兄さん」

「結果的にうまくいった。それだけだと思いますよ」

「2人、いや、ロザリエールくんと3人揃えば、案外ウェアエルズをあっさり落とせるんじゃないかなって思えてきたよ。スイグレーフェンの例もあるからね」


 俺は首を振って答えるよ。もちろん。


「そんなに簡単じゃないですって」


 やれって言われたら、やるんだろうけどさ。特に麻夜ちゃんが……。


 ▼


 俺はあとの3人ともささっと治療を終えると、ジャムさんの肩を叩いてどっこいしょ。


「それじゃジャムさん。あとはお願いします」

「はい。ありがとうございます」


 これからがジャムさんたちの仕事。いわゆる司法取引みたいな感じなのかな? これまでエドナ湖で行われてきた密漁と、その際にこちら側の使者を捕獲したときのことなど。あのマタタビに似たもののことも聞き出してくれるって手はずになってる。


「あ、そだ兄さん」

「んー?」

「なぜ麻夜に治療させなかったのん?」

「あぁ、一応あの人たちを信用するとしてだよ? 万が一世間話の中で情報が漏れたりする可能性を考えてね。『俺だけが悪素毒を治療できる回復属性魔法の使い手』だって思われるならいいんだ」

「それって麻夜がもし、ってこと?」

「そだね。俺はほら、万が一は一応ない前提で作戦が立てられるから。ロザリエールさんの魔法はレジストできずにノーダメで切り抜けるのは無理だったんだけどね。これから先、敵側の存在に彼女ほどの使い手がいないとは限らないけど、そのときはそのとき。死んでしまうなら人質にはならないからね。ま、誰にも教えてない裏技があるから、よっぽどのことがなければ大丈夫だと思うんだ」

「そういえば兄さんはお化けでした……」

「あははは」


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