第161話 さて、情報を聞き出しますか。

 ここはギルドの建物、その地下2階にある突き当たりの部屋。ここに捕虜となっているウェアエルズあちらの犬人族の人たちがいるらしいんだ。

 ジャムさんが開けようとしたドアが大きいこと大きいこと。横にも縦にも大きい彼が余裕でくぐれそうなサイズなんだ。


「ジャムさん、ここって?」


 ジャムさんに声をかるとこっちを振り返る。彼の口元にも大人しい感じだけど牙が見えるんだね。優しくておっとりしてるけど、やっぱり虎人族なんだわ。


「はい。地下牢ではありません。ここは倉庫になっています」

「地下倉庫。ってことは、出入り口が?」

「ここだけ?」


 俺の質問に麻夜ちゃんが重ねる。


「そうだね。ここを開けるとね」


 プライヴィア母さんの声に合わせて、ジャムさんがドアを開けた。するとそこはかなり広い、けど既視感デジャブっぽい場所なんだ。


「なんだここ?」

「麻夜も何かでみたことあるけど、肉屋さんにある作業場みたいな?」

「うんうん。そんな感じ」


 かなり大きな木製のテーブル。それも分厚い木材でできてるんだ。壁にはなたとかナイフとかがかけられてる。


「ご明察。ここはね、魔獣などの解体で利用してるんだ。ワッターヒルズとスイグレーフェンにもあるんだよ」


 なるほど。ここで獣なんかを解体して、肉と皮に分けたりするってことか。


「あぁこれは確かに」

「うんうん。牢屋よりビビっちゃうかもね」


 下手な牢獄よりおっかない感じ。


「そうだね。最悪の場合、細かくして海に流してしまえばいいのだから」

「うーわ、洒落になりませんよお母さん」

「うんうん。やばすぎ……」

「もちろん、例え話だよ。こちらに協力してさえくれたなら、ね?」


 奥にいるだろう、ウェアエルズあちらの犬人族の人たちにわざと聞こえるように言ってるでしょ? まじで怖いってば。


「なるほどそっか。ここで……」

「うへぇ……」


 俺と麻夜ちゃんはわざと唖然とした声を出してみた。これはこれからの伏線みたいなものなんだ。ささっと白状してもらうためのね。


「ところでどこに?」

「はい。この奥に扉がありますよね?」

「うん」


 解体テーブルの奥に確かにある。両開きのでっかい扉。今って真冬な上に、地下室だからか。ここって、かなりひんやりしてる。


「そういえばジャムさん」

「はい。なんでしょう?」

「獣人さんって寒さに強いの? 真冬なのに厚着してないじゃない?」

「そういえばそうだねん。麻夜たちはちょっと」

「うん。結構肌寒いね。室内だけど」


 俺たちが何を言おうとしてるのか、プライヴィア母さんはわかったみたい。


「あぁ、あの中央の倉庫は肉が腐らないよう、ここより冷えるようになっているんだ」

「うーわ」

「冷蔵庫ですか……」

「我々獣人種はね、寒さにはかなり強い方だから、多少のことでは音を上げたりはしないんだ。反対に、暑さには少々弱いんだけれどね」


 両手でやれやれという感じの仕草をしながら、説明してくれるプライヴィア母さん。そだね。猫は涼しいところでぐだーっとするもんだし。寒いとこたつで丸くなるはずなんだけど。虎は違うのかな?


「まぁ、あれから1日経ってないから」

「兄さんなら大丈夫でしょ?」

「まぁね」


 何のことを言っているかは、俺たちしかわかっていない。もし冷蔵庫っぽくなっているこの奥で死んでいたとしても、蘇生できるってことだからさ。


「冬の間はですね、本来であれば肉よりオオマスの時期なので、奥の倉庫には肉が置いていないんです。そもそも、解体したら市中の精肉店へ卸すので一晩がせいぜいなんですけどね」


 ジャムさん。その奥、冷えてるだけの部屋って言ってる。何もなければただ冷えまくってる。どれだけ低温なのかわからないけど。


「ちょっと打ち合わせ、麻夜ちゃん」

「何でしょ?」

『中の人たち生きてるよね?』

『うん。大丈夫みたい。ほら、『犬は雪の上を走り回る的な』感じで、寒さに強いんだねー』

『それは何より』


 俺はここからだけ、声のトーンを元に戻したんだ。


「これからここ開けるけど、暴れたらやっちゃっていいよ」

「まじですかっ?」


 麻夜ちゃんマジで嬉しそう。んで、ここからまた小声。


『でも、暴れたら、だからね?』

『わかってますって、親方ぁ』

『誰が親方だってばさ』


「さて、中の人たち聞いてるよね? 抵抗しようと暴れようと構わないけど、最悪細切れになっちゃうかもだから気をつけて」


 ジャムさんを見てひとつ頷いた。俺と麻夜ちゃんのやりとりを見てか、さっきと違ってリラックスしてる感じだよ。プライヴィア母さんに至っては麻夜ちゃんがどう尋問するのか楽しみにしてるみたいだし。


 旧ダイオラーデン王家に乗り込んだときに比べたら、準備的には緩いもんだ。麻夜ちゃんは右手をプロレスの逆水平チョップの予備動作みたいに左肩近くへ添えてる。るき満々じゃないのさ? あくまでも『暴れたら』なんだけど……。


 俺とジャムさんは、アイコンタクト。彼はひとつ頷くと、軽々と観音開きの扉を開いたんだ。


「さて」

「ごたいめーん」


 麻夜ちゃん、古いネタ知ってるね……。


 うはぁ。なんとまぁ、人道的な扱いだこと。寒いだなんて嘘っぱち。暖かくする魔道具使ってるじゃないのさ?

 仮設にだろうけど、ソファとテーブル。そこに四人並んで壁を背にして座ってた。もう眠りの魔法は切れてたわけね。そりゃそうか。


 ジャムさんに至っては、扉を開けるとき鍵を開けた素振りはなかったし。ここって開け放たれてたんじゃないの?

 テーブルの上には水差しとコップ。ちょっとした焼き菓子も置いてあるんだよ。捕虜と言うよりお客さん待遇だね。


「何を驚いているのかな? それはそうだろう? 我々はウェアエルズあちらさんと違って野蛮な種族ではないのだから、ね?」


 うわ、言い切った。プライヴィア母さん、間接的にだけどウェアエルズを野蛮な種族だって言い切ったよ。


 ジャムさんが椅子を引いて、麻夜ちゃんに座るように促した。今回の主役は麻夜ちゃんだからね。

 俺は彼女の右側、俺の右にはプライヴィア母さんが座って、反対側にはジャムさんが座ってる。これだけでも十分プレッシャーになるかな? 両側に身体の大きな人が座ってるんだから、逃げることなんて無理無理俺ならできません。


 主役といっても、問いただしは俺の役目。女の子な麻夜ちゃんではちょっとあれだから。


「さて、あなたたちは何をしにこちらへ向かってきたんですかね?」


 皆さん、ジャムさん、プライヴィア母さんと比べたら細いこと細いこと。獣人さんだからって皆がっちりした体格じゃないんだよね。実際、虎人族さんも猫人族さんもそうじゃない人は沢山いるのは、神殿で治療をしてるときに知ったからさ。


「あれま、だんまりですか?」


 4人とも下を向いて口を真一文字に結んだまま、何も話そうとしないんだ。仕方ないけどね。うん、仕方ない。

 仕方ないからこちらは麻夜ちゃんおくのてといきますか。


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